勢い良く足を踏み出し、ヘレンに向けて剣を振るい下ろした。
振り下ろした刃から空を切る空しい音だけが響く。――やっぱり簡単には当たらないか…。
体制を立て直し、直ぐに後ろを振り返る。
――気付いたら彼女は遠くに居た筈のレインとアシュリーの合間で笑ってた。
声を投げる前に殺気に気付いたレインが振り返って槍で攻撃を防ぐ。
…今までの魔物や、ノエル達幹部何かとは比べ物にならない。これがBLACK SHINEリーダーの実力…!!
握っていた剣を今一度強く握った。


*NO,102...血肉の仮面*


「――振り上げよ、聖光なる炎!ファイヤーボルト!!」
立ち止まっているヘレンに向け、間を入れずにリネが術を放った。
加えて傍に居たセルシアが彼女に向け戦輪を思い切り投げつける。極め付けにマロンが弓を射った。3箇所から一気に攻撃が飛ぶ。
――唯、その攻撃は全て空しく空を切るだけだった。

「――distortion」
気付いたら今度はリネとセルシアの間に居た。先に動いたセルシアがリネの体を押し倒し、2人同時に床に倒れる。
そして床に倒れた2人の真上をヘレンの放った術が貫通していった。…間一髪だったみたいだ。
2人の傍に居たロアが双剣をヘレンに向け振り下ろす。
彼女はかわさなかった。唯――それを何の変哲も無く素手で受け止めた。
「っ――!!」
「――scream」
間を入れずにヘレンの発した術が発動する。一番傍に居たロアが腹部辺りを怪我してその場に座り込んだ。
「ロアっ!!」
叫んだと同時、マロンがその場を走り出す。彼女の妨害をしようと手を伸ばすヘレンに、レインが槍を振り下ろした。
それを単純にかわしたへレンが即座にレインの後ろに回って、何時の間にか手に持っていた投げナイフを投げ付ける。
――余りにも一瞬の事過ぎた。避ける間も無く飛んできたナイフにレインが膝を突く。
彼の傍に寄ったヘレンが、術を向けながら笑った。

「‘裏切り者には【死】の制裁を――’。…当然の結果よね?レイン」
「レイン!!」
怪我を負って動けない彼に向け、無慈悲に魔術が打ち込まれる。
「――explosion!」
アシュリーが間一髪、彼とヘレンの間に術を打ち込んだ。爆風が立ち混み、ヘレンがレインの傍から引き下がる。
此処で立ち止まっている訳にも行かない。レインと、彼の傍に駆け寄ったアシュリーの傍に走り寄る。
「…大丈夫。この位治せる」
膝を付いたまま彼が吐き捨てた。…出血量が酷い様に見えるが思った程酷い怪我でも無かったらしい。マロンがロアの回復に当たっていて動けな
い為、自分で自分の身を回復してるみたいだ。…レインも回復術を使えて本当に良かった。マロンだけじゃきっと人手が足りない。
ロアとマロンの方を見る。…彼の方もそこまで深い傷ではないみたいだ。既にロアが体制を立て直していた。
レインの事はアシュリーに任せておこう。そう思いその場を立ち上がってヘレンの姿を探す。――自分達と距離を取った場所に彼女は立っていた。
遠くに居るヘレンに向け、体制を立て直したセルシアとリネがほぼ同時に腕を振るい下ろす。
「血塗られた悪魔が笑う、狂気の茨姫(アラトスク)――ブラックチェイン!!」
「清水よ、清き舞姫と誓いの結印を!!――アクエス!!」
最初にセルシアの放った術――ブラックチェインがその場から動かないヘレンの体を一時的に捕らえた。
直ぐ後に発動したリネの術が、ブラックチェインで動きを封じたヘレンの方めがけて飛んでいく。これならいけるか――?!
そう思ったが全てが浅はかだった。即座にウルフドール族の本来の姿である獣姿に戻った彼女がブラックチェインの鎖を噛み砕き、その場を簡単に
脱出してしまう。リネの放った術は空しく壁に反響するだけだった。
そうして再び人の姿に戻ったヘレンが指先を伸ばす。
「――hate」
指先は体制を立て直したばかりのロアとマロンだった。
攻撃の範囲が大きい技だったのか、術を受けた2人が悲鳴を上げて同時に倒れ込む。
――ロアの方は男だし近距離系だから体力も有る。足を震わせながらその場から起き上がろうとしているのを見る限り、立ち上がれる気力ぐらい
は残ってるみたいだけど、マロンの方は限界みたいだった。地面に倒れたままぐったりとしたままだ。
自身を回復したばかりのレインが即座に2人の間まで走り、回復術を2人に向けて使用する。
遠くに居たヘレンが笑顔を浮かべていた。彼女の唇が少しだけ動く。
唇の動きを見て、何を言っているのか復唱してみた。

