数週間前にヘレンとアリア、それともう一人の幹部の3人が北の大地に何かをしに行ったという話しは聞いていたのだが、あの日以来俺とセイトは
彼女の姿を見なくなった。
…いや、一度だけ見かけた気がする。だけどはアレは本当にアリアだったのか?
自問したくなるほど、彼女は変わってしまっていた。
どう変わっていたのか、それは…言葉では表せない‘豹変’だった。
同時にその日を境に、ヘレンの様子も可笑しくなっていた。もう一人の幹部は…関わりを持っていないから分からない。

唯北の大地で何か合ったのは確かだと思う。
俺は思い切ってアリアに質問してみることにした。彼女の自室に向かう途中――後ろから走ってきたセイトが俺の方を掴んで叫んだ。

「…アリアが、死んだ」


――B-3【崩れた親愛】――


――その後の記憶は酷く曖昧だ。
唯、次に意識が拓けた時。俺は既に霊安室に居た。隣ですすり泣くのは俺の良く知る男。セイトだ。
そして霊安室で安らかに眠る彼女もまた、よく知る女。アリアだった。
「自室で首を吊って…。…自殺、らしい」
呆然とする俺に目を真っ赤に腫れさせたセイトが呟いた。自殺?アリアが??
置かれた状況に一人ついて行けず、夢でも見ているかのような心地に晒される。

どうしてこうなったんだ?
それを考えた時、俺はまず彼女と最期にまともに話した日を思い出した。
あの日、アリアはアリアだった。普通の彼女だったのだ。
そしてその後直ぐに、ヘレンとアリアの2人はもう一人の幹部と一緒に北の大地―ウィンドブレス付近―に向かった。
――その後、帰ってきた彼女は、まるで別人だった。
大人しい性格だった筈の彼女は野生的な性格に豹変し、見た目も、どう言って良いのか分からないが大分変わっていたと思う。
ウィンドブレスでヘレンとアリアは何を見たのだろう?何が、彼女達を豹変させたのだろう??

「…俺、先に戻ってる。な」
やがてセイトはそう言って逃げるように部屋を飛び出していった。この場にいるのが辛くなってきたのだろう。
辛いのか苦しいのか悲しいのか。よく分からない俺は涙一つ零せず、こうして彼女の前に呆然と立ち尽くしている。
セイトが部屋を飛び出して数秒。入れ違いで誰かがやって来た。無意識の内に振り返っていれば、一人の男が立っていた。
男は無言でアリアの隣に並ぶと、彼女をじっと見つめ、黙祷し――そして俺を見た。



「アリアの部下だった奴だな?」

「…」

無言で頷くと、男は再びアリアに目を戻した。眠るように寝かされた死体がその目線に答えることは無い。
沈黙。気まずい空気に置かれ、俺もセイトの後を追いかけようと男に軽く会釈してから踵を返す。

「気をつけるんだな」

扉に手を掛けたところで、不意に男が言葉を述べた。

「……は?」

その‘警告’の意味が分からず間抜けな声が漏れる。気をつける?何を??
呆然としたまま、体だけ男の方を向ければ、男はまた口を開いた。

「抜けるなら今だ。この機会を逃したら、ヘレンは此処を抜ける事を許さないだろう」

「…どういう事だよ」

男を真っ直ぐ見つめ返したところで――思い出した。
この男。アリアとよく一緒に居た男だ。
あの日。ヘレンやアリアと一緒に北の大地に向かった――‘幹部’の一人に違いない。
思い出しはしたが敬語を使う事などとうに忘れていた。だがそのことについて男は特に気にする訳でもなく、言葉を続けた。

「近い未来。BLACK SHINEは、崩壊する」

――崩壊。
その言葉を聞いた時、何故か背筋に悪寒が走った。




気付いたら霊安室を飛び出していた。
飛び出して、何を思ったか俺の足は無意識の内にヘレンの自室に向かっていた。
扉を打ち破るかのようなけたましい騒音。それと共に俺の体は部屋の中に転がる。

部屋の奥でヘレンは優雅に座って提出された書類を読んでいた。
彼女は飛び込んできた俺に驚く素振りも見せず、一瞬だけ此方を見、また書類に目を落とす。

「…なあ、ヘレン」

「…」

「…お前達は、何を見たんだ…?」


アリアとヘレン。
2人の変化は誰が見ても明らかな豹変だった。
そして彼女達を変えた前後の出来事は、間違いなくウィンドブレス付近への出張だ。
此処まで分かっているのに、真実へたどり着けないもどかしさと焦り。
感情を支配する脳髄はショート寸前だった。


「…アリアの死のことを言ってるんでしょう?」

此方を見る事無く、少しだけ目を細めた彼女は言った。
…力なく頷けば、ゆっくりと瞬きをしたヘレンが此方を見る。




「初めから決まっていたことだったのよ」


――どういう、ことだ?

                                         ・ ・ ・
「アリアが死ぬことは初めから決まっていた。…違うわね。わたしが決めた」

――決め、た?


「ねえフォート。わたし、貴方のこと凄く信頼してるのよ」

――彼女が何を言っているのか、俺にはよくわからない。





「貴方は裏切らないわよね?」




彼女の微笑みは‘狂気’に染まっていた。










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霊安室でフォートが出逢った幹部の男。実はフェンネルです。フェンネルについてはDパートで。