足場が不安定な場所で戦う事がどれだけ不利になるか。その位俺だってわかってる。
ノエルが発砲した銃弾の雨を避け、彼女に向けて槍を突いた。
彼女が両手に持つ拳銃の内、一つでも階段下に落とす事が出来れば、それだけでも状況は変わる。最初からノエルにダメージを与えようなんて考
えたら自殺行為だ。まずはその手に持つ2丁の拳銃をどうにかするのが先決で有る。
槍の切っ先を銃口で受け止めた彼女が、もう片方の銃を此方に向けた。撃たれる。そう思った瞬間、咄嗟に階段を駆け下りる。
再び発砲された銃弾を避け、踵を返した。


*NO,134...SOUND-きこえて-*


反撃に出ようとするが、ノエルが再び銃弾が発砲してきた事に怯んで足がよろけた。
一瞬でも足場が悪い事を忘れていた自分が憎い。咄嗟に螺旋階段の手すりに捕まって何とか落下を防ぐ。
と同時、手すりを握っていた掌を銃弾が貫通した。
痛みが走り、それに比例する様に血飛沫が飛ぶ。反射的に血液の飛び出る手をもう片手で押さえた。
「この場所は、貴方には不利よ」
無表情に拳銃を構えるノエルが、そう言って俺を睨みつける。
…確かにこの場所は不利だ。近衛である俺はノエルに近づいて攻撃する術を持っていない。
確かに俺は魔術が使えるが、こんな脆い足場で術を使えばソレこそ足場が崩壊しかねないのだ。
下手に術を使う事も出来ないので、はっきり言って俺の方が断然不利だ。ノエルにとってどの場所が死角になるのかとか、そういう事は分かるけ
ど、その死角となる場所に辿り着けないんだから意味が無い。
「第一、」
彼女がゆっくりと階段を下りてくる。冷たく光る銃口は、俺の胸辺りを捉え続けていた。
目の前に立った彼女が皮肉の笑みを浮かべる。

「貴方が私に勝てる筈が無いのよ」

――言葉の最後に銃弾が発砲される音が走った。
体がよろめき、下に落下しかける。
傷を負っていない方の手で何とか手すりを掴んだ。それと同時、胸に激しい痛みが走り噎せ返る。
何で攻撃をかわさなかったんだ。俺の馬鹿野郎。自身を呪いながら、手すりを掴んだまま傷を負った胸に軽い回復術を当てる。応急処置だけでも
しないと悪循環になるだけだ。とにかくこの場だけ持てばいい。自らに回復の光を当てつつ、ノエルの出方を伺う。
彼女が動く気配は無かった。俺が攻撃出来ないと知ってか、2丁の拳銃の銃弾を入れ替えている。
‘貴方が私に勝てる筈が無い’
…痛い言葉だ。勝てるかどうか、はなくから不安では有ったが刃を交えて直感が訴えた。ノエルに勝つのは不可能だって。
彼女はBLACK SHINE幹部リーダー。ヘレンに実力を認められた人間なのだ。女性で有るとは言え実力が確かなのは幹部で有った俺も十分分かっ
ていた。俺より強い事も、薄々理解していた。
今更ながら、何でコイツと戦う事を決めちまったんだろうと苦笑する。セルシアの方がまだ戦えたかもしれない。戦輪なら遠くからノエルを攻撃する
事が出来る。死角を突くのも容易い行動だ。
唯、今更後悔しても遅い事ぐらい俺だってわかる。それにセルシアはリコリスとの戦闘を望んだ。俺がこの場をどうにかするしかないのだ。はっきり
言ってリネ達の応援は期待出来ない。彼等も恐らく全力で戦っている。例え勝っても暫くは動けない状態だろう。或いは―――。

