静かに扉を開き、中を見回してみる。
…レインの姿は無い。さっきの言葉、前言撤回したくなった。やっぱりあたし達はフェンネルに騙されたのか?
部屋に足を踏み入れる。軽く辺りを見回した。本棚には所々空欄が出来ていて、代わりに机の上には山積みされた幾つかの書物が有る。
何を読んでいたのだろう。興味本位から近付こうとして――。

「絶対来ると思ってた」
不意に背後から聞こえた声に、慌てて後ろを振り返った。


*NO,98...LUNATICK*


――どうやら扉の位置関係で見えなかっただけみたいだ。さっきの言葉を更に撤回。フェンネルは嘘を吐いていなかった。
腕組をして壁にもたれたレインが其処には居た。呆れた顔を浮かべて此方を見つめている。…やっぱりその瞳に色は無い。
マロンとロアが部屋に入ってから、扉を閉める。…開けたままにして置くと他の人間に見つかりそうだったし。

「…なんであたし達を逃がしたの」
「何のことだ?」
淡々と言葉を返された。…『何のことだ』じゃ無いわよ。あんた絶対分かってるでしょ。
眉間に皺を寄せて、レインを見上げる。
「助けてくれたのはレインだって、cross*unionリーダーから聞いた」
「……聞き間違いだろ」
ロアの言葉に目線をしらしたレインがぽつりと呟いた。
…いや、聞き間違え何かじゃない。彼の態度からしてもそうだ。あたし達を助けてくれたのは絶対にレイン。間違いない。

「で、お前達は何しに来たんだ?またみすみす殺されにでも来たか?」
皮肉の笑みを浮かべたレインが此方を見下ろした。
…首を横に振る。あたし達は殺されに来た訳でも、殺しに来た訳でも無い。
「レインと、話をしに来た」
――彼のことを、今度こそ救いたいから。
不機嫌そうに此方を見たレインが苛立ちを隠せない様子で言葉を放った。
「話すことなんて何も無い」
「あんたには無くたってあたし達には有る」
「そんな事俺には関係ねえ!!!」
声を荒げたレインが壁を強く叩く。…此方のことを完全拒否してるみたいだ。
どうすれば伝えれるだろう。どうすれば、分かって貰える?
もっと言葉を考えておけば良かったと今更ながら後悔する。目線を下げたと同時に隣に居たマロンが呟く様に言った。
「私達はレインの事なんにも気付けなかった…。…一度も救えなかったの」
「……」
目線を逸らしていたレインが少しだけマロンの方を向く。
…あたしやロアの声は、傷ついたレインの心にはもう届かないかもしれない。けれどマロンの言葉なら、届く。心の何処かでそんな気がした。
「だから…今度は救いたい。…もう独りで全部背負わないで…?」
…無言。レインは再び目を逸らしてしまったが、その瞳は先程の色の無い瞳とは違う――何処か悲しみの篭った目。
きっと彼も何処かで探していたんだ。自分を救ってくれる‘安息の地’を。
そして彼が導き出した安息の地はきっと―――――死ぬことだったのだろう…。
死ねば楽になれる。この呪縛も、まどろみも、憎しみさえもきっと宙(ソラ)の先で消えていく。
きっとレインが導き出した答えはそれ何だ。だからあの時…あたし達と戦った時、『憎いなら俺を殺せ』何て言ったんだと思う。
彼が本当に望んだことはセルシアが死ぬ事でも無ければ、あの幸せな日々を取り戻したい訳じゃない。
全ての柵から開放されて自由になりたい――つまり‘無に還る事’だ。
あたし達を殺したくて仲間になった訳じゃ無いと思う。きっと――あたし達に‘殺されたくて’仲間になったんだ。

戦ってる時に気付いた。
『憎いなら俺を殺せ』―――あの叫びで確信した。

レインが求めているのは‘死’と言う名の‘自由’だって事…。


「……お前等に…何が分かるって言うんだよ…」
長い沈黙の果て、俯いたレインが苛立ちと悲しみの混ざった声で呟く。――涙声が掛かったくぐもった声だった。
「…望んでBLACK SHINEに入った訳じゃない事、か?」
「……」
ロアの言葉に再びレインが沈黙する。…図星、って事か。
きっと心の中で揺れてるんだと思う。
――もしかしたら戻ってきてくれるかもしれない。まだその気配は微動に残ってた。
「お願い、戻って来てよ。…今度はあんたの事も救ってみせる。無垢だった頃のせめてもの償いとして」
…俯いていたレインが少しだけ此方を向く。
幻聴じゃ無い、やっぱりレインは泣いていた。それはきっと救いを求めて彷徨っていたであろう彼の‘本当の闇’。
「……正気か?俺はお前達の事裏切ってるんだぞ?刃も向けたし、術だって無差別に撃った」
「そんなの関係無い。…大事なのはあんたがこっちに戻ってきてくれるか否か。よ」

