我武者羅に廊下を走り続ける事数分。早くも背後から足音が響いてくる。――くそう、もう追い着いて来たのか!!
振り返り、もう一度魔弾球を投げようとしたら短剣が飛んできて肩口を切り裂いた。
「っ――!!」
短剣に傷つけられた場所から血が溢れてくる。…其処まで酷い傷じゃないが一瞬電撃の様な物が走った。…今の、何だったんだ?
迷っている間にレインが指の中から魔弾球を奪ってくる。男はそのまま追いついてきたリコリスとフェンネルに向けもう一度魔弾球を投げた。
「イヴっち平気?まだ走れる??」
「…甘く見ないでよ、まだ走れるわっ!!」
この位の傷、大した事じゃない。直ぐに踵を返しロアの横を走り続ける。
最初は壮快に走っていたが――その内体に異常が出始めて来た。


*NO,87...Prism*


不意に立ち眩みがして一瞬足を止める。レインとロアがそれに気付いて立ち止まった。
「どうした?」
「…別に」
視界が回ってる。…今までに体感した事の無い気分だ。それでも走ろうとしたが気分が最高潮に悪くなって結局その場に崩れた。
「イヴ!!」
気付いたロアが駆け寄って来る。…意味、分からない…。
何でこんなに体がだるいんだ?思い当たる事を探して――…直ぐに分かった。
あの短剣だ。きっと何か薬品が塗って合ったに違いない。肩口に短剣が当たった時電撃の様な感覚がしたが…あれはそういう意味だったんだ。
同じく駆け寄ってきたレインが後ろを気にしながら傷口に触れてくる。
「……多分即効性の毒だ。とんでもねぇ事しやがるな…あいつ等」
傷口を眺めながらレインがぽつりと呟いた。
あたしとしては毒とかそんな事はどうでも良い。それより速く此処を立ち去らないとまたリコリス達に追いつかれてしまう。
「とりあえずどっか隠れる場所探そうぜ。道は俺が探すから、ロアはイヴっちの事宜しく」
思っていた事をレインが上手く口にしてくれたので安心する。
レインが先にゆっくりと歩き出すのに対し、ロアが一旦肩を軽く回してから体を抱き上げてくれる。正直走れるどころか立ち上がるのも無理そうなの
で仕方なくロアに体を任せた。
レインの言ってた通り毒が回ってきたのだろうか。大分気持ち悪い。
「…平気か?顔色、大分悪いぞ」
「……平気な様に…見える?」
「……見えない」
苦笑してロアが答える。やがて先に歩き出していたレインが暫く隠れれそうな部屋を見つけ出した。鍵は掛かっていないみたいだ。
部屋に入り内側から鍵を掛ける。…どうやら此処は倉庫みたいだ。中には色々な物が山積みに置かれていた。
レインが扉の前でじっと足音を聞いている。暫くはロアに支えられたまま、自分も廊下の足音を聴いていた。
――足音が近付いてくる。
2人分の足音が一瞬扉の前で立ち止まったが…気付かずに通り過ぎた。
足音が遠ざかってから安堵に胸を撫で下ろす。緊張が抜けた所為か今まで以上に気分が悪くなって床に軽く嘔吐する。
心配そうにロアが背中を摩ってくれた。…とは言え、此処にマロンは居ないから如何考えたって毒の治療は無理だ。それにセルシア達と合流した
ってマロンはまだ気絶してる…。……当分は耐えるしかない、か…。けれど正直かなりしんどい。
暫く床に嘔吐を続けていると見かねたのかレインが傍に寄って来た。彼は少しだけ溜息を吐いて――傷の肩口に手を当てて来る。
彼の方を見ると、レインは小さく何かを呟いていた。唯余りにも小さい声だから何を言っているのか聴こえない。
唯何故か心地良くて暫くレインに体を預けていた。

