…体に力が入らない。 ――倒れる前。最後に見た光景はイヴが心具の封印を解いた所だ。そこまでは俺の記憶にも確かにある。 じゃあ、俺達は死んだのか? 指先に力を込め、少しだけ目を開ける。 …其処は先程まで見ていた景色と全く同じだった。――唯一つ、空から夢喰いが消え去った事を覗いて。 *NO,138...深遠の闇の愛娘* 天国、って訳じゃねえよな。 苦笑して何とか上半身を起こす。 …あの時。心具の封印は確かに解かれた。だから俺達6人も、イヴもこの地面に倒れた筈だ。 心龍に警告された、心具の副作用…。――封印を使うという事は、俺達7人の命を蝕むということ―― あの話が本当なら、今頃俺達は死んでいる筈だ。けれどどうして…? 直ぐ傍に居たマロンの肩を揺すれば、彼女は眉間に皺を寄せながらも目を開けた。 …生きてるのが俺以外って訳でも無い。この調子だと6人共生きてる。 だが封印が失敗したという訳でも無いだろう。現にあの空から赤の泥――夢喰いは消え去っている。 俺達は心龍に嘘を吐かれた?――いや、それも考え難いだろう。心龍はゲリオン・テリアで俺達に試練を与えたけど、最上階で聞いた話は全て本 当の話だった筈だ。俺達が心具を使えば、俺達自身が死ぬ事になるという話も。 考えれば考える程訳が分からない。 とにかく周りを確認しようと目を覚まし始めた仲間達を尻目にその場を立ち上がろうとして――気付く。 「…おい、どうなってんだよ。これ」 上空から優雅に現れたのは心龍とロストの2人だった。あの塔で見たとき同様、心龍は龍の姿だがロストは人間の姿をしている。2人は遠くでまだ 倒れているイヴと、ヘレンの横に足を付けた。 「心具を使えば俺達が死ぬ事になる――。…そう言ったよな?」 「……」 心龍は無言のまま、何も言わなかった。 「失敗したって訳じゃねえんだろ?どうなってんだよ」 やがて同じ様に立ち上がったレインが同じ質問を問い掛けた。 レインの言葉に漸く口を開いたのは隣に居るロストだ。彼女は一瞬目を伏せ、呟いた。 「封印は、成功しました。…貴方方の使った心具は正しく効果を発揮し、世界を覆う夢喰いを浄化して再び心具へと封印した…」 「じゃあ私達がこうして生きていられるのは…?」 全員が顔を上げ、上半身を起こした。立ち上がって居るのは俺とレインだけだが、他の皆もちゃんと意識が有る。 ――沈黙。再び無言になったロストの横。心龍が重い口を開く。 「誤算が、生じただけだ」 「…誤算?」 目を細めたリネに対し、心龍は言葉を続けた。 「お前達の体を使って心具が発動したのは確かだ。現に主等の体にはまだ後遺症とも呼べる脱力感や疲れが残っているだろう」 …確かにまだ体はだるいし、立ってるだけでも精一杯だ。何となくそんな気はしていたがやっぱりこれは心具を使った後遺症だったのか。 それはそれで良いとしても、‘誤算’ってどういう意味だ? 問い掛けるより早く、ロストが踵を返した。彼女は直ぐ横い居る未だ気絶したままのイヴとヘレンの傍に腰を下ろし、ヘレンの頭を撫でる。 「私達の言う‘誤算’は、ヘレンが夢喰いの力を体内に取り込んでいた事です」 そうして全てを語りだしたのはロストの方だった。目を背ける心龍の変わりに、彼女は静かに言葉を語る。 「――お気づきでは無かったでしょうか。ヘレンが通常のウルフドール以上に力を持っている事に」 「それは俺達も薄々気付いてたけど…」 セルシアの言葉に皆が頷く。 …1度目にヘレンと戦った時は、手も足も出なかった。同じウルフドール族としてフェンネルを相手にした事が有るが、確かに彼女は彼以上に強か った。唯単に生きながらえた歳の関係だと思っていたのだが…そうでも無いらしい。 一呼吸置いたロストが、言葉を続ける。 「彼女こそ心龍が最初に生んだウルフドール族。 世界の‘平和と監視’を命じられた、古来のウルフドール族です。…心龍の‘娘’と考えてもらっても良いでしょう」 ――耳を疑う言葉だった。 ヘレンが世界を救う事に執着していた理由が、パズルの様に合わさっていく。 