一撃目はその場を走り出したと同時に打ち込まれた。それをかわした所で二撃目が放たれ、同じ術を放って攻撃を相殺する。 体制を立て直した所で、既に男の姿は無かった。 …向こうは本気。って事なのだろう。当たり前、か。主人の命が掛かっているのだから。 少しだけ苦笑して、辺りを見回す。 居ない。という事は、―――上? 直感が真上に居る事を訴えた。前に身を投げたと同時、男が上から生成された術を打ち落としてきた。 *NO,131...永久の歌声* …一瞬でも気を抜いたら死ぬ気がする。もう一度体制を立て直し、上から落ちてきた男――フェンネルを睨みつける。 「貴方はこんな所で油売ってても良いの?イヴ達はきっと辿り着くわ。ヘレンの所に」 確信が胸をよぎっていた。例えキースやノエル、リコリスが此方の邪魔をしてきても、最終的にイヴとロア、マロンの3人はヘレンの所まで到達出来 る。…元々そう言う思惑で私達4人も動いていたし、そうなってくれないと困る訳だが。 「問題ない。奥にはノエル達が居る」 一度攻撃の手を振りとめたフェンネルが、私の問いに答えた。 …同族の誼。って事なんだろう。 確かにヘレンは私達ウルフドール族への弔いの為に行動を起こしているのだろうし、私も彼女の意志は同情出来る。 住処を追われた私達は、グランドパレーという小さな島国に閉じ込められる事となった。それを行ったのは間違いなく人間の所為で有って、だから ヘレンが人間を恨むのも、夢喰いを使って世界を一度‘無’に戻そうとするのも。気持ちは分かる。 けれどそれが本当に正しい‘選択’なのかと聞かれたら、私は首を横に振るだろう。 人は変われるんだと、教えてくれた子が居るから。だから私は信じる事が出来る。この場所を、イヴ達を。 振り上げた指を振るい下ろす。戦闘の再開は私から行った方が有利だ。 「――flame」 放った火の粉はフェンネルに向けて打ち込まれた。 寸ででそれを避けた男が、此方に向かって何かを投げつけて来る。 …短剣。恐らく、リコリスの物だ。彼女には斧が有るから、短剣は早々使わないのだろう。 それを受け止め、掌から流れる血を無視して地面に投げつけた。 短剣を受け止めた時に掌が多少切れてしまったみたいだ。唯其処まで重症な物では無い。深手ではないし、ほおって置いて構わないだろう。 顔を上げ、男の居場所を探す。…一瞬の間に移動できる男は、恐らくキースと同等の素早さを持ってる。 リネはキースと対立すると言ったけど、本当に大丈夫なんだろうか。今更ながら心配になってきた。 不意に後ろから風の音が聞こえ、振り返るより早く左側に身を投げる。 「wind」 フェンネルの術は直後に放たれた。 今のもギリギリでかわせたけれど、持久戦になったら確実に私が不利だ。 体が攻撃に追いつく今の内に、男を倒さないといけない。体力が尽きたら今のような不意打ちを避けれなくなる。 「――water」 考えるより体を動かす方が先決だと思った。 振り下ろした腕が再び術を生み出し、後ろに立ち憚る男へと向かっていく。 男はそれを俊足にかわし、再び姿を晦ませた。上を見上げたが男の姿は無い。死角を振り向いた。…やはり其処に姿は無い。 しまった、と。本気でそう思った頃には遅かった。 背後から風を切る音が聞こえ、振り返ったと同時、体に鈍い衝撃を感じる。 「っ――!!」 やや傍に有った壁に体を叩き付けられた。どうやら真正面から男の攻撃を食らってしまったらしい。 冷静に判断し、立ち上がろうとするがその前に男は両腕を首に、掛けて来た。 首の端と端を掴んだ両腕が、静かに指先に力を込める。 抵抗するが、振りほどけなかった。男の指先に爪を立てるが、無意味に終わる。 「せめて安らかに逝くと良い」 「だ、れ…が!!」 