――それは一つの願いから派生された、狂気-Lunatic-の物語。


*NO,101...十字架*


…果てなく続く長い廊下を、レインとリネが先頭に立って歩く。
あの会話の後、2人がBLACK SHINEリーダーの私室に案内してくれると言ったので現在は2人の後ろをなるべく離れない様に歩いていた。
――まだ信じられない。レインから明かされたBLACK SHINEリーダーの正体が。
でもレインの言葉にリネも頷いたし、レインだって嘘を言っている様には思えなかった。…真相で間違いないんだろう。
「…まだなのか?」
同じような場所をぐるぐる回っている所為か、痺れを切らしたロアがレインに問い掛けた。
只管先頭を歩き続ける2人の内のレインが、その問いに答える。
「もう直ぐ着く」
…もう直ぐって、何時よ?
「レイン」
流石に少し疲れてきたのでもう直ぐってどれくらいなのか聞いてみる事にした。
「何だよ、イヴ」
少しだけ此方を振り返ったレインが問い掛けてくる。

――思わず笑ってしまった。

「……何?」
「名前。――やっとちゃんと呼ぶ様になったのね」
前々まで茶かした呼び方が大半を占めてたけど、あれもやっぱり‘作り笑い’の一部だった見たいだ。
向こう―BLACK SHINE―と縁を切り、あたし達の方に今度こそ本当に仲間入りした今となっては、茶化してくる気は無いらしい。
無意識だったのか意識的だったのか分からないけど、その言葉を聞いてレインが微笑を浮かべた。

「…着いたわよ」

そんな会話をしてる内にリネが足を止める。
…目の前には何時の間にか大きく作られた扉が合った。明らかに他の部屋と装飾が違う。…きっとこの部屋で間違いない。
リネが後ろに下がってセルシアの傍に寄るのが見えた。…彼女としては会いたくないんだろうな。一生見たくない顔でも有るのかもしれない。
当たり前だ、【セルシアを殺す】何て平気で言ったとんでもない輩がこの奥には居るのだから。
「……開けるわよ?」
前に出て扉に手を掛ける。それから6人の方を振り返ると全員大きく頷いたのが見えた。
ちゃんと皆覚悟は出来てるみたいだ。勿論レインとリネも――。
一度だけ深呼吸する。
扉を開けたら急に罠が作動するなんて可能性だって十分有る訳だ。直ぐに避けれる体制を作ってから―――静かに扉を押した。
音を立て大きな扉が少しずつ開く。

――真っ先に見えたのはまるで玉座の様な造りをした椅子だった。
無音。部屋には誰の気配も感じられない。…今は居ないのか??
警戒しながらも部屋の中に足を踏み入れた。それに続いて隣に居たロアが部屋の中に入り、後ろに居た5人も足を踏み入れる。
…私室、って言うだけ有る。部屋には玉座の他に縦長の本棚やベッドが合った。レインの部屋の少し大きくなった感じ…とでも言うのだろうか。
「…留守って事?」
背後に居るレインに問い掛けた。
――険しい顔をした彼が首を横に振る。

「黙ってないでそろそろ出て来ては如何ですか」
無音の部屋の中、暗闇を睨みつけながらレインが声を上げた。
――笑い声。レインの言葉の後に聞こえる筈の無い声が聞こえる。
同時に誰も触っていない筈の部屋の明かりが独り出に点灯し、部屋の奥には先程まで居なかった筈の影が浮かび上がった。

「よく分かったわね」
「…長い間従ってたのですから、分かりますよ。それ位」
苦笑したレインが一歩後ろに下がった。
…凄い威圧感だ。でもその威圧はあたし達に向けられているのでは無く――レイン一人に対して向けられているものだった。


「やっぱりあんたがBLACK SHINEリーダーだったのね」

レインの言葉。出来れば信じたくなかった。
――けれど、この状況を前に今更BLACK SHINEリーダーじゃないと言う事は有りえないだろう。目の前に居るのはレインから聞かされた人物。