「ひ、と、り、め…」

…読み取った瞬間、鳥肌が立つ。
それは恐ろしい程無邪気な笑顔だった。
次いで動き出した彼女はリネとセルシアの2人に向け術を放つ。左右に分かれて攻撃を避けた2人が慌てて体制を取り直した。
けれどその一瞬の隙でさえ、彼女には好機なのだ。細く笑ったヘレンが直ぐにリネの方に術を振り下ろす。
「――painful」
――即座に発動された術がリネの体を綺麗に貫通した。
唇から血を零したリネが糸の切れたマリオネットの様にその場に崩れる。
「リネ!!」
彼女の下に、既に血溜りが出来ていた。――明らかにマロンより酷い傷だ。
レインの方を振り返るが、彼はまだマロンとロアの手当てに回っている。とてもじゃないけど回復が追いつかない。
アシュリーが駆け寄ってリネに小規模な回復術を照らす。けれどそれだけじゃきっと足りない。せめてマロンが起きてくれれば――!!

「二人目」

楽しそうに呟いたへレンが、そうして此方に指を向ける。
…立ち止まっている暇は無いみたいだった。直ぐにその場を走り出して、ヘレンに向けもう一度剣を振るい下ろす。
彼女はそれをかわし、先程のレイン同様にナイフを投げ付けてきた。唯幸いにも肩口を掠めただけで済む。
もう一度攻撃をしようとした所で――へレンに向け戦輪が投げ付けられる。きっとセルシアだ。振り返ると彼が怒りの顔を浮かべていた。…リネの
事を心配してだろう。あたしもリネの事は心配だし、ロアとマロンの事も心配だ。
飛んできた戦輪をかわすと思っていたが――彼女はそれを先程のロア同様何の変哲も無く素手で掴み、そして床に投げ捨てる。
「――punished」
指先をを此方に向けたヘレンが静かに言い放った。
体が一瞬宙に浮く様な感覚に襲われ、そして直ぐに地面に叩きつけられる。直ぐに体中が熱を帯びた様に痛み出した。
痛む腹部を押さえていると手の平にヌルっとした感覚が伝わる。
手の平を少しだけ見た。…どうやら今のあたしはリネと全く同じ状況みたいだ。腹部から噴水の様に血が吹き出ていた。
「イヴ!!」
セルシアとアシュリーの声が聞こえる。
同時にレインがその場を立ち上がった。彼が此方に駆け寄ってくる。…マロンとロアの方はもう良いのか?
「……ふた、り…は?」
「喋るんじゃねえ。……マロンとロアの傷は癒した。唯マロンの方が気絶したままだ、多分当分は起きない」
そう言ったレインが即座に服の上から傷口に手を当て、回復術を唱える。…リネの方はアシュリーが居るから、こっちに来てくれたんだろう。
立ち上がったロアが代わりにヘレンに向けて再び剣を振るい下ろす。
それを軽々と避けたヘレンが、床に転がったままのセルシアの戦輪を拾い上げてそれをアシュリーとリネの方に投げた。
リネに回復術を使っていた彼女が即座に動ける筈も無い。戦輪が肩口から背中に掛けて食い込む様に彼女の体に当たる。悲鳴を上げたアシュリ
ーがリネの傍で倒れ込んだ。…此処からじゃ余り見えないけど、多分アシュリーも酷い傷だ。

「三人目」

遠くでヘレンが呟いた声が鮮明に聞こえた。…どうやら彼女はもう絶対に起き上がれない人物をカウントしてるみたいだ。
あたしとロアもさっき床に倒れたけど、カウントされて無かった。――あたし達がまだ粘れば動けるからだ。
舌打ちをしたレインが少しスピードを上げて回復術を使う。彼としても焦っているのだろう。今この場で回復術が使えるのはレインしか居ない。
――マロンだけは死守しなきゃいけなかった。彼女がまだ動けたなら回復役が2人居て、もう少し回復のスピードだって速まった筈なのに…!!


