‘彼女’と出逢ったのは機関に入って数日後。俺がまだ33になったばかりの頃だ。
当時の幹部制度は4年に一度程度の交代制で、その時幹部の地位に居たのが彼女だった。後に俺とセイトの上司となる女だ。
とは言え、所属し始めの俺とセイトに機関内の人間の顔や地位が分かる筈も無く、当時幹部だった彼女に敬語を使わず喋りかけてしまったのは、
今思えば痛い思い出だ。

揺れる意識の中で、思う。
もし彼女に出会っていなければ、彼女に関わりさえしなければ。
運命という歯車が狂う事も無ければ、俺とセイトがこの機関を抜ける事も無く、

そして。グローバルグレイスが崩壊する事も無かったのだろうか、と。


――B-2【狂った歯車】――


「持とうか?」

重そうな書類を抱え、覚束無い足取りで歩いている彼女を先に助けたのはセイトの方だった。
「あ、大丈夫です」
書類を抱える彼女は笑顔で微笑み、俺とセイトの横を通り抜ける。
本当に大丈夫なのか?とセイトと2人で顔を合わせた瞬間、通り抜けていった彼女が書類と共に地面に崩れ落ちるのが見えた。段差に引っかかっ
て転んだ様だ。振り返ると、散らばった書類が大粒の雪の様に舞い、此方にまで飛んできた。
「だから言ったのに」
と苦笑してセイトが書類を掻き集めだす。黙って見ているのも何だと思い、俺も遠くに散らばった書類を掻き集め、慌てて起き上がった彼女の手に
半分だけ持たせた。
「後は俺達が持つよ。心配だしな」
「…うん、ありがとう」
流石に彼女も誰かに頼ったほうが良いかも、と思ったのだろう。
セイトと半分ずつ書類を抱え、彼女と共にヘレンの居る部屋まで歩いた。


「んー。確かに持たせすぎかもね。ごめんごめん」
書類をヘレンに渡し、彼女に持たせすぎでは?という疑問をヘレンにぶつけてみると、彼女はすんなりとそう言った。
「アリアも持てないなら半分ずつ持ってきてくれれば良いよ?急ぎの書類でも無いし」
「なんか中途半端が嫌いなんで」
彼女はそう言ってはにかんだ笑みを浮かべる。雰囲気が何処と無くサラに似ていたので、他人事とも思えず思わず苦笑してしまった。

「あ、この2人新人なの。良ければ面倒見てあげてね」
そうこうしていると思い出したように相鎚を打ったヘレンが彼女―アリア―に向かいそう言って俺とセイトを指差す。
新人である俺達より、長く居るであろう彼女の方が地位が上なのは薄々分かっていた事だった。敬語を使わなかったのは流石に不味かったかとセ
イトと再び顔を見合わせる。だが彼女は特に気にするような顔もみせず、陽だまりの様な笑顔を浮かべた。
「そうなんだ!わたし、アリア・ロイドー。一応此処の幹部なの。宜しくね」
「…幹、部……?」
頬からいやな汗が伝った。冗談だろうと言いたかったがどう考えても冗談という雰囲気ではない。
自分達より上の地位だとは思っていたが、まさか幹部まで行くとは。苦笑が引きつった顔になり、セイトと2人で慌てて頭を下げた。
別に気にしてないとアリアは笑ったが、その後当面の間アリアを見るたびに2人して頭を下げたのは言うまでも無い。

――アリアと出逢って数週間。
彼女と擦れ違う事が多々有り、又彼女が妻に似ているという事もあり俺とアリアはお互いを上司・部下ではなく友人と考えるようになっていた。
そんなある日だ。
セイトが非番で休みだった日。アリアと一緒に昼食を取っている中で、お互いの家系の話が出た。
「奥さん良い人そうだよねー」
「自慢の妻なんで」
そういうアリアはどうなのだろう。前に歳を聞いた時に28と苦笑して答えていたが、とても28には見えないし(どっちかというともう少し幼く見える)
これだけ美人なのだから夫の1人や2人ぐらい居るのだろうと勝手に思っていた。
その事に着いて彼女に問い掛けると、アリアは何故か難しい顔をした。
「居たことには居たんだけど…数年前に、事故で」
…恐らく彼女の心の傷になっていた部分だろう。何故聞いてしまったのだろうと慌てて謝罪した。
アリアは出逢った時と同じ様に別に気にしてないよと微笑んだが、その瞳が悲しみを彩っていた。
「今は此処の寮で子供と2人暮らしなの。ヘレンがね、此処においでって誘ってくれたんだ」
それが今から10年近く前だと彼女は付け加えた。だからアリアはヘレンを十分慕っており、またヘレンもその気持ちに答えようとしているのだろ
う。
BLACK SHINEは有名なunionでは無い。本部が空中に浮いている所為か、余り知られていないのだ。リーダーであるヘレン自身が声を掛けて勧
誘するか、またBLACK SHINEの一員である誰かが誘いでもしない限り、見つかることは無いだろう。
だが、人気だけが全てでは無いのだ。
たとえ全てが評価されなくても、このunionは十分の慈しみと優しさで出来ているのだと、再確認させられた。
「ちょっとワガママなところも有るけど、ヘレンは良い人だと思う。だからわたし、此処に勤めれて凄く幸せ」

そう言って笑顔を浮かべたアリアは、今まで見せた笑顔の中で一番綺麗だった。


そしてその日を最後に、俺は彼女に二度と巡り合うことは無かった。










BACK  MAIN  NEXT



アリアはCパートの重要キャラでも有ります。ファミリーネームを見てくだされば分かりますがキースのお母さんです。
後フォート33:アリア28は(現代のレイン・ノエル的な意味で)狙いましたすいません(((