親指を突き立てると、男の手の力が一瞬緩んだ。 その隙に足で男を蹴り飛ばし、壁に手を付いて何度も咳き込む。止まらない咳に咽こんでいると、再びフェンネルが後ろから奇襲を掛けて来た。 避けようと思ったは良い物の、思ったように体が動かず、結局また直撃を食らってしまう。 床に倒れると、男がゆっくりと足音を響かせ、此方に近づいて来た。 「馬鹿な王族だよ。お前は。大人しくヘレン様の意思に従っていれば良かったんだ。そうすれば、生きていられた物を」 「…冗談じゃ、ないわ」 死んでもヘレンには従いたくない。彼女の間違ったウルフドール族への救済を、受け入れるつもりなど最初から無い。 私はイヴを信じる。彼女なら、絶対に。 「―explosion!!」 近付いて来た男に、懇親の一撃を打ち込んだ。攻撃に怯んだ男が一歩後ろに引き下がり術を回避する。その隙に床から手を突いて立ち上がり、フ ェンネルの傍を離れた。 ――そろそろ。危ない。体が疲れを訴えてきている。これ以上ダメージを食らったら、きっとフェンネルの迅速なるスピードには追いつけない。 「shadow」 放たれたフェンネルの術を、本当に寸での所でかわす。 反撃の為に術を打ち込もうとして――喉奥から込み上げてきた血溜りを吐いた。 私としては攻撃をかわしたつもりでいたけれど、どうやら完璧に避けれた訳ではないらしい。痛みを訴える腹部を押さえると、自分の血と思われる 物がべっとりとこびり付いた。じわじわと赤が腹部を染めて行く。 それを見、遠くから唇を綻ばせたフェンネルがその場から此方に向けて指を振るいあげた。 …今度は近づいてくる気はないらしい。先ほど私が不意打ちをしたから、それを恐れているのだろう。 今度こそ本当に動けない。腹部に負った傷が、立ち上がろうとすれば熱を帯びて痛み出す。 座って蹲ってるだけでも痛いのに、これ以上動くことなど不可能だ。 ――反撃しないと。その思いだけが空回りしていた。 あの術を直撃で食らったら、きっと気絶じゃ済まされない。そしてフェンネルはそれを狙って高度な術を打ち込んで来ようとしている。詠唱がなかな か終わらないのがその証拠だ。此方を気にしながらも、フェンネルは大技と思われる術を詠唱し続けていた。 せめてその詠唱だけでも止めないと。負けじと術を振るおうとすれば、激痛が腹部に走り、喉からこみ上げてくる血が溢れてくるだけだ。 「今度こそお別れだ」 ――そして私は、その詠唱を止めることが出来なかった。 振り向いたフェンネルが、唇を吊り上げた。そして男は振り上げたままの指を、振り下ろす。 「gravitation」 痛みを覚悟した。唇を噛み締めた瞬間――目の前で何かが轟々と光りだした。 「…何?」 男の眉間に皺が寄る。光り輝いたソレは、男の高位術を弾き返した。 そして攻撃を弾いた‘それ’は、私が心龍から受け取った心具――‘救い’の願いを込めた、ロッドだった。 …心龍が力を貸してくれたのだろうか。それとも私が自分の意思で、無意識に心具を引き出してしまったのだろうか。 何にせよ、先程まで体に掛かっていた負担が全て消えていた。腹部の痛みも今は感じない。 立ち上がり、光り輝く心具のロッドを掴む。 そして呆然とその場に立っているフェンネルにロッドの切っ先を向けた。 「お別れなのは、貴方の方。ね」 夢喰いを対立する力を持った武器だ。生成される術のパワーも、先程の何倍にも膨れ上がるのだろう。 イヴとセルシアが、グローバルグレイスで私達の攻撃が効かなかったモンスターを倒した――あの時に似た力を、この心具は持っている。 「shine」 放った術は、下位属性とは思えない破壊力を持っていた。 呆然としていたフェンネルが攻撃をさけようと動くが、さけた場所もまた攻撃範囲に入っていた。 