扉を開くと、其処には深い闇が続いていた。 慎重に足を踏み入れる。…此処は本当に‘屋上’と呼ばれる場所なのだろうか?寧ろまだ建物の中に居る様な感覚がする。 闇に目を慣らしながらゆっくりと前に進む。 不意に風の音が聞こえた気がしたと同時、視界の端に炎が点火し、炎は部屋の墨八箇所に置かれた蜀台に火を付けた。 ――蜀台の炎に暗闇が断ち切られる。 点火された蜀台の中心で、‘少女’は座っていた。 *NO,135...破滅の願い* 「辿り着くなんて思わなかったなあ。フェンネルも、リコリスも、キースも、ノエルも、全員突破してくるなんて予想もしなかった」 そう言ってヘレンは無邪気に笑った。 …予想していなかったなんて、きっと大嘘だ。彼女は初めからこうなる事を予想していたに違いない。あたし達が結果的に4人を見捨てる結果にな ることも、ヘレンはきっと見通していた筈だ。だからノエル達BLACK SHINEの人間をそれぞれ別の場所に配置した。 あの4人以外のBLACK SHINEの人間が居ないのは、あたし達の相手はあの4人しか出来ないとヘレンが独断したからの筈だ。それか、復活した 夢喰いの脅威に逃げ出したのだろう。どっちかなんて、今となってはどうでも良いけれど。 「何しに来たの?――って、聞かなくても分かるけどね」 少女は立ち上がる。祭られる8つの蜀台の中心から、暗闇の続く天井を見上げた。 「‘これ’を止めに来たんでしょう?」 ――どうやら此処が屋上というのは間違いない様だ。 唯この部屋が異常に暗かったのは、夢喰いが天井を多い尽くす程の大きさだった。そう言うことか。 無言で剣を抜こうとすると、彼女が抑制した。 「少しお話しましょうよ。貴方達も此処に居ない4人を待ちたいだろうし?」 「……レイン達は、」 「きっと来ないでしょうけどね」 微笑むヘレンに唇を噛み締めた。 …その辺も、全てお見通しって事か。 フェンネルとアシュリー。リコリスとセルシア。キースとリネ。そしてノエルとレイン。実力は多分、五分五分だ。 これまで何度も戦って来て、その度に負けて。だからあたし達も少しは強くなった。強くはなったけど、五分五分が精一杯だっただろう。それなのに 無理して1人で残って、勝てる筈が無い。同士討ちか、或いは―――。 静かに歩き出したヘレンは蜀台の周りをぐるぐると回りだした。…此方からの言葉を待っているようだ。 「こんなモノ復活させて、どう世界を救うって言うんだよ」 口を開いたのは隣に居るロアだった。足を止めたへレンが彼の問いに対し少しだけ間を開けて答える。 「創り直してもらうの。心龍<マザー>に」 「夢喰いはあたし達人間も、あんたが守ろうとしたウルフドール族も飲み込むのよ?」 主張した意見に対し、一瞬だけ瞳を伏せたへレンが此方を見る。 「そうね」 その瞳は、酷く狂気の篭った瞳だった。 ――どうやら彼女と分かり合うってのは本当に無理みたいだ。彼女は、ヘレンは自分のしてる事は正しいと思っている。例えソレが全てを‘破滅’さ せる願いでも。 「…あんた、グローバルグレイスの事件と関わってるの?」 分かりあえないのなら、最早これ以上の同じ質問は無意味だ。別の質問をした。 ――ウィンドブレスでレインが言ってくれた、10年前の裏側。 彼等は崩壊した街で途方に暮れていた時、偶然にもヘレンに拾われた。 だけどあれは本当に偶然だったのだろうか?タイミング的にも、彼女がレインとノエルの目の前に現れるのは話が出来すぎてる気がする。 ‘グローバルグレイスの崩壊’…まだ、裏が有る気がしてならない。 「レインとノエルの事?」 何時の間にか無邪気な表情に戻っていた少女は、鮮やかな笑顔を作り―――。 「あれは、私が仕組んだ事だよ」 ――確かに、そう言った。 「……は?」 …グローバルグレイスの崩壊は、最初から仕組まれていた事だった? だけどあの街が崩壊したのは、セルシアとリトがネメシスの石を盗んだからであって、彼女が意図的に起こしたと考えるのは難しい。 呆然としているとヘレンが笑顔を見せた。 