長く続く螺旋階段を3人で只管上り、やがて扉の前に到達する。
少しだけ扉を開いて先の光景を確認した。…どうやら廊下の様だ。無人の廊下には静寂が広がっている。
…罠でない事を信じたい。2人と目を合わせてから静寂の広がる廊下をなるべく足音を立てない様に歩き出した。


*NO,97...BLACK NIGHT*


内部の事をcross*unionリーダーに教えてもらえば良かったかもしれない。これじゃあ何日掛けたってレインの所には辿り着けない。
とはいえ今更戻る事は不可能なので、仕方なく長い廊下を歩き続ける。
…にしても信じられない程静かだ。そろそろ罠じゃないかと疑いたくなって来た。

「…ちょっと怪し過ぎるわよね。この雰囲気」
「……そうだな」
問いに対してロアが答え、マロンが少しだけ頷く。…やっぱりリーダーにまた騙されたのか?
そう思った直後――廊下の曲がり角から人影が見えた。思わず足を止めて硬直してしまう。何処かに隠れるべきなのは分かっているがレインかも
しれないと言う淡い期待からの所為か動く事しか出来なかった。
そして廊下の角から姿を現したのは――。

「――…」
戸惑いが走る。やっぱりレインじゃなかった。レインじゃないけどあたし達の知ってる顔だ。
「……やっぱり、此処まで来たか」
廊下の向こう側で仁王立ちしてるのは紛れも無くフェンネルだった。…此処に来て一番会いたくない奴に出会ってしまった。明らかに強いノエル達
幹部やリコリス、フェンネルには遭遇したくなかったのに。つくづく自分達の運の悪さに溜息が出てしまう。
とは言え此処で止まっている訳にも行かない。レインに会わないといけないから。
「そこを退いて。あたし達はレインに逢いに来たの。それ以外何の目的も無いわ」
ネメシスの石はとりあえず後回しだ。重要なのはネメシスの石なのは分かってるけど…私情を絡ませるとどうしてもレインが優先になってしまう。
投げかけた声に少しだけフェンネルが笑った。男は唇を開き、一言。



「教えてやろうか、レインの居場所」


「……は?」


――間抜けな声が出てしまった。どういうつもりなのかさっぱり分からない。
後ろに居るロアとマロンの顔色を少し伺ってみるが、2人も呆然としたまま男を見ていた。
…‘レインの居場所を教える’…。いかにも怪しいお言葉だ。罠という可能性が高い。
けれど正直に言ってこの男以外に周りでレインの居場所を知る人間なんて―――…。
…此処はやっぱり従っておくべきなのか?罠という可能性は十分高いけれど、このまま闇雲に動くよりは何か進展が有るのは確実だ。
「…恐らくレインならリーダーの部屋に居るよ。お叱りを受けてるだろうね、勝手な真似をした罰として」
「……あたし達を逃がしたこと?」
「そう」
肩を竦ませて男が苦笑する。…あたし達を逃がしたのは、レインの独断の判断だったのか……。
フェンネルの言葉に確信は無いけれど、どうにもこの男が嘘を吐いている様には見えなかった。
いや、それも演技か?疑っていいのか、信じればいいのか…よく分からない。
「…心配しなくても、俺はお前達に手を出す事が出来ない。――お前達を殺すのは元々レインの命令だからな。
俺達が動き回ってたのは、お前達の持ってる‘ネメシスの石’の略奪だ」
…それは本当っぽい。
多分レインがあたし達と一緒に行動していたのは、あたし達が不要になった時に何時でも殺せる様にする為だ。その為に敢えてパーティーに潜入
させた。そしてレイン自身も9年前の復讐としてリネとセルシアを恨んでいる…。…これほど好機な事は無かっただろう。
けれどレインは、彼はあたし達を殺さずに逃がしてくれた。
唯の気まぐれ…では無いんじゃないだろうか。フェンネルの言葉を信じるならレインが行った行動は‘独断行動’。それがリーダーに叱りを受ける事
と分かっていてもあたし達を解放してくれた。……それを‘気まぐれ’と片付けるのは余りにも幼すぎだ。
きっとレインは、…信じてくれてたんだ。あたし達のこと、少しは頼っていてくれたのかもしれない。
最初はきっと、セルシアの事もリネの事も憎かったんだろう。SAINT ARTS本部でセルシアが10年前の話をした時――きっと腸が煮えくり返る様な
思いをしたに違いない。
それでもセルシアにもセルシアなりの事情が合った事を知って。…少しだけ、セルシアの事を赦してくれていたのかも。
無意識かもしれないし意識的にかもしれないけど…彼はきっと心の中でセルシアとリネを少しずつ赦していた。
それでも自分には‘裏切り’という義務と命が合って――だからあたし達を裏切った。
けれどそれはきっと…レインの意志じゃない。…そう、信じたい。

