外に出れば何時の間にかジブリールが目の前で待機していた。…恐らくアシュリーが呼んでくれたのだろう。
「グローバルグレイスまで行ってほしい」
声を掛ければ頷いたジブリールが背中を広げる。最初に自分が乗って、マロンとノエルの体を引き上げた。歩いて砂漠を越えるより、ジブリールに
乗って行った方が早く着くのは明白だ。
そうして青を取り戻した空に向かいジブリールが羽を羽ばたかせ上昇した。
此処からグローバルグレイスまでなら、恐らく10分も掛からないだろう。同じ大陸内にあるという事が幸いだ。
暫く、じっと空を見上げた。


*NO,140...Last wish*


空を飛行するのは数十分どころか数分だった。羽を下ろしたジブリールが地面に足を付ける。
…間違いない。此処はグローバルグレイスだ。
10年前の惨劇の場所。そして全ての‘起源’と‘終焉’を刻む地―――。

「此処で待っていれば良いな?」
背中から下りたところでジブリールから問い掛けられる。アシュリーが居ないから此処で待ってて貰うのが一番だろう。此処から歩いて帰るのはま
ず不可能だ。出納が無い状態で砂漠を渡れるわけが無い。大きく頷き、既に歩き出したノエルを追いかけた。


「…何処にあるんだ?龍の住処って」
「この下よ。――この街には地下へ続く入り口が有るの」
そう言ってノエルは迷うことなく崩れた廃墟の中を進んでいく。
「…ノエルさんは、まだレインの事好き何ですか?」
歩き道の中、少し不安な顔をしながらもマロンが問い掛けた。
その言葉にノエルは此方を見ずに応える。
「さあね。あたしも分からないわ」
――分からない。ってのは嘘だろう。そうじゃなきゃ元恋人への好なんて有る筈無い。
そう思ったが此処で機嫌を損ねられても困る。これ以上の追求はしない方が良いのだろうと思いマロンと2人で大人しくノエルの後に続いた。


彼女はやがて街の中心に有る祠の前で止まった。
祠の中心には不自然に窪んだ石が有り、首にかけてあるネックレスを外したノエルがネックレスを石碑に嵌める。
――窪みにぴったりとネックレスが嵌った瞬間、祠が音を立てて横にずれた。
そして祠が有った場所には階段が備わっている。

「この奥が龍の聖地。…此処はグランドパレーの地下にあるクライステリア・ホーリー神殿にも繋がってるわ」

…そうか。あの場所は此処まで続く長い地下世界なのか。そしてその地下世界こそ、龍の暮らす楽園。
――階段を下り始めたノエルを追いかけながら、疑問をぶつける。
「あのネックレス、何処で手に入れたんだよ?」
そんな重大な役割を果たすネックレスが簡単に手に入る訳が無い。問い掛けると少しだけ此方を見たノエルが言った。
「昔、ヘレンから貰った」
…納得し、階段の奥を見た。
薄暗くて何も見えないが、ノエルの言う事が正しいならこの先にあるのはクライステリア・ホーリー神殿の有ったあの場所の様な――草原の筈だ。
やがて階段を下り切った所に一つの扉が現れ、ノエルはそれを躊躇い無く開けた。
その扉の先には、やはりと言うべきか、草原が広がっている。――遠くにぼんやりとだがホーリー神殿が見えた。
彼女は扉を閉め、再び歩き始める。
一体何処まで進むのだろうと思っていれば、彼女は突然足を止めた。
――上から、何頭かの龍が降りてくる。少なくとも3,4頭は居そうだ。息を潜めた。
そうして突風を靡かせながら、空からやってきた龍が目の前に下りてきた。こんな時まで全く動じないノエルには有る意味尊敬物だ。

「人間が何の用だ」
「――用があるのはあたしじゃない。そっちの2人よ」
彼女はそう言って此方に話題を振ってきた。
…確かに用があるのはノエルじゃなくて俺達だ。俺達が言うべきだろう。ノエルに頼りきりというのも駄目なのだ。
マロンと顔を見合わせ、一歩前に出る。
少しだけ深呼吸した後、そして震える拳を握り、唇を開いた。
「…今の管理者を救いに来きました」
「――俺達に龍の秘宝を分けて下さい!!」
頭を下げれば、微かに小首をかしげた龍がやがて喉を鳴らす。
「……ああ。ビテュオ・リーシスの事か」
そして龍達がお互いに顔を見合わせる。
顔を見合わせ相談する中で、別の龍が話しかけてきた。

「10年前、だったか。…ある男もお前達と同じ様に此処を尋ねてきた」
――10年前?
胸に何かが引っかかる。そんな中で龍は話を続けた。
「その男も確か‘管理者’を救いたいから秘法を貸してほしい…と言ったな…。
だが私達は龍族。人間の言葉など容易に信じれる私達が、まして大事な龍の秘法を渡すわけも無い。我々は秘宝を渡さず、男を追い返した。
男がその後どうしたかは知らんが…その後男が此処に来る事は無かったな」
――それって俺達も追い返されるって事か。
冗談じゃない。何が何でも貰っていかないと困る。それが無いとイヴは救えないのだから。

暫く腕組をしていたノエルが微かにその龍を見た。
そして踵を返し龍の方を向いたノエルが唇を動かす。
「…その男って、ヒオリ・ローランドでしょう?」
――ヒオリ・ローランド。シルスティアのもう一人の夫で、イヴの父親…。
…そうか。胸のつっかえはこういう事だったのか。
イヴの父も此処を訪れていたんだ。10年前。ネメシスの石が盗まれた事により体調を崩したシルスティアを救う為に――。