彼女が世界の調和に異常な執着を見せていたのは、心龍からの命だったからなのか。 そしてその強さも、最初に生まれたウルフドール族だから――。 「…私達は彼女に無茶をさせていたのかもしれません。それが世界の異常な執着につながり、世界の破滅を呼んでしまった――。 この騒動。有る意味私と心龍の不始末です。心から謝罪を申し上げます」 いや。謝らないといけないのは俺達なのかもしれない。 つまり俺達は今まで、心龍の娘と戦ってたって事だ。今知った事とはいえ心龍がどう思うか――…。 「――無茶をさせたヘレンにも、不始末を頼んだ主等にも、悪い事をしたと思っている」 黙っていた心龍が漸く口を開いた。 そして長い足を少しだけ動かし、長い手をヘレンの方へ伸ばす。 ――夢喰いの力を体内に取り込んでいた彼女。 正直あの時の俺達は夢喰いを封じる事だけを考えていたから、ヘレンがどうなっているのか。そしてイヴがどうなってしまったのかも、分からない。 指先が触れたと同時に少しだけ目を開けたのはヘレンだった。その瞳から執着というモノは既に消え去っている。 「…良いのよ、休んでて」 ロストの言葉に刹那笑顔を見せたヘレンが、そうして再び瞳を閉じた。少女の手から力が抜けていく。 ああ、俺達はこの光景を何度も見ている。――それは紛れもない死という回路。 …心具の力は夢喰いに強く影響を施す。心具の封印を開放し、その力を封印するという事は夢喰いを取り込んでいたヘレンにも少なくとも影響が 有る事はわかっていたが――結局俺達はまた一人の命を犠牲にしていた。 目を伏せる。…直視出来る様な光景では無かった。遠くからすすり泣く声が聞こえるのは、恐らくリネかマロン辺りが泣いているのだろう。 「…おやすみ」 最後にそう呟いたロストがヘレンの体を静かに床に倒した。 そうして彼女が再び此方を向き直る。彼女は一度だけ瞼を擦ってから、言葉を続けた。 「…話を続けましょう。 私達の誤算は思わぬ所にまで被害を及ぼし、そしてそれが結果的に貴方方の命を助けた」 ――胸騒ぎがする。とても強い胸騒ぎが。 「…何なの?その‘誤算’は…」 それは5人も同じ心境の様だ。緊迫した声でアシュリーが声を上げた。 もう一度、目を伏せたロストが静かに呟く。 「私達は最初、シルスティアの管理者としての力はアシュリーとイヴの2人に半分ずつ分け与えられているのだと思っていました。 だから今回の封印という手段を挙げた。そしてこの封印が貴方方の命を蝕む筈だった――」 「――遠まわしに言うの、止めろよ。結論を聞かせろ」 レインの言葉にロストが少し戸惑った顔をみせたものの、頷き、そして言葉を紡ぐ。 「貴方方の封印の副作用も、ヘレンの体内に取り込まれていた夢喰いも、全て彼女が独りで引き継いでしまった。 ――結論を言えば、そうですね…。貴方方が受ける筈だった苦しみは、今イヴが引き受けている事になります。 彼女はアシュリーよりも多く、管理者としての力を引き継いでいた。 …それがこの誤算に繋がり、彼女の力に共鳴した心具は‘イヴ’という要領を使って封印しきれなかった夢喰いを封印した――」 ――冗談じゃない。 最初に思ったのは、その一言だった。 「…イヴの体の中には、恐らくヘレンが体内に取り込んだ分の夢喰いが封印されてしまいました。 彼女が昏睡状態から起きることが出来ないのも、彼女の体内に封印された夢喰いが彼女の意識を妨げているから――」 「…じゃあ、イヴは?」 「……恐らく、目を覚ますことは無いと思います」 ――あの胸騒ぎは、こういう意味だったのだろう…。 「何か手は無いのかよ……?」 震える声で目の前の2人に問い掛けた。 ――心龍とロストから、応えは無い。唇を噛み締めたまま、俯き、声を発しようともしない。 「応えろよ!!」 声を荒げ、問い掛けた。 その言葉にロストが瞳を閉じ、長い間口を閉ざしていた心龍が再び口を開く。 「――‘秘宝’が有れば、或いは―――」 ――その言葉とほぼ同時。 突然地面に地響きが響き、俺達の意識はそこで突然途絶えた。 BACK MAIN NEXT |