「…悪い。一時的な治療しか出来ねえ。アシュリーとリネの方が心配だからそっち見てくる」
大分痛みが無くなってきた頃にレインがそう言ってその場を駆け出した。
…確かに傷のふさがり具合を見れば完璧‘一時的な治療’だ。痛みは先程に比べれば全然無いけれど、今度攻撃を喰らったら重傷じゃ済まされ
ないんだろうな。苦笑したけど、その場を起き上がる。あたしだけ寝てる訳にはいかないんだ。まだロアとセルシアが、戦ってる。
もう頭で何度も理解していた。絶対にヘレンには勝てない。
現にあたし達はこんなに傷を負って、仲間が何人も倒れているのに――へレンには傷一つ付けれてない。
でも諦める訳にはいかなかった。負けを認めたらそこでもう負けなのだ。だったら最期の最期まで足掻いてやる。
立ち上がり、自分の剣を探す。――けど意外と遠い場所に合った。取りに行くのに時間が掛かりそうだ。その時間でさえ今は惜しい。
それに気付いたレインが護身用で持っているのであろう短剣を此方に投げてきた。
「使え!!」
ホルターに入ったそれを受け取り、剣を抜く。…この程度なら使えそうだ。
「有難う!!」
お礼を言って、ヘレンの方へ足を踏み出した。
立ち上がったことに気付いたセルシアが後ろに引き下がり、詠唱を始める。――1人位は後衛が居て欲しいから、セルシアの判断は正解だ。
「セルシアのサポートに回ってくれ!!」
まさに今へレンと対峙を繰り返しているロアが此方に向けて叫んだ。…レインが使ってくれた回復術は一時的な物だし、そうした方が良いだろう。
頷いてセルシアの傍に行く。ヘレンが此方に向けて投げてくる投げナイフを弾いて床に落とした。
「寒獄の世界、支配するは白銀の獅子――スノーグランクル!!」
セルシアの放った術が、ヘレンに向け勢い良く降り掛かった。
術に気付いたヘレンがその場を直ぐに離れ、遠い場所で再び腕を振るう。
「――anger」
術の矛先はセルシアだった。術を打ち込まれた角度的に、セルシアにだけ当たる位置だ。
慌てて彼を庇おうをしたけど、遅かった。術を発動させたばかりで反応に遅れたセルシアがヘレンの術を受け、倒れ込む。
彼女は直ぐにまた近寄ってきて、此方に向け投げナイフを投げたと同時、地面に転がっていたあたしの剣をセルシアに突き刺した。
「っ――!!!」
声に成らない悲鳴を上げた彼が床に血を吐いてその場に倒れる。
「セルシア!!」
再び肩口を掠れた投げナイフなど気にする有余も無かった。セルシアから反応は無い。


「四人目」

彼女が呟く声は此処からだと鮮明に聞こえた。
ヘレンが此方を振り向く。次はあたしを狙って来る気だ。そう思ったけれど動けなかった。
動けずに居ると誰かに腕を引っ張られて、そちらに体がよろける。
「ぼけっとしてると殺られるぞ!!」
誘導してくれたのはレインだった。…アシュリーとリネの回復は終わったみたいだ。
終わったみたいだけど、やっぱり2人は気絶したまま動かない。傷が癒えたとは言え直ぐには目を覚ましてくれないだろう。
「レイン、セルシアが――」
「そんなの分かってる。けど、アイツが傍に居るんじゃ近づけねえ!!」
そう言ってレインがヘレンを睨んだ。彼女は此方を見て細く微笑んでいる。…セルシアはその足元に居た。
確かにヘレンがあの場所に居てはセルシアの回復が出来ない。彼女に近付くなんてみすみす死にに往く様な物だ。
セルシアが傍に居る所為かロアも迂闊にその場を動けないみたいだった。――気付いたら動いているのはもうあたしとロアとレインの3人だけだ。
笑みを浮かべたままのヘレンが指先を此方に向ける。
「――extinction」
最早何度目か分からない術攻撃だった。此方に向け飛んでくる術をレインと同時に床に倒れ、何とか回避する。
唯それだけでは攻撃が止まない。間を居れずにヘレンが再び言霊を放つ。
「――massacre」
発動した言霊が、再び此方に牙を向いた。体制を完全に立て直す前に攻撃された為、とてもじゃないけどかわせない。
――逃げ道も見つからず、唯攻撃に耐えるしか無いと覚悟を決めたその瞬間。レインが庇う様にあたしを抱き締めた。同時に術がレインに降り掛か
り、彼が血を吐いて再び地面に倒れる。
「レイン!!」
遠くに居るロアと声が重なった。レインは傷口を押さえたまま小さく呻いている。