「レインとノエルが、後々実力者になることは10年前からもう分かってた。 レインは元から魔術に長けてたし、回復術だって並行して上手い。あれは全てに突き抜けてるタイプね。私が一番欲しかった力の持ち主。 ノエルも魔術の扱いが非常に上手いから、教え込めばどんな武器でも使えそうだわ。 だから、私はあの2人の実力が欲しかったのよ」 「…でも、グローバルグレイスが滅んだのは、セルシアとリトが――」 マロンの言葉に彼女はまた狂気の笑みを魅せた。妖艶に此方をあざ笑う彼女は、当たり前の事の様にそれを告げる。 「グローバルグレイスを滅ぼすよう、ウルフドールに命令したのは私よ?」 ――頭の中で、何かが崩れたような気がした。 「…ちょっと待って。それじゃあセルシアもリトも」 「何の関係も無いわ。ネメシスの石を奪った犯人が彼等だって、街を襲ったウルフドール族は知りもしなかったでしょうね」 …刹那、頭が真っ白になった。 それじゃあ、セルシアが今まで感じていたグローバルグレイスへの弔いも、レインとノエルがセルシアとリトを憎んでいたのも。 全て‘仕組まれた運命’で。 ――最初から、セルシアもリトも。何も悪くなかった? 「元々正義感の有ったレインとノエルをBLACK SHINE<こっち>に引き込む為には、強い信念…憎しみが必要になる。 だから街を滅ぼした。だけど唯街を滅ぼすだけじゃ2人は悲しみに暮れておしまいよね。 ――2人が‘憎しみ’を抱く‘ターゲット’を、作らなきゃ」 「…それが、リトとセルシアだった。って事かよ」 ロアの言葉に、彼女は眉一つ動かさず頷いた。 「リトにネメシスの石の情報を流したのは私。クライステリア・ミツルギ神殿の裏道を教えたのも私。…盗みに行ったのは彼等だけどね」 「そうやって上手く2人を誘導して、グローバルグレイスが滅びた理由が‘2人がネメシスの石を盗んだ所為’と見せかけた?」 彼女は微笑む。狂気と妖艶の混ざった笑顔は、闇の中で浮かび上がる様にはっきりと見えた。 「そして後々情報を教えたリトの方を殺せば、私が情報を流したことも裏で糸を引いた事も全て闇の中。誰もグローバルグレイス壊滅事件を裏で糸 を引く人間が居る何て思わないでしょう? 現に――セルシアもレインもノエルも…そんな事一寸も思わなかったみたいだし」 …確かに、セルシアもレインもヘレンが裏で糸を引いてる何て少しも思わなかっただろう。 セルシアはグローバルグレイスが滅んだのは自分の所為だとずっと暗示を掛けていた。同時にリトが死んだのも――自分の失態が招いた事なの だと、この9年間。ずっとそれを戒めとして生きていた。 だけど違った。あの街が滅んだのも、リトが死んだのも。全部彼の所為じゃなかった。 ネメシスの石を盗んだことは罪に問われるけど、リネの兄が死んだのも、街が滅んだのも―――全部、彼の所為じゃなかった。 恐らくヘレンは2人が石を盗みに行っても行かなくても…グローバルグレイスを滅ぼしていたのだろう。そして、情報を流したリトをウルフドール族を 使って殺していた。 あの街で最初から狙われていたのはリトだけだった。セルシアを生かしたのは、レインとノエルが憎む為の‘対象’を残す為。 ――そしてレインも。この9年間、ずっと故郷グローバルグレイスを滅ぼしたのはセルシアとリトだと信じきって――ずっと彼等を憎んでいた。 まさか自分を救った人間が本当の敵だなんて誰が思うだろうか。 彼女は、そういう心理を突いてセルシアとリトを利用したんだ。 レインとノエルを、自分の‘手駒’として後々使う為に。 「でも誤算も合ったのよ? ――リネ・アーテルム。あの子が生きてる事自体が誤算だし、あんな天才的な術士になるなんて、思いもしなかった」 確かにリネはノエルやレインに引けを取らない程の天才的な魔術士だ。あたしも前にちょっとだけ魔術を勉強したことがあるけれど、仕組みも詠唱 の原理もさっぱり分からなくて諦めた。そんな物をリネは原理から発動のコツまでの全てを理解し、術を使用しているのだから、成人する頃には自 分で勝手に不手である魔術の使い方を考えて使い出すかもしれない。