‘Sear’による体への負担は術を封じる効果以外に特に無い。翌日にはマロンも目を覚まして本気で安心した。
目を覚ましたマロンに経緯と――彼女の現状についてを時間を掛けて説明する。
勿論此方としては術が解けるまで彼女の事を守るつもりだ。唯マロンが色々と不安そうな顔をしていた。…それとも、自分が足を引っ張ってるとで
も思ってるのだろうか。セルシアみたいに自傷的にならないと良いんだけれど。
少しだけマロンと会話してから皆の所にマロンと一緒に戻る。
…此処からメルシアの森へは歩いて3〜4日程度か?最初に行った時と違って道は分かっているからその程度で着く筈だ。
皆の準備が整ってから再び家を飛び出した。


*NO,89...咆哮*


何にせよcross*union本部のあるこの街に長居するのは危険だ。
向こうも今頃自分達が脱走した事ぐらい気付いているだろう。もし向こうに逃がす気が無かったのなら今頃血眼になって探している筈だ。
早足で街を出て海岸沿いに歩き、隣街を通り越した。
「此処からメルシアの森まで…歩いて4日位、か?」
海岸を歩く中でセルシアがぽつりと呟く。…やっぱりその位の距離だよな。セルシアの言葉に頷いて再び前を見る。
…道なりはそれなりに覚えているんだけど、ラグレライト洞窟の土砂崩れ騒動は流石にもう収まったよな?通れないとなると困る。
また街に戻って船から経由して来るのは面倒だ。
そんな事を思い続けながら1日休憩や野宿を入れてやっとの思いでラグレライト洞窟に到着する。
――人気は無くなっていた。封鎖されている様子も特に無い。…って事は通れるんだよな?安堵したのも束の間、ロアが入り口に立っている看板
を指差す。
「あれ、何だ?」
「…少なくとも良い事の書いてある看板では無いでしょうね」
溜息を吐いたリネが看板を見に行った。レインもリネに続いて看板へと近づいて往く。
2人は看板の文字を読んで――顔を見合わせて眉間に皺を寄せた。まさかまだ通れないとか…?
気になったので自分も見に行って見る。
…封鎖の知らせでは無かった。唯封鎖よりも厄介そうだ。

「何て書いてあるの?」
少し遠くでセルシア達と待ってるアシュリーが小首を傾げて問い掛けてくる。
リネとレインと目を合わせて――苦笑した。
「一応通れるみたいだけど……‘凶暴な魔物が住みついたので注意’…ですって」
「……ああ。なるほど」
看板の内容を理解した4人が同じ苦笑する。
成る程。人気が少ないのはこれが原因か。凶暴な魔物って…あのノエルの部下の事じゃないだろうな。
唯引き返す事だけは出来ない。此処まで来てまた本部の方まで戻るなんて余りにもタイムロスだ。あたし達には時間が無い。今こうしている間に
もBLACK SHINEと繋がっているcross*unionの人間があたし達を探して街を出たかもしれないし、ノエル達の言う‘計画’は確実に進んでいる。
ネメシスの石の数としては此方が多く所持しているけど…それまで奪われたらもう打つ手無しだ。そうなる前に全て終わらせないと。
「うじうじしてたって仕方ないわ。行くわよ」
6人に声を掛け、洞窟の中に足を踏み入れる。
「イヴっち、ゆうかーん」
愉快そうに笑ったレインが続いて洞窟に足を踏み入れた。…なんでコイツはこうもお気楽なんだ。前に【これだけお気楽なのは過去を隠したいから
じゃ?】なんて考えた気もするけどこの馬鹿笑顔を見ているとそんな事も思えなくなってきた。あたしの考えすぎだな。絶対。
とりあえずリネと一緒にレインの頭を一発殴って洞窟の奥に進む。入り口で頭を押さえたレインが痛いを連呼していた。自業自得でしょ。
「…ほっといて良いの?」
マロンが傍まで走ってくる。
「問題ないわよ。あんな馬鹿」
問いに対して言葉を返すとマロンが少しだけ苦笑した。
レインも暫くは入り口で飛び跳ねていたのだがやがて置いていかれると悟ったのか慌てて追い掛けて来る。
はじめからそうしてなさいよと思い軽くレインを睨んだ。
「イヴっち怖ーい!睨まないでよ!!」
「…あんたもう一発殴られたいの?」
軽く拳を前に突き出すとレインが苦笑して後ろに下がる。
溜息を吐いたリネがレインと自分を通り抜け先頭を歩き出した。リネの姿をアシュリーが追い掛ける。
「喧嘩なら他でやりなさいよ。急いでるんでしょ」
…核心を付かれ、思わず言葉を無くしてしまう。軽く咳払いをして先頭のリネとマロン、アシュリーを追い掛け再び歩き出した。

