前を走るレインを只管追い掛ける。時折気になって後ろを振り返るのだが、やっぱりアシュリーの姿は見えない。
螺旋階段を上がりきり次の廊下を奥まで走ったところに、扉が見えた。
何の躊躇いも無くレインが扉を蹴破ると、現れた別のホールの奥に大きなエレベーターらしき物が見える。
「あれで上まで行ける」
そう言ったレインの隣――セルシアが、足を止めた。気になってあたしも足を止めてしまう。
「セルシア?」
「…大丈夫。先に行って」
…不思議に思ったがレインは既にエレベーターの前まで来ている。ボタンを押す姿を見て、慌ててレインの方に駆け寄った。


*NO,128...墜ちた世界*


エレベーターの扉が開く。…特に罠らしき物は無さそうだ。上からいきなりキースが振ってくるとかは間違っても起きないで欲しい。
最初にレインが乗って、中に設置されている暗証番号を入力する装置の様な所に何回も数字を入れていた。何重にもロックがされている様だ。
…ところで気になるのが、さっきからセルシアがその場を一歩も動かない事だ。
彼はホールのほぼ中心で、何も無い筈の虚空を見上げている。
――何をしているんだろう。さっさとエレベーターの所まで来れば良いのに。

「…ちょっと?」
痺れを切らしたリネが、エレベーター内から彼を呼んだ。
踵を返したセルシアが此方に向かって笑って――頭上に戦輪を投げつける。
途端、彼が頭上に投げた戦輪は誰かに叩き落されたかのように地面に転がった。

「先に、行ってて」
「――あんた、まさか」

「後から行くから」

…気付いてたんだ。セルシアは。
この部屋に足を踏み入れた時から、この部屋に‘誰か’が居る事に。
――だから足を止めた。あたし達を先に行かせる為に、さっきのアシュリーみたいに、自分だけ残ろうとして。

エレベーターを下りようとしたけど、遅かった。
セルシアが声を掛けた頃にはレインがエレベーターのロックを外し終えていた。軋みの様な音を立て閉まるエレベーターをこじ開けるのは、不可能
に近い。
完全に閉まった扉から、もうセルシアの姿は見えない。動き出したエレベーターを止めれる訳も無く、脱力して地面に座り込む。

「…馬鹿」

ぽつりとリネが呟く声が聞こえた。…馬鹿。本当に馬鹿だ。アシュリーもセルシアも、最後はそうやって自分だけ犠牲にして。

「…戻る訳にはいかねえだろ。セルシアもアシュリーも、俺達の事考えてやってるんだ」

壁に凭れたままレインが呟く。…その言葉に答えることが出来なかった。
あたし達の事を思ってやってくれているのは、知ってる。
だけどこんな形で別れるなんて絶対に嫌だ。
‘後から行く’。…その言葉、破ったら承知しないからね?
ゆっくりと上昇を続けるエレベーターの中で拳を強く握り締めた。



* * *


フェンネルはアシュリーじゃないと対峙出来ない事は、俺もリネもレインも勿論分かっていた。
だから彼女にはフェンネルとの対立を任せた。
――俺達は‘彼女’の為に動く‘ナイト’で居たいんだ。だから、俺達が責任持ってヘレンの所までイヴを行かせてみせる。
勿論ノエル達幹部の妨害が入る事も分かっていた。
だからアシュリーの言葉に賛成した。
――命の優先順位。イヴが最も嫌うであろう物を、俺達は彼女が居ない間に勝手に決めていた。

アシュリーはフェンネル。レインはノエル。それはほぼ確定と見ていいだろう。
それなら、

「俺はリコリスと対立する」

…リネの体力を考えれば、俺がキースの方に回った方が良いのは確実だけど。
どうしても、あの女だけはこの手で倒しておきたかった。
VONOS DISE壊滅事件を起こした、2人組。それはまさにフェンネルとリコリスの2人だ。
2人の内フェンネルの方をアシュリーが倒してくれるなら、俺はもう片方のこっちを倒したい。
これはリーダーの敵討ち、とでも言えば良いんだろうか。

「…分かった。じゃああたしがキースと対立する」

その意図を読んでくれたのか、リネが微笑を浮かべた。




―――そして今に至る。

…ホールに足を踏み入れた時。最初に気付いたのは俺じゃなくてレインだった。
「上に、居る」
俺だけに聞こえるか聞こえないか程度の言葉を残した彼は、そのままエレベーターに向かって歩き出してしまう。…足を止めて頭上を確認した。
見えた。微かにだけど、刃物の様な物がホールの照明に反射して光るのが。
――刃物の大きさからすると相当大きい…大剣や斧だ。
斧を使う人間なんてあの4人の中では1人だけ。

「…ちょっと?」

リネに呼ばれ、彼女の方を向いて笑った。
その瞬間、手に持っていた戦輪を刃物が光る場所に投げつける。
…金属の擦れる音がして、地面にリングが叩き落された。
今のは確実にはじき返された。…居る。絶対に、上に居る。

此方に何か言いたげな瞳をしていたレインが、エレベーターを閉じる。
…これで良かったんだ。大丈夫。レインもリネもきっと3人を護ってくれる。
――だから俺は此処でこいつの足止めを、すれば良い。

「良かったの?まだキースやノエルが残ってるのに、あんたが残っちゃって」

案の定ホールの天井から飛び降りてきたのはリコリスだった。
俺達がもしリコリスに気付かなかったら、彼女はエレベーターに乗り込んだ俺達をエレベーター毎突き落としていたに違いない。恐らく彼女はその
為に此処にいたのだ。レインが気付いてくれて良かったと思う。

「レインもリネも心配ない」

2人はきっと、俺の想像を遥かに超えて強くなった筈だ。
だから心配は要らない。2人なら絶対に大丈夫だから。


「それより自分の心配をしたらどうなんだ?」

手に持っていたもう一つの戦輪を構える。
――その言葉にリコリスが唇を吊り上げた。

「一度私に負けてるのに、とんだ強がりね」
「今度は負けない。…もう、あの頃の俺じゃないから」

大事な人を護りたいから。
――今度こそ、負けない。これは決意。
そしてこれがアシュリー達ウルフドール族への‘償い’の答え。


一呼吸置いて、地面を蹴り上げる。
目の前で立ったままのリコリスに向け、戦輪を投げつけた。










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