                               ・ ・ ・ ・
「そうだよ。もしかしてレインから聞いていた?――お姉さん」

此方を見た彼女――へレンが、何の偽りもない無邪気な笑顔で笑った。


考えてみれば彼女は最初から不振な人物だった。
あたし達の行く先行く先にまるで先回りしているかの様に現れ、幾つかの助言をして去っていく。
その助言はこの先に起きる事を知っている様な口ぶりの物まで合った。
グローバルグレイスに行く前に合った時の事だって、彼女はセルシアの過去を知っていて、しかもノエル達に盗られた筈のネメシスの石まで所持し
ていた。何故もっと早く気付かなかったのだろう。彼女だってあたしにとって‘身近な人物’に含まれていた筈だったのに――!

「…VONOS DISEの殲滅を命じたのも、ネメシスの石を幹部達に集めさせてるのも、cross*unionに指示出してるのも――全部あんた?」

「そうだよ。BLACK SHINEの起こした事件は、全部私を通して命令しているの」

あっさりと頷いた彼女がそう言ってまた無邪気に笑う。
「――何でVONOS DISEを滅ぼした?」
余り聞かない低い怒りの声で静かにセルシアが言った。…それはきっとセルシアが一番知りたかった事だろう。
小首をかしげたヘレンが何でもない事の様に淡々と述べる。
「んー、ちょっと邪魔になって来たんだよね。cross*unionを疑う素振りも少しずつ見えてたし…気付かれた困るから」
……唖然としたまま立ち尽くした。そんな単純な理由で、この子はVONOS DISE壊滅を命じたのか?!
拳を握ったセルシアが怒りに体を震わせていた。
今更だけどBLACK SHINEリーダーはとんでもない奴だ。そのとんでもない奴がこんな幼い少女だとは思いもしなかったけど。
…いや、幼い少女ってのはきっと見かけだけだ。
フェンネルが言っていた。――リーダーはウルフドール族だと。
きっと姿を少女に定めているだけで、本当はアシュリーより上の年齢なんじゃないだろうか。

「やっぱり最後はそっちに戻っちゃうんだね。リネ」
不意に彼女はリネの方を見た。体を痙攣させた彼女がセルシアの腕にしがみ付いて、ヘレンから必死に目を逸らしている。
「でもね。私の命令を聞けないならセルシアを殺すよ?」
「っ――!!」
体を身震いさせた彼女が、その場で凍り付いてしまった。
「セルシアは死なせないし、リネには誰も殺させない」
庇うように前に立って、ヘレンにきっぱりと言い捨てた。
誰も殺させないし、誰も傷つけさせない。それはずっと前から決めていた‘決意’だ。
「…貴方の目的は一体…?」
続けてマロンが声を投げた。彼女の言葉に目を細め淋しそうに笑ったヘレンがアシュリーを見る。
「――アシュリーなら、分かってくれると思ったんだけれどな」
……アシュリーなら分かるって事は、つまり………。
「知りたいなら、来てよ」
考えている内に彼女はそう言って部屋の奥にある扉を開け、その奥の部屋に入って行った。
…罠、か??思わずレインの方を振り返った。中の構図はレインの方が詳しい筈だ。
だが彼は首を横に振る。
「この奥は俺達幹部でも立ち入り禁止だったから、分からねえ」
…幹部でさえ、入室を許されなかった部屋。
この奥にヘレンがBLACK SHINEを立ち上げた理由が、有る?
正直進むのが怖い。罠という可能性だって否定出来ないし、内部に一番詳しいであろうレインでさえ未知の領域なのだ。
それでも、行くしかない…か。
あたし達はヘレンの野望を知らないといけない。そしてそれを正す。――たとえ最後に争う事になっても。
6人の顔をそれぞれ見た。…アシュリーもマロンもロアもセルシアも行って平気そうな顔してるけど、リネとレインがさっきからずっと俯いてる。特に
リネに関してはセルシアの腕にしがみ付いたまま未だ震えていた。