…洞窟内は本当に無音だ。自分達の足音と息遣いしか聞こえない。
こんな所に本当にモンスターが済んでいるのか?あの看板の間違いなんじゃあ…。
そう思い始めた頃、後ろを歩いているセルシアが後ろを振り返る。セルシアの隣を歩くロアが不思議そうに後ろを振り返った。
「どうかしたの?」
セルシアに問い掛けると彼が複雑そうな顔をして首を傾げる。
「……いや、何でもない。俺の勘違い…だと思うから」
「…ふぅん?」
何か聞こえたのだろうか。まあ勘違いと言っているのだから何も無いだろう。用心だけしておけば良いかと思いレインの横を再び歩く。
其処からまた暫く歩いた先――今度はアシュリーとリネがほぼ同時に後ろを振り返った。
…2人はパーティー内じゃ比較的耳の良い方だ。て事はやっぱり何か聞こえたのか?

「何か合った?」
今度は2人に問い掛けると顔を見合わせたリネとアシュリーがぽつりと呟く。
「……今、微かに音がした」
「……音??」
そんなもの微塵も聞こえなかった。だがリネの言葉を聞いたセルシアが少し考え込んだ顔をして呟く。
「今は聞こえなかったけど…さっき俺も微かに音が聞こえた」
セルシアも…ってなるとやっぱりこの洞窟には何か居るのか?
正直今は戦闘をしたくない。マロンが術を使えない以上、戦力はかなり落ちる事になる。
幸い彼女は弓の方長けてるから全く戦えない訳では無いけど、弓矢だけの応戦にも限度がある筈だ。
それとレインが回復魔術を使えると言ったけど…レインを後衛に回すと前衛があたしとロアの2人だけだからそれも辛い。
…セルシアとアシュリーが中衛型だから動こうと思えば動けるけど、この狭い洞窟じゃあ2人は前衛に向かないだろう。戦輪は投げれる範囲が狭
いし彼女も此処で元の姿に戻ったら動き辛いに決まってる。
とにかく此処で戦闘する事になんのメリットも無いのだ。
「ちょっと早足で洞窟を抜けるわよ」
もし3人の聞いた音が‘本当’なら、やっぱりこの洞窟には何か住んでいるのだ。遭遇する前に洞窟を抜けないと。
6人が頷いた事を確認してから真っ先に走り出す。
「おまっ…それ‘早足’じゃなくて‘走る’だろっ?!」
後ろでロアが何か言ってたけど敢えて無視した。慌ててマロン達が走りだして、直ぐ後にセルシア達も洞窟を走り出す。
…今、あたしにも微かに音が聞こえた。地面を這うような嫌な音。
間違いない。絶対に敵だ。何処に潜んでるのかは知らないけれど、その敵は少しずつあたし達の存在に気付き始めている…!
洞窟の割と広い場所に出た途端、その音は急激に近くなった。地面が軽く揺れる。…一体何が住んでるんだこの洞窟?!
思わず立ち止まって周りを確認してしまった。釣られてリネ達も足を止め周りを確認する。
――不意に視界の端に長い尻尾の様な物が見えた。慌てて其処に視点を合わせるが既に其処には何も無い。…目の錯覚か?
再び走り出そうと前を向いて――。

「っ――伏せて!!」

声を投げたと同時、直ぐ様言葉を理解したセルシアとレインがその場を離れロア達もその場を伏せた。
途端、頭上を長い尻尾が通り過ぎていく。
過ぎ去ってから前を向いて剣を抜いた。ロア達も武器を抜いて前に構える。
…唯、リネが少し後ずさりした。

