リネが落ち着いた頃には、既にセルシアの傷もマロンが癒してくれたお陰で回復していた。
レインも特に怪我は無いみたいだし…本当、誰も悲しまずに済んで良かった。
後もう一歩セルシアの行動が遅かったら――。…今でもそれを考えると思わず身震いしてしまう。
「…ありがとう、傷は大丈夫?」
床に座っているセルシアに問い掛けると、彼は笑顔で頷いた。


*NO,100...哀願華*


腕の中から漸く離れたリネが、静かにセルシアの傍に寄って小さな声を振り絞る。
「ごめん、なさい……」
先程泣き止んだばかりなのに、彼女はまた泣き出してしまった。
床に力なく座ったリネを慰めようとセルシアが優しく頭を撫でる。
「…リネが反省してくれたなら、俺はそれで良いと思ってる。…唯、謝る相手が違うよな?――謝るのは俺じゃない」
そう言ったセルシアがアシュリーの傍で同じく座っているレインの方を見た。
「……ああ、別に俺は気にしてねえよ。てか、俺が勝手にやった事だしな。
――寧ろ殺されても構わねえ、って思ったし」
そう言って自嘲気味に笑ったレインに対し――今度は傍に居たアシュリーが彼の頬を叩く。
「貴方まで馬鹿な事言わないで」
「……了解」
苦笑を浮かべてレインが頷いた。…すっかり頭から消えうせてたけど、レインも最初は割と死にたがってたのよね。
……アシュリーの言葉、本当に分かったんでしょうね??

「…ごめん…。…ホントに…ごめんなさい……」
レインとしてはリネの事はもう赦したみたいだけど…リネはまだそれを重く感じているのか、未だに謝罪を口にしていた。
泣きじゃくる彼女をセルシアが優しく抱きしめる。…するとぴたりと声が止んだ。
……やっぱりあたし達が色々口出しするよりも、セルシアが何かするほうがリネにとって説得力有るんだろうな。
ずっと一緒に居た2人だからこそ、言葉以上に伝わる物が有るのかも知れない。


「……何時からBLACK SHINEの仲間だったんだ?」
少し状況が落ち着いてきた所で、ロアが彼女に言葉を投げた。
セルシアの腕の中でぼそぼそとリネが何かを喋る。…多分聞こえているのはセルシアだけなんだろうな。
彼女の言葉を聞いたセルシアが代わりに口を開いた。
「…一時期、俺とリネ凄く喧嘩してただろ?時期はあの頃。
もうちょっと詳しく言うと…俺とリネが仲直りするちょっと前くらいから、だな」
「……割と最近ね」
それならレインが知らなかったのも何となく分かる。ずっとこっちの監視をしていたから、内部の動きも殆ど分からなかっただろう。
きっとリネが独りになった所で、BLACK SHINEリーダーに上手く勧誘させられたんだ。
リネもその時はセルシアと喧嘩していた所為でストレスも多かったに違いない。
だから何時も見たいな冷静な判断が出来ず、そうしてずるずるとBLACK SHINEの呪縛に囚われた――。

「…理由が、有るんだよね…?…リネが理由も無しにBLACK SHINEに入るなんて、思えないよ」
ロアの傍に居るマロンが彼女に声を投げる。
マロンの問いに対し、セルシアの腕から離れ、代わりにその腕を握りながらリネがぼそぼそと小さく喋り始めた。
「あたし、は……」
「……無理に全部を語らなくて良い。少しずつで良いの。あたし達は待ってるから」
全部喋れと言ってもリネはきっと喋れないだろう。…少しずつ、リネの言いたい事から言ってくれれば良い。
少しだけ頷いたリネが握り締めたセルシアの手を強く握りながら、少しずつ喋り出した。

「…唯……守りたかったの…」

「…うん」
「……あの日…。…BLACK SHINEリーダーって…名乗る人が…あたしの所に来た……」
…BLACK SHINEリーダー。
リネを狂気の道に立たせ、レインを夢幻の呪縛に閉じ込めた張本人。
誰なのか気になるけど、それは後からレインに聞くことも出来る。とにかく今はリネの話しを聞いた方が良いだろう。
込み上げる思いを無理矢理飲み込んで、リネの話に再び集中した。
「……そいつは…あたしに、レインがBLACK SHINEの幹部だって事を教えてきて…。
…あたしに…見張れ、って…言ったの……。…裏切る様なら……殺せ…とも、言われた……」
やっぱりまだ頭の中が整理出来ていないのか、リネの言葉は時々主語が抜けていたりする。
でも今の言葉は何となく分かった。――リネの受けた任務は、BLACK SHINEリーダー直々の命って事。
「…勿論…断った…。…レインが、ホントにBLACK SHINEの幹部だなんて…思ってなかったし……殺すなんて…あたし…無理、だから……」
…そりゃあ、そうだよな。
行き成り現れた人間に『レインはBLACK SHINEの幹部だからアイツを見張れ』何て言われても、説得力の欠片も無い。
ましてその仲間を殺せなんて言われたら、あたしもきっと断るだろう。