「…リネ、大丈夫?」
「………」
彼女は小さく、本当に小さく頷いた。本当に大丈夫何だろうか…。
「……無理しなくて良いよ」
セルシアが震えるリネの頭を少しだけ撫でる。それから少し間を置いて言葉を続けた。
「でも大丈夫。俺は絶対居なくなったりしないから」
…その言葉にリネが頬から涙を零して、セルシアの胸の中に飛び込んだ。
除々に震えが収まっていく。…さっきも思ったけど、やっぱりセルシアの言葉の方が説得力有るんだろうな。
少しして落ち着いたリネがやっと涙を拭ってその場を少しずつ歩き出した。
「…大丈夫。何も心配しなくて良いわ」
例えヘレンと戦う事になっても、誰も死なせない。誰も傷つけさせない。
小さく頷いたリネと一緒に、ヘレンが進んで行った部屋の扉を――開けた。




―――中は入り口に合った大広間の様な物だった。唯、部屋の中心には巨大な魔方陣が描かれている。
魔方陣の端には5つの蜀台が置かれ、蜀台には1つずつネメシスの石が飾られていた。
そして魔方陣の中心には、炎を靡かせる2つの蜀台が別に置かれている。
陣の傍で、ヘレンは座っていた。あたし達が来た事を確認するとその場を立ち上がって此方に近付いてくる。
「これが何なのか、きっともう知ってるよね」
それは急な質問だった。だけど、質問の答えをあたし達は知っている。
だってこの陣、見たことが有る。――見たのはきっとSAINT ARTSだ。ネオンとレグロスから借りた資料に、確かにこの陣は載っていた。
「――夢喰いを復活させる‘儀式’の陣。…って事?」
「うん。そうだよ」
彼女はあっさりと肯定する。…やっぱり、夢喰いの封印を解く術式か。ネメシスの石が使われている時点でそんな気はしていた。
「復活させて何になるって言うんだよ」
ロアの言葉に、少しだけ目を伏せた彼女が言葉を綴る。
「この世界の調和。――私が望むのは、もう一度ウルフドール族の安息の地を取り戻す事。それだけだから」
――へレンはそう言って儚げに笑った。
…成る程。だからさっき‘アシュリーなら理解してくれる’と言ったのか。現に今、アシュリーは少しだけ目を細めていた。
確かにウルフドール族の住処は人間によって滅ぼされた。
人間がウルフドール族を追放したから、彼等はグランドパレーという小さな孤島に住処を移住しなくてはいけない結果となってしまったのだ。
否定はしない。あたし達人間がウルフドール族の住処を奪った事は間違いない事だから。
けれど、それを救う方法なんてきっと他にも幾らだって有る。
ウルフドール族を救う為、人間を殺すなんてそれはきっと間違ってる筈だ。
もっと別の方法が有るんじゃないだろうか。お互いが共存出来る世界を、築く事だってきっと出来る筈―――。

「この世界には人が溢れすぎているの。故に私達ウルフドール族は人間によって追放され、住処を追われた。
――私はそれを正す。この世界の人間を排除して、ウルフドールだけの安息の地を創る」

「…確かにあたし達人間はウルフドール族を追放した。貴方達の強大な力とその姿に恐れ成したからよ。
けれどそれ、一体何千年前の話よ!!
人は変われる。だから今のあたし達は絶対にそんな事しないわ。――共存出来る世界だって、きっと築ける!!」

「理想を語る戯言じゃ、何も救えないのよ!!」

声を荒げて叫ぶと同じようにヘレンが叫んだ。
――あたし達の思いは何処までも平行で、きっと決して交わる事の無い想いだ。


やっぱり、結局はこうなってしまうのか。…出来れば争いはしたくなかった。
少しだけ深呼吸して、剣の柄に手を掛ける。

「言葉だけじゃあどうしても分かってくれないみたいね」
「……そっちこそ」

そう言ってヘレンが儚げに笑う。お互い動けずに居ると他の6人もゆっくりと武器を構え出した。

――相手は何千年も生きながらえたウルフドール族で、しかもBLACK SHINEのリーダー。
力量の差がきっと有る。7人じゃ勝てないかもしれない。
それでも戦うしかない。間違った‘世界救済’を正すために。


暫く睨み合った後――大きく足を踏み出した。










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