「あ…あたし…これは、ちょっと…無理……」
首を左右に振りながら彼女が後ろにどんどん引き下がっていく。…リネって虫とかは大丈夫そうなのに‘これ’は駄目なのか。苦笑した。
目の前には通常より遥かに巨大な蛇が此方を見下して舌を出していた。
蛇の尻尾が少し揺れただけで悲鳴を上げたリネが咄嗟にアシュリーの背中を掴んで後ろに隠れる。
「…リネっちってこんなにか弱いキャラだっけ?」
「うるさい!!蛇だけは本当に無理なの!!無理だからさっさと倒してっ!!」
アシュリーの背中に隠れながらレインに向けリネが吼えた。威嚇する相手が違うでしょ…苦笑を戻せないままもう一度魔物と向き合う。
…となると今回まともに戦えるのは5人だけ、か?
リネはあんな調子だし、マロンはほぼ援助だけとなってしまうだろう。…相当キツそうだな。
「術ぐらい撃てるでしょ!人手足りて無いんだから働きなさいっ!!」
リネに向け大きく叫んでから、地面を蹴って蛇に向かい剣を振り上げた。
ロアとレインが左右から体に攻撃を加えようとするがその前に尻尾が勢い良く振り回されて攻撃を加えれない。
けれど洞窟の少し広い場所で出てきてくれたのは幸いだ。セルシアが戦輪を思い切り蛇に向かって投げつけた。
どうやら戦輪までは避けれないみたいだ。上手く胴体に当たって蛇が奇声を上げた。
…案外胴体がデカいだけで弱いのか?これならいけるかもと思いもう一度走り出すがやっぱり前衛の攻撃は尻尾で弾かれてしまう。今回は後衛
攻撃が中心の方が良いかも。
となると一番頼りになるのはリネなのだが…リネは相変わらずアシュリーの背中にしがみ付いて「無理」と呟き続けている。…普段あれだけ気の
強いリネが蛇一匹でああなるのも如何よ。苦笑してリネの傍に寄る。
「前衛の攻撃が効かないから後衛が必要なの。術撃って。お願い」
「無理っ!!絶っっ対に無理!!」
首を思い切り横に振ったリネがまた後ろに引き下がり物陰に隠れてしまった。…駄目だあれ。溜息を吐いてマロンとアシュリーの方を見る。
「さっきも言った通り。後衛しか効きそうにないからなるべく体の上の方を狙って攻撃して」
「分かった」
「うん」
頷いたアシュリーがその場で詠唱を始め、マロンが弓を思い切り引いた。
ロアとセルシアは後衛の術を持ってるから勝手に攻撃を始めてくれるだろう。あたしはアシュリー達のサポートに回れば良いとして…さて、レインに
は何してもらおうか。回復術が使えるって事は攻撃系魔術も使えないだろうか?
「レイン!!」
少し離れた場所に居るレインに声を掛ける。振り返った彼が陽気に手を振った。
「なぁにー?イヴっちー」
彼は今まさにセルシアから借りたのであろう戦輪を投げたばかりだ。1つ目の戦輪はフェイント攻撃の様で、2つ目の戦輪が思い切り胴体を切り裂
いていた。…レインって本当の本当に万能型だな。確信した。あいつ絶対攻撃系魔術も使える。
「あんた攻撃系の魔術も使えるでしょ?」
「あー…まあ、ちょっとだけ」
「リネがあんな調子だから代わりに撃って」
「…りょーかい」
苦笑したレインが物陰に隠れているリネを一瞬だけ見る。彼女は梃子でもあの場所を動きそうに無かった。…其処から別のモンスターが出てきて
も知らないわよ?何も凶暴なモンスターは1匹とは限らない訳だし。
一応リネに向かって手招きをしてみるが彼女は首を思い切り横に振る。
……どうやっても動く気無さそうだな。役に立ってないのはマロンじゃなくてリネじゃない。