あの子にはそういう能力が有る。それがヘレンとしても誤算だったのだろう。 リネは物知りだし、頭が切れる。10年前の姿しか見ていないヘレンには想像も着かない成長っぷりだ。 「だからあの子は途中で仲間に引き込んだ。あの子は確かに術に関しては天才だけど、情が分かり易いわよね。 少しセルシアの名前を出せば、簡単にこっちに着いた」 「…そうやってあんたは、リネまで自分の手駒として、使った」 問い掛ければ彼女は無邪気に笑う。 ――込み上げて来るのは最早怒りだけだった。 レインとノエルの運命を狂わせたのはリトでもリネでもなければ、セルシアでもなかった。 彼等もまた、加害者の罪を着せられた‘被害者’だったのだ。 この事を知った時。レイン達はどんな顔をして絶句するのだろう。 アシュリーがグローバルグレイス壊滅事件を知らなかったのも今此処でやっと納得した。 彼女が知る筈が無い。だってこの事件は全て、ヘレンが‘勝手に’起こした物なのだから。 ネメシスの石を奪われたウルフドール族の報復なんて真っ向な嘘だ。 …確かに、アシュリー達がネメシスの石を探していたのは確かだろう。 リトはヘレンに嘘のネメシスの情報を流され、セルシアと一緒に本当の事を何も知らずに宝石を盗み出した。先代の管理者であるシルスティアがネ メシスの石と命が同調してるのは恐らく本当だろうから、ウルフドール族達は血眼になって石を探していたかもしれない。 だけど、あの事件は石を盗んだ事とはまた別の問題だ。 石を盗んだ2人は何れ裁かれる運命だっただろう。だけどヘレンがあの事件を起こさなければ、時は2人の事を待ってくれていたかもしれない。 街が滅びる事も、恐らくなかった。 「…あんた、絶対に許さない」 緩めていた手に再び力を込める。剣を引き抜くと同時、ヘレンが唇を吊り上げた。 「別に貴方達に許されたくてやってる訳じゃないわ。私は、私の信じたモノを貫いてるだけ」 「その正義に何人の人が犠牲になってると思ってるんだ?!」 「さあ?」 ――それでも無邪気に笑い続けるヘレンに、今となっては怒りしか感じない。 地面を蹴り、彼女に向かって剣を振るい下ろそうとした瞬間――天井が突然激しく揺れた。 「っ――!!」 体に鈍い衝撃が走る。そして壁にぶつかる音。 …気付いたら壁まで吹っ飛ばされていた。体を起こそうと少しでも動かせば、痛みが熱を帯びる。 前に受けた攻撃とは訳が違う。…レベルが、違いすぎる。 「もう私には勝てない。私は手に入れたから。‘破壊神’の力を――」 そう言って笑声を響かせる彼女の右腕から指先に掛けてが、赤黒く変色していた。 「…もしかして」 マロンの呟きに、あたしも気付く。 ヘレンが最早最強に近い力を持っているのは、多分。――自らの体と夢喰いを混ぜたんだ。 変色した右手は夢喰いの体の様な色をして変則的に動いている。多分、間違いない。 「…っ」 心具が有れば、対抗は出来る。元々その為に心具を創って貰ったのだ。 だけど封印は―――4人が居なければ、出来ない。 7つ全てがそろって‘新しいネメシスの石’だと、心龍は言った。 逆に言えば7つ全てが揃わなければ、例えヘレンと対峙する事が出来ても倒すことは無理だ。 絶望を覚えた。ヘレンはもう、あたし達3人で対抗出来る様な力量じゃない。 …甘く見すぎていた。心具を受け取って、少しは対立できると、勝手に思い込んでいた。 駆け寄ってきたマロンの回復術を受けながら、思う。 ――4人がもしノエル達との対立で、死んでいたら? ――そしたら、本当に打つ手が無い。 未だ笑声を響かせるヘレンを、呆然と見続けたまま硬直した。 「受け取ってるんでしょ?――新しいネメシスの石。 有るなら使ったらどうなの?3つだけでどうにかなるレベルじゃあないけれど!」 そう言って腕を振るったヘレンが、此方に向けて術を放った。 前に戦った時とは比べ物にならない。咄嗟に目を瞑った。 瞬間。光が、走った。 BACK MAIN NEXT |