「螺旋階段を上ったら、後は一直線の廊下を進むだけで良い。それでヘレンが居る最上階に着く」
螺旋階段を上りながら声を掛けてくるレインの肩を、強く引っ張った。胸倉を掴む勢いでレインに叫ぶ。
「何時決めたの!」
…命の優先順位なんてふざけたもの。何時決めたのだろうか。大体予想は出来ているが。
その言葉に溜息を吐いてあたしの手を振り払ったレインが、螺旋階段を上るのを止めた。此方を見た瞳が、淡々と事を告げる。
「お前と合流する前だ。6人の同意の元、アシュリーの案で決めた」
…アシュリーの提案だったのか。脱力する。6人は最初からこの覚悟で着ていたんだ。

そりゃあ、皆生半可な覚悟じゃ無いとは思ってたけど、まさか此処までだなんて。
呆然としていると、不意に何処からか――リボルバーを回す音が聞こえた。


*NO,130...捻れた運命の最果て*


その瞬間、咄嗟にロアがマロンを引き連れて階段を駆け上がった。
遅れてレインがあたしの手を掴み、動き出す。螺旋階段を下に下がったと同時、さっきまであたし達が居た場所には弾丸が打ち込まれた。
…螺旋階段の上から、足音が響く。
階段を下りてきたノエルが、ロアとマロンの横をすり抜け、あたしとレインの前で止まった。
「お取り込み中失礼するわね。この先には行かせれないの」
――フェンネル、リコリス、キース。3人が出てきたのだから、コイツも何れ出て来るだろうとは思っていたけれど。まさかこんな足場の悪い場所でな
んて。舌打ちをしたと同時、レインがあたしの手を振り払って、階段を一段上がった。

「これは俺の問題だ。…俺がケリを着ける」
「そうやってあんたまで3人みたいに自分の身を犠牲にする気でしょ」
リネから話を聞いて、直ぐにピンと来た。ノエルが出たら、きっとレインが対峙するんだろうと即座に思った。
――ウィンドブレスで彼は確かに言ったから。まだノエルの事を好いてる。って。
「こればっかりは犠牲にするとか命の優先順位とか、関係ねえんだ。…俺には俺のやる事が残ってる。BLACK SHINE幹部だった身として」
…レインの、するべき事。
確かに彼にとってはノエルとの決着を付ける事はBLACK SHINE幹部であった事への‘けじめ’なのかもしれない。
けれどこれ以上誰かを見捨てるのは嫌だ。
アシュリーもセルシアもみすみす見捨てていって、リネまで見捨てた。これ以上誰も居なくなって欲しくない。それが、あたしの願い。
振り返ったレインが苦笑した。彼は槍を構えながら、此方に声を投げる。
「行けよ。俺も3人も後から必ず行くから」
…その言葉がイマイチ信じられない。
動けずに居ると、無言でノエルが此方に拳銃を向けた。
二発目が、来る。心がそう思うより本能が先に動いていた。咄嗟に後ろに引き下がると、槍を構えたままのレインがロアとマロンの方を指差す。
「早く行けって!!」
「っ――」
――催促され、無意識の内に体が動いていた。
前に走り出し、すました顔のノエルの横を通り過ぎて――前に居るロアとマロンに合流した。

あたしだって、心の何処かで分かっていた。
例え優先順位が有ろうと無かろうと、レインはノエルの傍に残るだろうな、って。そんな気はしていた。

「…後は頼むぜ?」
ぽつりと呟いたレインの言葉に、ロアが階段を駆け上がり出す。マロンに手を引っ張られ、螺旋階段を只管上に上った。
この先は一直線だと、レインは言っていた。これ以上のレインの道案内は要らないだろう。あたし達3人でも、十分ヘレンの所に辿り着ける。
喉奥が熱くなるのを感じながら、螺旋階段を上り続けた。