「冷血な監獄、汝を閉じ込め破壊する――フリーズドライヴ」
「――wind」
同時に術の詠唱を終えたセルシアとアシュリーが、大蛇に向かって術を放つ。
2人の攻撃は避けられてしまったがその後のマロンの射った弓が頭を掠め、ロアが撃った銃弾が体の隅ら辺を貫通した。
再び暴れ出した蛇が此方に向かい思い切り尻尾を振り下ろしてくる。それを剣で防いで、受け流した。
相当暴れてる…って事はもう倒せるか?何か本当にデカいのは体だけだな。その方が楽だけど。
「目覚めた漆黒が笑う深遠の闇の声…ブラッティレール!」
留めにレインが闇魔術を大蛇に叩き込んだ。直撃した魔術が大蛇に当たり、大蛇が悲鳴を上げる。
その途端、大蛇の体が四方に弾け飛んだ。
…いや、飛んだというよりは無数の小さな蛇に拡散した。あれだけ大きな胴体なので振ってくる蛇の数も半端じゃない。あの大蛇…これだけの蛇
が集まって出来ていたという事か??
「きゃぁぁああっ!!!」
リネが思い切り悲鳴を上げている。悲鳴を上げてその場で泣き出していた。…そこまで??
何かほおって置くのも可哀想なので蛇の群れを掻き分けてリネの傍に近付く。
「大丈夫?」
手を差し出すと慌ててその場を立ち上がったリネが思い切りしがみ付いてきた。
かつて大蛇の形をしていた蛇の大群はリネが隠れていた場所の傍にある穴にぞろぞろと逃げていく。深追いする必要も無いだろうからほおってお
いた。

蛇の群れが居なくなったところでセルシアが傍に寄ってくる。
「昔から蛇駄目だったもんな、平気か?」
セルシアの言葉に俯いたままだったリネが自分にしがみ付くのをやめ、セルシアに飛び掛る。
…そんなに怖かったのか。一種の恐怖症か?何か、からかったり強要したりしたのを逆に悪く感じてしまった。
「無理言ってごめん。ホントに平気?」
「……うん」
ちょっとだけ涙声で頷いたリネが漸くセルシアにしがみ付くのを止める。
ロア達も傍に寄って来た。不意にセルシアが彼女の右手を掴む。
「リネ。手、怪我してる」
多分叫んだ時に転んだか何かしたんだろう。セルシアの言う通り掌に擦り傷が出来ていた。
「…この位…平気……」
リネはそう言ってるけど…せめて消毒ぐらいはしないと。バックからボトルに入った水を取り出して、ボトルの口を空ける。
彼女の手を掴み、手に水を掛けて砂を落とした。リネが顰め面をする。染みるんだろうな。
「出来たら治療してあげたいけど…ごめんね、リネ」
傍に寄って来たマロンが彼女の傷を見ながら呟く。リネが少しだけ首を横に振った。

「ちょっとレイン。この位治せるでしょ」
「えー。俺ー?」
遠くで未だにぶらぶらと歩いていたレインが傍に寄ってきて手の平の傷を見た。
「あー。この位なら、如何にか」
そう言ったレインが彼女の手を掴み、小さく言霊を呟いて回復術を使用する。
…やっぱりレインもマロン並に凄い。回復術は直ぐに終わり、その頃には掌の傷などはじめから無かったかのように消え去っていた。
「ホントに使えるんだな…」
少しだけ驚いた顔をしてセルシアが呟く。まあ実際見てなかった自分とロア以外はあんま信じてなかっただろうな。
彼の回復術を見てマロンが歓喜の声を上げた。

「レイン、私より回復術上手いよ。誰から習ったの?」
「いやいや…マロンちゃんよりは全然だから。因みにこれ独学ね」
全部独学…。それってかなり勉強したって事だよな。
それに回復術系に詳しいマロンの目から見てもやっぱりレインの回復術はかなり上手いみたいだ。それほどの腕が有って何で医者を諦めたのだ
ろう?ますます謎が深まって小さく小首を傾げるが、多分聞いても曖昧な返事を返されるだけだからその場で黙っている。
少ししてリネが落ち着いてから、再び洞窟を歩き出した。
洞窟を歩き続ける中で不意に傍に居たレインがぽつりと呟く。

「久々に詠唱したな…」
「…それ、術の事?」
独り事のつもりだったみたいで、言葉を返すとレインが驚いた顔で此方を向いた。
「へ?あー、そうそう。攻撃系の術使うの久しぶりだし」
「……あっそ?」
妙に回答が不自然に感じたが…慌てて答えたからだろう。特に気にせず歩き続けた。










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