「……本当にレインの所に連れて行くんでしょうね?」
「さあ、どうだろうな?」
「――お前っ!!」
曖昧な返事を返したフェンネルに後ろに居たロアが声を上げる。…それを沈めて、フェンネルと向き合った。
「案内しなさいよ。罠でも上等だわ。――このまま闇雲に歩くよりは進展有るだろうし?」
cross*unionでリネ達が待ってる。だから早く、一寸でも早く目的を果たしたい。
それなら闇雲に歩くよりは危ない橋を渡るべきだ。罠でも何でも来れば良いわよ。それでレインに逢えるなら、上等。
「……なら、着いて来ると良い」
踵を返したフェンネルが本部内を歩き出した。

「…大丈夫なんだろうな?」
不安そうな顔をしてロアが問い掛けてくる。
「そんなの分かんないわよ。…けど行くしかないじゃない。他に手がかりなんて無いんだし」
「……そう、だよね」
苦笑したマロンと不服そうなロアに少しだけ笑って、同じく踵を返しフェンネルを追い掛ける。
…本部内はやっぱり静まり返っていた。
「なんでこんなに静まってる訳?」
せっかくなので聞いてみようと思いフェンネルの方を見上げる。此方を振り向くこと無く男が答えた。
「リーダーがそういう命令を出しているんだろう。…お前達がもう一度来る事も、リーダーはお見通しという事だ」
「……上等じゃない」
何処のどいつなのか知らないけれど、その面拝んだら絶対一発は殴ってやる。レインを長い事苦しめたその罰に。

…本当に罰を受けるのは多分‘BLACK SHINEリーダー’だ。
cross*unionだって元を辿ればBLACK SHINEリーダーが無理矢理取引をしたんじゃないんだろうか。

「…先に言うがリーダーは強いぞ。
恐らく誰よりも強く、誰よりも残虐で、誰よりも優しい存在だ」
「……それ、どういう意味なんですか?」
少し強張った顔のマロンが男に問い掛ける。一息置いてフェンネルが答えた。
「あの方にもあの方の事情が有るのだ」
「人殺しに理由が有るなんて思えないんだけど?」
皮肉を謳う様に言うと少しだけフェンネルが此方を見る。――それは戦う最中によく見る様な、冷たい瞳だった。

「――あの人は俺達の為に戦っているんだ」

吐き捨てるように言ったフェンネルが少し足を速めて歩き出す。
…俺達?それってつまり――。


「……BLACK SHINEリーダーって、ウルフドール族なの?!」

フェンネルは確かウルフドール族だ。VONOS DISE本部で戦った時、確か男は聖獣の姿に戻って戦っていたから…。
その男達の為に戦っているって事は――つまりウルフドール族って事だ。
…ウルフドール族は人間に住処を追われた種族だ。
そうか、そういう事か…。…だから人間を殺すんだ。住処を奪われた‘ウルフドール族’の弔いの為に。

「……」

男は何も答えない。…図星、って事か。
リーダーの謎が少し解けた。人殺しの理由も何となく察した。
けれどその言葉を聞いて余計に分からなくなった。――あたし達の傍に居るウルフドール族がBLACK SHINEリーダー、って事よね。
一番傍に居るウルフドール族はアシュリーだ。…彼女は王族だし、きっと住処を追われたウルフドール族の事だって知ってる。
て事は彼女がリーダー?人殺しの理由もアシュリーなら何となく分かるけど……あたしはアシュリーがそんな事するなんて思えないし、思いたくな
い。それに随分昔の事だけど、アシュリーはノエル達に追われていた。て事はやっぱり彼女じゃない?
でも彼女以外に傍に居るウルフドール族なんて……。


そう思っている内にフェンネルが1つの部屋の前で足を止めた。
……此処にレインが居るのだろうか。フェンネルの方を見上げて言葉を待つと、男が声を上げる。

「レインなら多分此処に居る」
「……此処、何なの?」
「私室だよ。レインの」
「……あたし達を謀ったわね?あんた」
フェンネルは最初、レインならリーダーの部屋に居ると行った。
恐らくこの男にあたし達は試されたのだ。――もしフェンネルの言葉を聞いてリーダーの私室を独断で探していたら、たどり着いた先はリーダーだ
けが居る部屋で、あたし達は有無を言わさずBLACK SHINEリーダーに殺されていただろう。
何のことだと言わんばかりに肩を竦めたフェンネルがそのまま廊下を歩き出した。
「1つだけ言っておく」
遠ざかりながらフェンネルが此方に言葉を投げる。
「お前達を此処まで案内した理由は2つ。1つはリーダーの命令だから。もう1つは――俺とレインが似ているからだ」
「――それって」
「精々殺されないようにするんだな」
そう言って男はそのまま視界から消えて行った。
…‘俺とレインが似ている’。推測だけど…もしかしたらフェンネルも望んでBLACK SHINEに入った訳じゃない??
よく分かんないけど、フェンネルの事疑わなくて良かったみたいだ。ロアとマロンの方を向き合ってお互い目を合わせてから――――部屋の扉をゆ
っくりと開けた。










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