エレベーターを出てからも入り口まで爆走し、如何にか見つかる前に脱出する事が出来た。
誰にも見つからなかったのは奇跡に等しいと思う。…いや、敢えて逃がしたのか?
そういえばあたしが毒を負って部屋に隠れてた時だって、リコリスとフェンネルは一度だけあたし達の居る部屋の前で足を止めたのに――その扉を
開けることなく行ってしまった。やっぱりわざと逃がされたのだろうか。…けれど、何で?
色々と仮説を立ててみるが考えていても仕方ない。自宅前に着いたので鍵で家を開け6人を連れて中に入った。


*NO,88...封呪*


マロンはセルシアがベッドまで寝かせに行ってくれた。それからアシュリーとリネが部屋に行って彼女の容態を確認している。
…唯の気絶ならそろそろ起きても良いんじゃ?そう思って何度も時計を見る。が、マロンの寝ている部屋では一向に誰かが出てくる気配が無い。
アシュリーとリネもまだ部屋の中だ。セルシアはさっき部屋を出て来たけれど。
もう少し待って、それでも出てこなかったら少し様子を見に行ってみよう。そう思いその場で待機しているとレインが傍に寄ってくる。

「体調はもう平気?」
「…お蔭様でね」
軽くお礼を言ってレインを見る。――マロンより遥かに威力の劣る回復術だ。と、あの時レインはそう言ってたけれどとてもそうには思えない。その
力は彼女と同等…いや、それ以上の威力を持っていた。
どうして医者になる事を諦めてしまったのだろう。それほどの実力が有ればきっとマロンと同じ回復術士になれた筈だ。
「あのさ、レイン」
気になったのでもう一度話しを切り出そうと思い、声を掛ける。
「んー?」
平然とした顔でレインが答えた。少しだけ間を置いて話を始める。
「…あんた、何で医者になる事諦めたの?――それだけの実力が有れば、十分なれたと思うんだけれど」
「……あー…」
罰の悪い顔をしてレインが流し目に此方を見る。…彼は一瞬だけ溜息を吐いて、言葉を続けた。
「…地下でも言ったけどさ、夢だけじゃ現実って渡っていけねえんだよな。
―――‘あの時’、ああしていればもっと結末は違ったのかも知れねえけど」
「……あの時?」
「…いや。何でもねえ。忘れてくれ」
そう言ってレインが傍を離れていってしまう。…何だったんだ、一体。‘あの時’って何時の事だ?
やっぱりレインは何か隠している。セルシア程大きな事じゃないかも知れないけれど、それは彼が胸の内で抱えている‘本当の闇’なのだ。
…今まで無駄に笑ってたのもそれを隠す為か?
最近でこそまともだけれど、出会って間もない頃はかなりおどけていた。
その度にリネを怒らせたりあたしを怒らせたりしてたけど…、……それって全部彼が隠している‘過去’について、触れて欲しくないから??
レインの方を見ると彼はセルシアと何かを話している。時々セルシアの方が不安そうな顔を見せたりしていた。…何を話しているんだろう。気になる
けれど多分聞いても教えてくれないだろうな。諦めてリネとアシュリーが戻ってくるまでもう一度考えてみる事にする。
――レインの今までの行動には幾つか不可解な事がまれに合った。
時々妙に冴えてたりするし、過去の事を変に隠している。それにクライステリア・第一神殿の時だって―――…。

…そんな時。扉が開く音が聞こえた。
はっとなって扉の方を見る。――アシュリーとリネだった。2人は部屋を出てきてから傍のソファーに腰を下ろす。
「マロンの様子は?」
真っ先に2人に問い掛ける。2人が部屋を出てきた事でレインとセルシア、ロアも傍に寄って来た。
「…命に別状は無いわ。唯眠ってるだけみたい」
まずリネのその言葉を聞いて安心した。良かった…。安堵から思わず溜息が毀れてしまう。
けれどフェンネルがリネに掛けようとしたあの術は何だったんだ?それを聞こうとして先にアシュリーが口を開く。
「マロンが受けた術だけれど…、‘Seal’っていう特別な術なの。受けた人間に別状は無いんだけれど…」
そこでアシュリーが少しだけ間を置く。…何なんだ。命に別状が無いなら何がある?
少しだけ目を伏せたアシュリーが数秒後にまた目を開け、言葉を続ける。

「――Sealっていう名前の通りだけれど、受けた人間は術技系が一切使えなくなる。用は術封じね」

――そういう、事か。
だからフェンネルはリネにその術を当てようとしたんだ。もしリネにその術が当たっていたのなら彼女は術が使えなくなって、袋叩きだ。
マロンが庇ってくれたからリネはその術を受けずに済んだけれど――逆にマロンが一切術を使えない事になる。って事は回復術もアウトか?それ
をアシュリーに問い掛けると彼女は静かに頷いた。
「…術を解く方法は?」
ロアがアシュリーに問い掛ける。先程と同じように目を閉じた彼女が小さく言葉を呟いた。