「五人目」

声を投げつつ、足音を響かせヘレンが近寄って来た。
彼女が此方に近付くより早く、ロアに無理矢理立ち上がらせられその場から引き離される。
ロアとしてはあたしの身を案じてしてくれた行動に違いないけど、それはレインを捨てているのと同じ気がして叫んだ。意味も分からずに奇声の様
に叫ぶしかなかった。
傍に落ちたままのあたしが先程レインから借りた短剣を拾ったヘレンが、彼の肩口に向け無表情に刃を振るい下ろす。
「っ――!!」
セルシア同様、彼が悲鳴にならない声を上げた。
けれどセルシアの時みたいにそれだけでは済まされない。
彼の体を思い切り踏みつけながら、肩口に刺した短剣をヘレンがもう一度引き抜く。悲鳴の代わりに体が痙攣するのが見えた。
今度は腹部辺りに剣が振り下ろされる。そして突き刺さった短剣は直ぐに引き抜かれる。…何度も何度も同じ作業が繰り返された。
「さようなら、レイン・グローバル。――自分の罪に苦しみながら死になさい」
そして最後胸辺りに向けてヘレンが短剣を振るい上げる。
彼女がその短剣を振り下ろす――その一歩寸前に、ロアが彼女に向け銃弾を発砲した。
指先に当たった様で、手から短剣が滑り落ちる。転がり落ちた短剣はレインの真横に突き刺さった。


「……少し黙っていて欲しかったんだけれど」
此方を見つめながらヘレンが呟く。レインから離れたへレンが、此方に指を振るい下ろした。
「――blood」
そして発動された術が瞬きをする前に此方に辿り着く。――かわす有余も見つからなかった。
ロアと同時に悲鳴を上げ、床に倒れ込む。…ロアもあたしも一度倒れた身だから、流石に今の攻撃で限界だ。意識はまだ有るのに、体は全く動か
なかった。これ以上はもう、誰も動けない。
結局傷一つ付けれなかった。彼女はまるで軽い運動だったかの様に軽く肩を回して、それからあたし達の方に近付いて来る。
――何をされようと、もう避けれない。そんな気力さえ残っていない。あたし達7人はこのまま殺されるのだろうか…。
傍に寄ってきたヘレンが身を屈めた。何故かあたしの体だけを起こして、無理に質問をしてくる。


「夢喰いの封印を解く方法、覚えている?」
…5つのネメシスの石の封印を解いて………‘生贄’を、用意する事…?
そうだ、忘れていた。夢喰いを復活させるには‘生贄’が必要だった。
そしてその生贄はウルフドールの王族である事が絶対条件。となるとアシュリーが危ない…!!
「折角だから良い事を教えてあげる。ネメシスの石の封印をもう一度掛けるのはクライステリア・ミツルギ神殿でしか出来ないけれど、夢喰いの復
活自体はクライステリア・ミコト神殿じゃなくても出来るのよ。――この魔方陣と5つのネメシス、そして‘生贄’が居ればね」
……夢喰いの復活自体は、ミコト神殿じゃなくても出来る……。
それを聞いて確信した。ヘレンは今すぐに、この場所で夢喰いを復活させる気だ!!
止めようにも、もう声さえ出なかった。喉から出るのは風が通る空しい音のみだ。
それでも喉を振り絞って声を出す。何度も咳き込んで、やっと一言喋る事が出来た。
「…生、贄……に、誰…を、…使…う……気……」
「別にアシュリーでも良いんだけれどね、少し趣向を変えてみようと思って」
彼女はそう言って無邪気に微笑む。
ヘレンの唇が動いた。彼女はまるで当たり前の様に言葉を発する。――けれどそれはあたしにとって信じられない言葉だった。









「生贄は貴方で代用する。――イヴ・ローランド」


――呆然となったまま硬直する。
それは冗談かと笑い飛ばしたくなる言葉だった。










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