* * *


――アシュリーからの提案で決める事となったのは‘命の優先順位’と言うよりは誰が誰と戦うかという物だ。同じような意味の気もするが。
真っ先にセルシアがリコリスとの対峙を申し出る。
…ウルフドール族と互角に戦えるのはウルフドール族だけ。フェンネルと対峙するのはアシュリーだと確信したからこそ、そう言ったのだろう。フェン
ネルとリコリスは彼にとって‘敵’だ。VONOS DISEリーダーの。
「じゃああたしがキースと対立する」
俺への気遣いなのか、セルシアがああ言ったからなのだろうか。リネはそう言って微笑を浮かべた。
となれば、俺が対立するのは一人だけだ。
長年思い続けていた、輪廻する思いと擦れ違う気持ちの中で、何時も揺らいでいた。彼女。
「…俺がノエルって訳ね」
「それがご希望でしょう?私はフェンネルと対立するから」
アシュリーの言葉に苦笑した。ご希望、か。確かに希望通りだ。
それにノエル程の実力者は言っちゃあ悪いがこの3人じゃあ勝てないだろう。彼女は幹部リーダーなのだ。並の強さではないと言う事も、彼等は分
かっているのだろう。――俺も其処まで腕が有る訳じゃないが、BLACK SHINE幹部として彼女の傍に居た訳だから彼ら3人よりノエルの戦い方は
分かっている。そして彼女にとってどの部分が死角になるのかも。
そう考えれば、どう考えたって俺の方が3人よりノエルに勝てる勝算が高い。
そうしてこの話し合いは終了した。
俺がノエル、セルシアがリコリス、リネがキース、アシュリーがフェンネル。向こうが何時どのような順番で出てくるかは分からないが、対応する相
手が出てきたら、有無を言わさずパーティーを外れる…。それが俺達4人の暗黙の了解だった。

――ずっと気になっていた。
昨日。マロンと一緒に訪れた古都‘グローバルグレイス’。…彼女は何の為にあの場所に来たのだろうか。
俺が来る予想をしていたから?けれどどうしてわざわざ会いに来たんだろうか。彼女は、もう――…。


…結局その答えは見出せなかった。見出せないまま、この場面に辿り着いてしまった。
俺は臆病だ。だから何処かで不安と希望を抱いている。もしかしてノエルは、まだ俺の事を好いていてくれてるんじゃないだろうか。そんな淡い期
待を、何時までも抱いてる。馬鹿な俺。
「‘裏切り者には制裁を’。…あの人の口癖だったわ」
一瞬だけ拳銃を下ろしたノエルが此方を見た。思わず俺も構えていた槍を下ろしてしまう。
――あの人。恐らくヘレンの事だろう。彼女は裏切り者に対してはとことん冷酷で、残虐だった。
そしてその言葉は俺がイヴ達と一緒にヘレンと戦った時に、間近で聞いた。
「貴方が此処を裏切るなんて夢にも思わなかった。ましてセルシア・ティグトと仲良くなっちゃうなんてね」
寂しそうな瞳が、此方を宥める様に見る。
ヨセ、止メロ。帰ルナラ今ダ。その瞳はそう訴えている様に見えた。
今なら、まだやり直せるのだろうか。ヘレンに土下座でもすれば、また俺はノエルの傍で笑っていられる?
――刹那の間妄想に耽り、そして首を横に振る。
そんな筈無い。俺も彼女ももう別の道を歩んでしまったのだ。それは決して元に戻る事のない、決裂の道。平行に歩いていた筈の俺達はやがて自
分からお互いを遠ざけた。それがこの結果なのだ。

…セルシアに散々、リトの事をああだこうだと言っておいて、俺だけ彼女と決裂しないのは卑怯に値するのだろうな。
苦笑し、もう一度槍を構え直す。

「悪いな、もうそっちに戻る気はねえんだ」

「…そう。残念ね」

目を伏せた彼女が、静かに拳銃を構える。銃口は冷たく輝いていた。
…イヴ達が階段を上がる音はもう聞こえない。恐らく、廊下まで辿り着いたのだろう。そう信じたい。
一度だけ槍の柄を強く握った。これは決裂の戦い。
何時だったか、グローバルグレイスの下水道でセルシアがリトにした事と、同じ事だ。

――ああ。決裂の道とはこんなにも辛い茨道なのだなと、自嘲して足場を蹴った。










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