「――術を掛けた本人にしか、解けない」

…つまりフェンネルしかマロンの術を解けないという事か。それってかなり厄介だ。フェンネルにそれを要求したって「はい、そうですか」と簡単に術
を解いてくれる筈も無いだろうし…。

「…て事は、当分の間傷を負っても回復役が居ないって事になるよな」
セルシアがぽつりと呟く。…あ、そっか。セルシア達は別行動だったから知らないんだ。そこのレインが回復術を使える事。
「それなら問題ないわよ。レインが使えるから」
「ちょ、イヴっち。あんまりそれ言いふらさないでよ!!」
レインが慌てて突っ掛かって来る。…別に隠す事も無いじゃない。それにレインの回復術はかなり凄いし。
その言葉を聞いたロアと自分以外の3人が目を丸くする。…そりゃあそうだよな。レインって今まで術を使う気配一切無かったし。
「あんた…使えたの?回復術」
「あー…ちょっとだけ、ね。うん、ちょっとだけ」
リネの問いに対し苦笑混じりにレインが頷く。…何処がちょっとだけよ。あたしの体内を回ってた毒を一瞬で治したくせに。
それも暴露してやろうと思ったがこれ以上晒してもレインが困るだけだろうから止めておこう。そう思い軽くその場で伸びをする。

「それより…リネ達は見つけたの?BLACK SHINE本部の場所」
「え?あ…ああ。見つけたわよ」
驚きの顔をしたまま動けずに居たリネがその問いにやっと平常な顔を見せる。
少しだけ深呼吸をした彼女が言葉を続けた。



「――空の上の上」



「……は?」


「だから。空の上だって。BLACK SHINE本部」


…それ、何かの洒落か何かか?そう思いリネを見つめ返すがリネの方は至って真面目な表情だった。
アシュリーとレインから何も突っ込みが無いって事は…本当、か。
にしても空の上って…BLACK SHINEもよく考えるな。思わず溜息が毀れてしまう。

「でも空の上って…どうやって行くんだよ?」
「…それは分からない」
リネが困った顔をして俯いてしまった。…そりゃあ分かる訳無いよな。あたしだって分からない。空を飛ぶ方法なんて何が有るって言うんだ。
少なくとも魔術に空を飛ぶ術は無かった筈だ。自分も昔少しだけ術を勉強した事があるからそれは知ってる。
…逆にノエル達はどうやって本部に戻るんだ?‘転送装置’の様な入り口が有るのだろうか…。
けれどその入り口を探している方が時間が掛かってしまう。場所自体は分かっているんだ。如何にか空を飛ぶ方法さえ手に入れれば…。
悩んでいるとアシュリーが声を上げる。
「…ヘケトーなら何か知ってるかもしれない。4000年も昔は、空を飛ぶ方法が有ったって聞いた事有るから」
「――それ、本当?」
思わず前に身を乗り出してしまった。彼女は静かに頷き、言葉を続ける。
「それに…彼ならマロンの術を解く別の方法も知ってるかもしれない」
――マロンに掛けられた術を解く方法。
フェンネルに恃めないのだから、此処はアシュリーの言う通り彼‘ヘケトー’に会いに行くのが最善かもしれない。
もしかしたら空を飛ぶ方法も見つかるかもしれないし。

「じゃあもう一度グランドパレーに行くしかないな。カスタラまで行くか?」
レインが声を投げてくる。…まあそれ位しか方法は無いだろうな。頷こうとして――アシュリーが首を横に振る。
「メルシアの森に抜け道…みたいなのが有るの。そこからグランドパレーまで行けるわ」
「…抜け道?」
「……どっちかと言えば転送装置、だけど」
……成る程。分かった。最初にアシュリーと会ったときアシュリーの姿が突然見えなくなったのに対し、グランドパレーで彼女を見たのはそれが理
由だったのだ。船よりも速くグランドパレーに着く方法があの森に有ったのだ。‘転送装置’という比較的楽な手段で。
船を使うか転送装置を使うかなら、当然後者だ。費用も無くて済むし何より速く島に着く事が出来る。

「じゃあマロンが起きたらメルシアの森に行って――もう一度グランドパレー、とりあえず今の道順はこんな感じね」
グランドパレーでマロンに掛かっている術の解呪方も空を飛ぶ方法も見つかれば良いのだが……。
とにかくもう一度行ってみて手がかりを探すしかない。今頼れる情報は其処しかないのだから。
話に切りがついた所で立ち上がり踵を返す。
「マロンの様子、見てくる」
皆の了承を背で聞いて、部屋を出た――。










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