「10年前、先代の管理者が死んだのは龍の秘宝をヒオリに渡さなかった貴方達も原因って事よね?
どうするの?貴方達龍族は、自分達のエゴでまた管理者を見捨てて、殺すつもり?」
――ノエルの奴。言う時は言うな。
苦笑する物の押しに弱い俺やマロンにとっては正直有りがたい。現に龍達は眉間に皺を寄せ再び相談を始めた。
再び相談を始めた龍達に溜息を吐いたノエルが此方に踵を返す。
「あんた達も言いたい事有るならちゃんと言いなさいよ。
龍族って唯でさえ頑固なんだから、強く言わないと分かってもらえないわよ」
――心龍と言いロストと言いジブリールと言い…俺達が今まで出会った龍達が心優しかっただけって事か。苦笑した。
でもノエルが言ってくれたお陰で、俺達の思いは伝わった筈だ。
それでもいやだと言われたら。今度は俺達の口から言おう。それが無いとイヴが助からない事も、きちんと説明しよう。
龍族が人間を信じられなくなったのも、きっと俺達の身勝手が含まれている筈だから。説明するのは義務だ。


――沈黙の後。一人の龍が空へと飛んで行った。
他の龍が此方を向き、その中で一人が声を出す。
「…そこの人間の言う通りだ。
私達は10年前、この場を訪ねた人間の男――ヒオリの言葉を信じず、龍の秘宝を渡さなかった。
それが原因で先代の管理者は死んだ。と言っても良いだろう。
…我々としてもこれ以上の惨劇は回避するべきだ」
「…それじゃあ」
「必ず返しに来いよ」
やがて戻ってきた一人の龍の手には紅く光る玉が握られていた。
それを掴んだ一人の龍が、伸ばした手の上に慎重に玉を渡して来る。
――これが、龍の秘宝。
見た目は普通の玉と変わりが無さそうだが、これに力が備わっているのは確かなのだろう。
「龍の秘宝とは、即ち亡くなった龍の心臓。だが秘宝が出来る確率は極めて少ない。
――管理者を助ける以外には、使うなよ。
そしてそれが終わったら必ず主等が返しに来い。元気になった管理者を連れて、な」
…大丈夫。それぐらい簡単に守れる約束だ。
イヴを助けたら、彼女を連れて直ぐ此処まで戻ってくれば良い。そして秘宝を返せばいい。それだけだ。
「…勿論です。有難う御座います!!」
再びマロンと頭を下げた。
手には確かに龍の秘宝が握られている。

――無言で踵を返し、歩き出したノエルを追いかけ、龍達に再びお礼を口にしてから踵を返しノエルを追いかけた。



* * *



駆け足で階段を上り、来た道を戻り続ける。
やがて街の入り口にジブリールの姿が見えた。
「もう一度、SAINT ARTSまで」
「…承知した」
肯定の返事を返したジブリールが背中を広げた。
再びマロンを引き上げ、ノエルに手を伸ばすが彼女は一向にジブリールに乗ろうとしない。

「…ノエル?」
「あたしは此処に残る。あんた達だけで帰りなさいよ」
彼女はそう言って此方にペンダントを投げてきた。
…先程の祠の窪みに使ったペンダントだ。これが無いと龍達に秘宝は返しに行けない。だから渡してくれたのだろう。
「…残るって、此処で何するつもりだよ」
「あたしはあたしのしたい事をするだけよ。…あんた達を助けたのも、此処まで来て貰う為。
分かったらさっさと行きなさい。イヴ・ローランドの事、助けるんでしょ」
踵を返し、再び廃墟へ歩き出してしまったノエルに叫ぶ。
「レインはまだお前の事――!」
「――そんな事、知ってたわよ」

振り返った彼女の表情は、刹那悲しい笑顔を浮かべていた。

「知ってるから、レインの前から姿を消すの」
「――どうして」

「あたしが居たら、レインは幸せになれない」

――彼女はジブリールに向かい、上へ飛ぶよう指示を出した。
ノエルの言葉に従ってジブリールが空へと舞い上がる。
――‘あたしが居たら、レインは幸せになれない’…。
恐らく彼を裏切ってしまった事への償いなのだろう。彼女もやっぱりレインの事まだ好きだったのだ。
だけど彼の気持ちを裏切ってしまった自分にはもうレインと一緒に歩く資格は無いのだと思い――。そうして、レインの前から姿を消すつもりなの
だ。生きてるとは言え、彼女がレインに会う事はもう二度と無いのだろう…。
――レインもノエルも、本当にそれで良いのかよ。
唇を強く噛み締めていると、やがてSAINT ARTS本部が見えた。


一瞬だけ、見える筈の無いグローバルグレイスの方向を見る。
…一体ノエルはこれからどうして行くつもりなのだろう。BALCK SHINEが滅びた以上、彼女はまた行き場所を失ってしまった筈なのに。
やっぱり無理にでも連れて来れば良かったと思い、唇を噛み締める。
「…ロア」
…マロンに腕を引っ張られ、我に返った。
ノエルの事も心配だが、とにかく此処まで戻ってきてしまった以上優先するべきなのはイヴだろう。
どうか、俺達が折り返しグローバルグレイスに戻る頃。まだ彼女は其処に居ますように――。
流石にその頃にはノエルはもうどこかに行ってしまっているだろう。分かっていても、そう願うしかなかった。










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