直撃では無いが攻撃を食らったフェンネルが、壁に手を付く。 「それは一体何だ…?」 「――新しいネメシスの石、よ」 封印能力は一度だけ。けれどそれ以外の能力は、何度でも使用できる。それは前の5つのネメシスの石の時もそうだった。 だから私が今此処でこの男を倒す為に新たなるネメシスの力を使っても、封印に影響は出ないのだろう。そうじゃ無かったら、今頃心龍当たりが止 めに来ても可笑しくないと思う。 ロッドの切っ先には光が集まっている。フェンネルはその場を動こうとしない。 「――period」 一呼吸置いたと同時、言霊を呟いた。 ――瞬間。ホールを包む爆音と光が辺りを包み、思わず二、三歩後ろに引き下がった。 やがて光の引いたホールに、フェンネルの姿は無い。 倒したのか、それとも――。 肩の力が抜けたと同時、腹部がきりきりと痛み出した。恐らくネメシスの効力が切れたのだろう。一瞬だけ忘れていた痛みが遅い掛かってくると同 時――不意に横を向くと、其処には体の至る所から傷口を見せるフェンネルが、まさに懇親の一撃を振る下ろした瞬間を観た。 「spellbinding!!」 打たれた術をかわす術はもう持っていない。放たれたフェンネルの術に体が宙を舞った。 ロッドが手の中をすり抜けてゆく。私の体が地面に倒れた少し後に、遠くにロッドが転がり落ちた。 転がり落ちたロッドは解ける様に一つの球体と成ると、私の体に再び解ける様に消えていった。 それと同時、立っていたフェンネルもその場に崩れるように倒れる。あの攻撃は本当に懇親の一撃だったのだろう。私も彼も、もう立ち上がることな ど出来ない。 「――それは、ヘレン様が考えたウルフドールへの‘呪い’…。…二度と、解けることの無い…永久の呪縛だ……」 唇に微笑みを浮かべるフェンネルが、私に向けて言葉を残した。 …ウルフドールへの、永久の呪縛。 ヘレンが考え出した技なら、尚厄介だ。きっと誰もこの術の解き方を知らないのだろう。だからフェンネルは‘永久の呪縛’と言ったのだ。 「何…を、した、の…」 「――何れ、分かる……」 胸倉を掴んで問い詰めたいが、そんな気力など何処にも残っていない。喋っているだけでも限度だと言うのに、這いずってまで彼の所に行く気力な ど残っていない。私が倒れた場所からフェンネルが倒れている場所までは余りにも遠すぎる。 「…ヘレン、の…間違った世界、救済…を正す…んだ、ろう…?…精々、頑、張るんだな…」 ――薄目を開けていた男が、そうして瞳を閉じた。 …ああ。本当は彼も気付いていたのか。ヘレンのやっている事が間違っている事だと。 それでも彼が止まらなかったのは、ヘレンを護り続けてきたのは。…それは彼のプライドだったのかもしれない。 話し合えば分かり合えたのだろうか。…いや、それもきっと無い。こうでもしなければ、彼はこの先へ進ませてくれなかっただろう。それが彼のプラ イドの一環だったのなら、尚更。 立ち上がろうと何度も指先に力を込める。けれどなかなか思い通りにならない。 指先が痺れてくる。そうして視界が除々にぼやけて来る。 私は、此処までなのだろう。きっと。 フェンネルと対立した時から薄くそれは感じていた。彼程の実力者は、命がけで対峙しなければ倒せなかった。例え最初からネメシスの、心具の 力を借りたとしても。心具の力を使うのにはかなりの力が消費されるから、どの道こうなっていただろう。今私が背負っている疲労は、心具を使った 事による疲労も少なからず含まれているのだ。 ――信じてる。貴方達の事。だから、きっと…。 心で思った事を呟く気力も最早無く、私の視界は其処で完全に遮断された。 BACK MAIN NEXT |