…立ち止まっていても始まらない。抱えていた槍を持ち、ノエルに向かって階段を駆け上がった。
刹那此方を見たノエルが槍の攻撃を銃口で防ぎ、再びもう片方の銃口を此方に向ける。攻撃が発砲される前にその場を離れ、再び槍を振るった。
――手ごたえは無い。刃物の先が鉄の塊に当たる感触だけが伝わってくる。
一度体制を立て直そうと後ろに下がるが、その前にノエルから銃弾を食らった。
肩口を掠めただけなのが幸いだが、見る限り出血が酷い。
回復してる暇は無く、再び立ち向かおうとしたがノエルの手には新たな拳銃が握られていた。…先程まで握っていた拳銃は、玉切れと言う事だろ
う。
肩口の傷に気をとられすぎていた。発砲された銃弾の雨を今度こそ真正面から受け、鋭い痛みが走り、階段に膝を付く。
咄嗟の判断で一段先の階段の隅を掴んだ。ふらつく体が後ろに倒れようとするが、腕の支えが何とか横転を防ぐ。
横転するのが一番危険だ。こんな高さから落下したら大怪我何て言葉じゃ済まされない。運が悪ければ即死も有りえるだろう。最悪の展開だけは
防げて良かった。
とにかく傷を回復させないとと思い、先程より遥かに簡素な回復術を当てるが間に合いそうにない傷だ。自分に苛立ちが走った。
再び此方に近付いて来たノエルが、目の前で身を屈める。
…銃口は此方を向いたままだ。下手な真似をしたら頭に発砲されて即死だろう。手に脂汗が滲む。
「折角幹部にまで昇格したのに、本当に馬鹿ね。貴方」
彼女は俺に銃口を向けたまま、淡々と俺に向け餞を語りだした。
「あの人は確かに人遣いが荒いけど、あたし達の約束は護ってくれたわ。
セルシア・ティグトへの復讐のチャンスをくれたし、身寄りの無いあたし達をこうして引き取って育ててくれた。
戦闘の腕を上げてくれたのもヘレン様だった」
――確かにヘレンは人遣いが荒いものの、当初の俺達の約束は果たしてくれた。
10年前。グローバルグレイスを滅ぼしたセルシアへの復讐。その機会を彼女は確かに作ってくれたのだ。
そしてその‘復讐’を完遂させる為、彼女は俺に術式解呪烙印という非の打ち所の無い戦闘能力を与えてくれた。
受けた当時は限度を超えた痛みと吐き気に何日も床に屈服していたが、手に入れさえすればアレは完璧な戦闘能力だった。
術のコツを教えてくれたのも結果的にヘレンだったし、ノエルも彼女から術を習っていた。
当時はヘレンの人遣いの荒さに唇を噛み締める事が多かった俺だけど、結果的に俺もノエルもヘレンに大事にされていた方なのかもしれない。
「何が不満だったの?ヘレン様はあたしの事もレインの事も、十分大事にしてくれたじゃない」
たった今俺が思っていた事をノエルに聞かれ、苦い顔をする。
「…俺にも、わからねえ」
どう考えたってイヴ達に着く方が俺にとっては不利だ。セルシアへの復讐は出来ずに終わり、何だかんだで俺を大事にしてくれていたヘレンを裏切
る事になる。正直、殺されても反論を言えない様な選択だ。
――ヘレンのやってる事が可笑しい事は気付いてたけど、正直俺にはそんな事どうでも良かった。
セルシアに復讐さえ出来れば良い。当初は本当にそれだけだったし、俺を突き動かす信念もそれだった。
元から人を殺す事に躊躇する様な性格では有ったから、承る任務に不満を感じる事は多少有ったけど、どうせ何時かは死ぬ赤の他人だとヘレンに
何度も聞かされる内に感覚が麻痺していた。どうでも良い、と思っていた。
回復術を戒めとして使わない事にしたのは俺自身だけど、全く使わなかったと言えば嘘になる。BLACK SHINEに滞在していた頃2,3度は使った
し、イヴ達を信頼させるという目的で彼女達にも何度か回復術を使ってやった。何度も使ってたら、戒めの意味が無い。

じゃあ俺は何でイヴ達の方を選んだんだ?