「……でも…そしたらっ…」
…リネの震えが大きくなる。
再び涙を滲ませる彼女を、セルシアが再び優しく宥めてやった。軽く頭を撫でて、優しく微笑む。
「ゆっくりで良いよ」
「……っ」
セルシアの言葉に彼女が瞳から大粒の涙を零した。
大きく体を震わせ、セルシアの腕を強く握り締めたリネがもう一度喋り出す。


「……そしたら………。
…‘従わないなら、セルシアを殺す’って…言ってきたの…」




…やっぱり、セルシアを使って脅したんだ。
きっとリネも従うしか無かっただろう。…セルシアを守る為に。

レインを見捨てる結果になる事は彼女にも分かっていた筈だ。
でも彼女はそれ以上に――自分が従わなかった所為で今まで自分を守ってくれたセルシアを殺される事が何よりも苦痛だった。
その時確かにリネとセルシアは喧嘩してたけど、リネは心の中でずっとセルシアの事を思っていた。
だから悩んで、悩んで、悩んだ末に――結局レインを見捨てる道を選んでしまった。

「レインの事…見捨てたく無かった…!!……でも…あたしが従わないと…セルシアが…死んじゃう…から…。
……それだけは嫌だったの…。…兄さんはもう居なくて……、セルシアまで居なくなっちゃったら…あ…た、し……あたし…っ…!!」

彼女は再び泣き出してしまった。……きっと今までずっと独りで悩んでいたんだろう。
リネにとってレインもセルシアも大事な人だった。
だけどどちらかを見捨てないと、どちらも救えない苦渋の選択を迫られて―――彼女はセルシアを選択してしまった。
それは当たり前と言えば当たり前の選択だ。
兄であるリトはもう居ない。だから彼女が心を安らげる‘家族’の様な存在は、セルシアだけの筈だ。
血は繋がってなくとも家族と言える存在である彼の事だけは、きっと何が有っても守りたかったのだろう。
――セルシアが今までリネを守ってくれていた様に……。



「…今まで辛かったわね。…ごめん、気付いてあげれなくて……」
再びセルシアの腕の中で泣き出してしまったリネの頭を優しく撫でてやった。
誰もリネの事は咎めれない。…慰める言葉さえ見つからない。

きっとリネはリネなりに色々考えて、そして導き出した答えがこれだったのだ。
彼女はこんな事なんて本当はしたくなかっただろう。まして仲間であるレインを殺すなんて――――。


…それでも彼女はそうするしかなかった。
家族とも言えるセルシアを‘守る’為には――そうするしか道は存在しなかった…。


「……ごめんね、リネ…。…ありがとう…」
リネをきつく抱きしめたセルシアが、同じように彼女に謝罪の言葉を口にした。
体を震わせたままリネが首を横に振る。
…暫くリネが泣き止むのを待っても良いんだが、今のリネの話を聞いてますますBLACK SHINEリーダーへの怒りが噴きあがって来た。
許せない。許しちゃいけない。
BLACK SHINEリーダーだけは、何が合っても許せない。

…フェンネルのあの言葉を信じるなら、確かにBLACK SHINEリーダーも自分の仲間を救う為に戦っているのかもしれない。
けれどそれとこれとは話が別だ。追放されたウルフドール族を救う道なんて、他に幾らでも有った筈だ。






「…誰なの、BLACK SHINEリーダーって」


だからその許せない奴の名前だけは、知っておかないといけない。
泣きじゃくっているリネの代わりに、レインが傍に寄って来た。


「……今更隠す事でも無いしな。…どうせだから教える」

レインの言葉にリネが少しだけ泣き声を堪えた。…気遣ってくれてるのだろう。
セルシアも彼女の頭を優しく撫でながらレインの方を見ている。
それは3人も一緒だった。BLACK SHINEリーダーの名前だけは、どうしても知っておく必要が有るから。


「…BLACK SHINEリーダーは俺達の身近に居る奴だよ。――イヴ、お前がきっと一番面識有る」

「……あたし?」

あたしが一番面識有るウルフドール族…。
…アシュリーかヘケトーぐらいしか浮かばないんだけど、他に誰か居たっけ??
首をかしげている内にレインが‘答え’を呟いた。
そしてその答えは――――。


























「…本気、なの……?」


「……本気だ。アイツがBLACK SHINEリーダー何だよ」





…レインの言葉に、リネ以外の全員が目を丸くした。










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