エレベーターのベルが鳴る。…目的の場所に着いた合図だ。
ゆっくりと開く扉の先に――ソレが見えた瞬間、ロアとレインが咄嗟に前に出て、投げられた鎖鎌を武器ではじき返した。
直ぐにエレベーターから飛び降りる。狭い場所に何時までも居たら危険だ。
…セルシアが残ったフロアと同じような作りのホールだ。奥にまた扉が見える。そしてその扉の前に立っているのは鎖鎌を投げつけた本人であろ
う、キースだった。


*NO,129...仇花の蝶*


「で?どいつが俺の相手をしてくれるんだ?」
手に戻ってきた鎖鎌を振り回しながら、男は狂乱の笑みを浮かべる。…こいつはとことん戦闘狂だ。戦う目的も案外ヘレンの為じゃなくて唯単に戦
いたいからってだけなんじゃあ無いだろうか。
何にせよこの男を倒さなければ奥へは進めない。剣の柄を握った瞬間、リネが前に足を踏み出す。

「先に行ってよ、イヴ」

…彼女はそう言って、アシュリーやセルシアと同じように笑った。
――流石にそろそろ黙っていられない。もう2人も見捨ててるんだ。これ以上誰も見捨てたくない。
そう思いリネの言葉を遮ろうとした瞬間、彼女はキースの方に目線を動かしながら言葉を発する。

「…実はね、決めてたんだ。イヴが居ない間に…‘命の優先順位’って奴」

「――!」

「だからセルシアもアシュリーも残ったの。…アンタをヘレンの所まで行かせる為に」

…ソレを決める時間なら、きっと山ほど合っただろう。それで家の外で待ってたって事か。
あの時家の外で待っていた理由は、外でその順位を決めていたから――…。

「お願い、行って。あたしなら大丈夫だから」

「でも――!」

「何の為にあの刻印を打ったと思ってんのよ」

彼女は再び振り返り、微笑を浮かべる。
…呆然と立ち尽くした。それでアシュリーもセルシアも簡単に此処を離れて、それにレインもロアも、マロンさえも反論しなかったって事か。
でもそんなのって――。リネを抑止しようとした瞬間、レインに腕を捕まれ、無理矢理扉まで走らされた。その後ろをマロンとロアだけが着いてくる。
リネが動く気は、無い。

「リネ!!」

「だから平気だってば。…後から行くって」

彼女はそう言って此方に適当に手を振った。そうして再びキースに目線と落とす。
――キースだって黙っては居ない。此方に向かって鎖鎌を投げてくる。
「――ファイヤーボルト」
それをリネが術で叩き落とした。リネが詠唱無しの力を手に入れたかったのは、この為。なのか。
舌打ちした男の横を通り過ぎ、レインが扉を開けて中へ走る。
彼はそのまま扉を閉めた。…防音なのか、最早キースの声もリネの声も聞こえなかった。


* * *

‘命の優先順位’。
アシュリーからそれを聞いて、最初はピンと来なかったけど直ぐに理解した。
確かにそれは決めておいた方が良いのかもしれない。この場にイヴが居たら彼女は真っ先に反対するんだろうけれど、でもこれは決めておくべき
だ。…全員一緒にヘレンの所にまで辿り着くのは、出来ないと思うから。
「俺がリコリスと対立する」
…セルシアがそう言うのは薄々分かっていた。あの女とフェンネルはセルシアにとって‘リーダーの敵’だ。その内のフェンネルをアシュリーが対峙
するのなら、セルシアがリコリスと対峙したがるのは当たり前だろう。
レインがノエルなのも予想済みだ。となれば、あたしはあの戦闘狂を相手にするしかない。
「…分かった。じゃああたしがキースと対立する」

ウィンドブレスに着いた辺りから、もし1人1人が誰かと対立する事になったら――。そういう事を、少し考えていた。
その‘来る(きたる)時’の為に、あたしはもっと力が欲しかった。
だからレインに無茶を言って打って貰ったのだ。
――術式解呪烙印。詠唱無しで術を使うあの力。アレが無いとあたしが1人でキースと対峙する事など出来る筈も無いんだから。



「…その力、レインと一緒。って事か」
「よく知ってるのね?その通りよ」
キースの言葉に唇を吊り上げて答える。指先を男に向けると、男もまた笑みを浮かべた。
「ソレの完全体はヘレン様じゃねえと打てねえ。お前のは精々‘仮初’だ。そんな陳家な烙印が、何時まで持つんだろうなぁ?」
…それはあたしも一番恐れていた。レインからも散々聞かされた。レインが打ってくれた烙印は悪魔で‘一時的’で、彼が持ってる様な完全な烙印
はヘレンにしか打てない。あたしの烙印は何時消費期限が切れても可笑しくない。
その‘何時’が分からないから、尚更恐ろしい。

「さあね。――でも。アンタを倒すぐらいまでは、持ちそうだけど?」

というかそうで合って欲しい。
どうか、この男を倒すまではこの烙印が持ちます様に。

「面白れえじゃねえか。――掛かって来いよ、殺してやる」

…もう後には引けない。冷や汗を握り締めながら、指先を振るい下ろした。










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