「…答えれないなら答えなくて良いけど、あの人が怒るのも当然だと思うわよ。あたし。
アンタはあの人への恩を仇で返したの。抹殺命令が下ったのだって当たり前だわ」
…正論を言われ、苦笑する。
そんな俺に一度だけ銃を構え直したノエルが、俺の肩を掴んだ。


「…貴方は一番ヘレン様に気に入られてた。だから解呪烙印だって打ってもらえたのよ」
――術式解呪烙印を打って貰えたのが俺だけだって事は知ってたけど、俺が一番ヘレンに気に入られてたってのは初耳だ。ノエルやリト、キース
の方が俺より遥かに気に入られてると思っていた。
「ねえ、最後にもう一度聞くわよ」
…次に来る言葉は、分かってる。

「戻って来なさい。今なら多分、あの人も許してくれる」
予想していた言葉を返され、最早引きつった笑みを隠せなかった。
俺も何処かで迷っていた。本当にこれで良かったのか、って。自分が出した結論に頭を悩ませた時も何度も有った。
何でイヴ達の方を選んだのか?そんなの俺が聞きたい。
けれど、これだけは確信を持って言える気がする。
「…言った、だろ。そっちにはもう戻らない。って」
これ以上誰かを裏切りたくない。それが多分、俺の答えだ。
ノエル達を裏切りたくなかったから、ヘレンの指示に従ってきた。だからイヴ達の事を一度裏切ったし、あいつ等に刃を向けた。本当はあの時全員
まとめて殺しておけとヘレンに命令されたけど、俺はその時初めて命令違反を犯した。
その時からもう答えは見出していたのかもしれない。
あいつ等は、俺を許した。こんな俺の為に危険を顧みずに此処まで来てくれた。
彼女達が本気で俺を信頼していてくれたこと。――そして俺も、その信頼に答えたいと言う‘思い’。
それがきっと俺を変えたんだ。あの空間は、余りにも暖かかった。

一度知れば戻れない。
――あの場所に居る事の安らぎと安堵。俺はもうソレに気付いてしまったのだ。気付いてしまった以上、この殺伐とした‘BLACK SHINE’という空間
で生きていける筈も無い。

「……そう」
溜息を吐いた彼女が一瞬目を伏せた。
トリガーに指を食い込ませる彼女が瞳を開ける。――その瞳に最早情緒は存在しなかった。

「それなら、此処で死になさい」

躊躇い無く引かれたトリガーが、銃弾を発砲する。肩を掴んでいた手を振り払い、横へと身を投げた。
奥の手すりに手を掴み、立ち上がる。
今の時間で簡素な回復は出来た。もう後どれだけ持つのか分からないが、どうしてもこの場所だけは切り抜けないといけない。
‘後から行く’って、約束したんだよ。あいつ等と。
再びトリガーを引いた彼女が銃弾を連射する。階段を駆け上がりそれを避け、指先を振るい下ろした。
「――ブラックチェイン」
術の規模と大きさを考えても、これが一番妥当な攻撃だ。何でもっと早くこの術を思い出さなかったんだろうと自分を呪いたくなる。
発砲直後、弾丸を入れ替える彼女には一瞬だけ隙が出来る。銃を取り替えるだけだと隙も何も有りやしないが、彼女が常備している拳銃は合計4
丁だ。先程2丁共拳銃毎入れ替えていたのだから、拳銃にストックがある筈が無い。
予想は的中し、黒の鎖は彼女の腕を捕らえた。腕だけでも十分。その場を動け無い事に変わりは無い。
胸の内側から、吸い寄せられる様に光る槍が手元に現れた。――‘弔いのランス’。あの心龍が俺に与えた夢喰いと対立する唯一の武器だ。
やれって事か。持っていた槍は手放し、そのランスを手に掴んだ。

「降り敷く七色の輝きはやがて、世界を闇から目覚めさせる壮麗たる甘美になるだろう」

「…冗談でしょ?こんな場所で術を使ったら――」
「俺もお前も、下に真っ逆様。ってな」

後には引き下がれねえんだ。一度だけ深呼吸をし、そしてその震える指を振るい下ろした。

「――クインテット・アーツ」

――言霊を放つと同時、足元が崩れる痛快な音が聞こえた。




皹の入った階段に、膝を付いて座る。
まともに術を食らった彼女もまた、手すりに凭れて拳銃を手放していた。
手の中に握っていた筈の心具は何時の間にか光となってまた消えていった。とんだ気まぐれ野郎だ。だがあれだけの術の威力を出せたのは紛れ
も無く心具の力が影響しているのだろう。感謝を心の中で呟くと同時、階段の一部が崩れる音が確かに聞こえた。