どうか戻ってきて。…居なくなってやっと気付いたから。レインがどれほど大きな存在だったかって事に。
言葉を失くしたレインが再び俯いてしまう。
…答えを急ぐ気は無い。あたし達は信じてるから。レインの事。















「……後悔、しないんだな?」


―――長い沈黙の果てにレインが呟いた言葉は‘肯定’だった。


「…あんたの事信じて此処まで来たんだから、後悔なんてする訳無いじゃない」

精一杯の言葉を送ったつもりだ。返答にレインが少しだけ笑った。
それから少しだけ溜息を吐いて――やるせなさそうに壁に凭れて床に座り込む。
「ホントに知らねえからな?」
「上等よ」
後悔なんてしない。レインの事、ずっと信じてるから。
マロンが傍に寄って、レインに手を差し出した。少しだけ照れ臭そうにそっぽを向いたレインが別の方を見ながらもマロンの手を取り立ち上がる。
――聞きたい事は色々有るけど、セルシア達と合流してからだろうな。
とにかく一旦リネ達と連絡を取って…。そう思い通信機付きのイアリングに手を当てた所で―――。



「イヴ!!」

「……セルシア…?!」

…部屋に突然入ってきたのは、今まさに連絡を取ろうとしていたセルシアとアシュリー、そしてリネだった。
どうやら追いついてきてくれたみたいだ。連絡する手間は省けたけど…何で此処まで辿り着けたんだ?

「どうやって此処まで?」
マロンの問いに息を切らしたアシュリーが答えた。
「入り口まではジブリールに乗せてもらった。…それから内部を当てずっぽうに色々歩いてたらイヴ達の声が聞こえたから…」
…あんまり気にしてなかったけど、結構大きい声で喋ってしまってた様だ。誰にも気づかれて無い事が本当に幸いだ。
頭に手を当てたレインがセルシア達の方を見ながら言った。
「セルシア達的にはどうなの?俺がまた此処に戻って来る事」
その言葉に少しだけ驚いた顔をしたセルシア達だったが――直ぐに笑顔で頷いた。
「寧ろその言葉を待ってたの」
…3人としてもレインが戻って来る事への異存は無いみたいだ。有っても困るけど。
眉間に皺を寄せながらも唇を釣り上げたレインがぼそりと何かを呟いた。…多分、‘ありがとう’。…じゃないだろうか。唇の動き的にそうだった。


さて。3人が来てくれたなら、わざわざ戻って話をする必要も無くなってしまった。
となれば目指すのは――リーダーの所、だろう。
でもその前に知っておきたい。結局BLACK SHINEリーダーって誰なの??
フェンネルの言葉を信じるなら、BLACK SHINEリーダーはあたし達の身近に居るウルフドール族。でもアシュリーでは無い。
じゃあ一体誰が??

一番詳しいであろうレインにそれを問い掛けようとしたその瞬間――――。






          ・ ・
「――やっぱり、貴方はそういう答えを出すのね」

それは酷く落ち着いた声だった。
聞き覚えの有る声。――この場に居る人間のモノだ。

ホルダーから‘何か’を引き抜く音がした。
そして‘ソレ’を構えながら、‘彼女’は無表情に語り続ける。


「本当に残念よ。あたしの手で始末しないといけなくなる何てね」


「……どういう、事よ…」


胸騒ぎが止まらない。だって彼女の構えている‘ソレ’は紛れも無く拳銃で、拳銃の切っ先は―――レインの方を向けていた。
















「………冗談はよせよ」

「冗談じゃない。これがあたしの中でのシナリオだった」


……ああ。
何時も何処かで感じていた‘胸騒ぎ’はこれだったんだ。


冗談だと信じたくなる光景を、あたしは今まさに見ている。





「…あんたまでBLACK SHINEの仲間だった訳?」




「そうよ?――まあ、レインの知らないところでそうなったから、レインは知らないだろうけど」
















「……嘘って言えよ……。リネっ!!!」










――セルシアの言葉でさえ、拳銃を構えたリネは無表情だった。










--It leads to Chapter Y!!--



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