立ち上がった同時にノエルの居た場所の階段が音を立てて崩れた。元々ノエルの居た場所付近を巻き込む大技だったから、崩れるのは可笑しく
ない。けれど、
「ノエル!!」
ほぼ反射的な行動だった。落下する彼女の手を掴み、崩れていない階段の手すりに片手で捕まりながら必死に彼女を引き上げようと力を込める。
唯俺も無傷じゃないし、簡素な治療しかしてないから大分傷が開き始めてる。掌の傷がじわりと痛んだ。
「――あんたは、何処までもお人よしなのね」
「うるせえ…!!」
助けてどうするのかとか、手を伸ばした理由なんて、俺にだって分からない。
全て俺が招いた事で、俺がこういう結果になる様にしたんだからこうなるのは当たり前なのに、それでも俺はノエルを助けたいと思ってる。やっぱり
一度でも惚れた女には叶わねえ。ノエルもそう言う意味で最初に‘俺じゃあ倒せない’と宣告したのだろう。
汗と血でぬかるむ指が、滑る。除々に彼女を奈落の底へ引き摺って行く。
「もう良いわよ。その手を離しなさい。離さなくても、どうせあたしは落ちるわ」
「うるせえ、って。言ってるだろ…」
両手で引き上げれると一番良いのだが、両手で彼女の手を掴めば俺も下に落下しかねない。片手を伸ばすのが精一杯だ。
優しく笑う彼女が、言葉を残す。
「構ってる暇が有るなら、早く行きなさいよ。――あんたを待ってる人の所に」
――それでも、俺は…。

…痺れる指先が限界に達し、力が抜ける。
離れた指先を、掴もうと必死に手を伸ばすが、もう触れ合う事は無かった。


―――階段下で、彼女の体が地面に叩き付けられる鈍い音が聞こえる。
脱力して、階段に手を付けた。
あの時、両手を差し出せばまだ彼女を救う見込みは有ったのだろうか。俺もこの下に落ちたかもしれないけど、それも有りだったのかもしれない。
暖かいモノが頬を伝うと同時に、俺の座っていた場所の足場も地響きを立てて崩れだした。
今更避難しようとか逃げようとか、そんな気は起きない。このまま落ちれば良い。俺も、彼女の様に。鮮やかな赤をぶちまけて。


頭から落ちたら即死何だろうなとか、こんな時までくだらない事を考えれる俺は何処かの神経が可笑しいのだろうか。
落下しながら、思う。
――悪い、イヴ。約束、護れなかった。
意識が薄れ往くのと同時に俺の体もまた、アスファルトの上に叩き付けられる。
骨が砕ける痛快な音。噴出した血が、視界を赤に染めて行く――。

痛みは、一瞬しか感じなかった。




* * *



レインが説明してくれた通りだ。屋上までの道は一直線だった。長い通路を3人で只管、無言のまま歩き続ける。
歩き続けながら無限に考えるのは残ったレインやリネ、セルシア、アシュリーの事だった。
――4人は口を揃えて‘後から行く’って言ったけど、きっと…。

一瞬だけ足を止め、踵を返した。
歩いてきた道からは無音だけが残されている。敵の気配すらない。
「…イヴ?」
「……馬鹿」

護られない約束なら‘約束’何て言わない。
きっとロアもマロンも気付いている筈だ。

直感が訴える。きっと4人は、来ない。追いついて来る筈も無い。きっと今頃――――。


もう一度踵を返した。少し先の場所で待っているロアとマロンの傍に早足で歩み寄る。
――辿り着いて、しまった。
目の前には宝石を散りばめたような装飾をされた赤い扉が立ちふさがっている。
どう考えたって此処が屋上だ。この奥に、ヘレンが居る。そして夢喰いも。

「…行くわよ?」
2人に問い掛けた後、赤い扉を蹴破る様に開けた。










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