――彼の言葉が終わる頃に、気分が大分楽になって壁に凭れ掛かる。
「…レイン、今のって」
「解毒術。マロンちゃんよりは全然威力低いけど、無いよりはマシだろ」
面倒そうに答えたレインがそう言ってそっぽを向いてしまった。
「…ありがとう…。……でもレイン、回復術使えたんだ…?」
問い掛けると頭を掻いたレインが少しだけ此方を振り向いて呟く。
「……これでも医者目指してたんでね」
…それ、凄い初耳だ。それでマロンが回復術を使う度にあれだけ関心を持ってたのか。
それに医者を目指していたなら回復術を使えるのだって理解出来る。でも‘目指していた’ってどういう事?もうその夢は捨てたって事か?
「今は目指してないのか?」
同じく興味を持ったらしいロアがレインに問い掛ける。再びそっぽを向いたレインが俯きがちに答えた。
「諦めたって言う方が正しいな。…夢だけじゃ世間は渡れねえって事だ」
…夢だけで世界は渡れない…。か。納得できない事も無いけど…やっぱりレインはセルシア同様、昔何か合ったのか?
何だかやけに自分の過去を隠している気がする。今だってなるべく自分の過去を話したくないからそっぽを向いているみたいだし。
改めて質問をしようとするとレインがその場を立ち上がる。
「とりあえずイヴっちが体調良くなったら、もう行こうや。何時までも此処に居る訳にはいかねぇし」
「…ん。そうね」
レインの術のお陰で具合は大分楽になった。走るのはまだ微妙だけど、歩く事は普通に出来そうだ。
リコリスとフェンネルも上手く撒けたみたいだし…逃げるなら今がベストだろう。
レインの過去の事、本当はもう少し詳しく聞きたかったのだが…また別の機会にしようと思い慎重にドアの扉を開けた。
……リコリスとフェンネルの姿は見当たらない。どうやら本当に気付かずに過ぎて行ってくれたみたいだ。それとも‘ワザと’見逃してくれたのか…。
何にせよ今がチャンスだ。階段を探して再び歩き出す。
――数分歩いた所で螺旋階段の様な物が見えた。意外と近くに合ったみたいだ。良かった。
胸を撫で下ろし階段を上がる。
念の為リコリス達が居ないか確認したが――其処に2人の姿はやはり見えなかった。
もうあたし達の詮索は諦めたって事か?それとももっと別の理由が有るのか…。
色々と考えながら螺旋階段を上り続けた。





* * *




先に逃げてと言われた物の…やっぱりイヴ達が心配だ。3人共大分疲れていたみたいだし、大丈夫だろうか…。
リコリスとフェンネルの居る地下5階に残った3人を心配していると不意にエレベーターが一瞬だけ激しく揺れ――停止、した。
着いたのかと思ったがどうやら違うらしい。エレベーターの今居る場所を示すランプが地下3階と2階の間ぐらいで止まっていた。
…多分、地下5階で何か合ったのだろう。エレベーターの内線を切られたのか何なのか…、何にせよ此処から早く出なくては。

マロンをエレベーターに一度下ろし、近くの手すりに上って天井の扉に手を掛けた。
「平気?」
アシュリーが此方を見上げながら問い掛ける。平気としか言えないよなと思い軽く苦笑して、扉を思い切り此方側に引いた。
…駄目だ。微動たりしない。頑なに閉ざされた扉は幾ら引いても開きそうに無かった。
その内腕が痺れて来たので一度地面に降りる。…さて、どうしようか。

「…あたし達、閉じ込められたのよね」
今まで事態を理解していなかったのか、改めて傍に居るリネがぽつりと呟いた。
「……多分な」
リネの問いに答え、今度は天井の扉に向け思い切り戦輪を投げつける。
音を立てて戦輪が天井に当たり、天井の扉が軽く凹んだ。勢い良く落ちてきた戦輪を何とか受け止め二撃目を投げつける。
…後少し。天井の扉が大分傷付いてきた。
天井の扉が多分振ってくるだろうから傍をなるべく離れる様アシュリーとリネに伝える。ぎりぎりまでマロンを連れて下がった2人と自分も距離を置
いて――もう一度、懇親の力で上に向かって戦輪を投げた。
――キィン!!!
勢い良く扉に当たった戦輪が天井の扉事床に振ってくる。
天井の扉と戦輪が同時に振って来た。扉をどかし戦輪を拾ってから、先程足場にしていた手摺を使ってエレベーターの上まで攀じ登る。
それから下に居る2人に手を伸ばした。先にマロンを抱えたアシュリーが手摺にのぼり、マロンを渡してくる。
何とかその手を掴み、アシュリーに手伝って貰って上まで引き上げた。
マロンを引き上げたところで残されたアシュリーとリネも上まで引き上げて、目の前にある締め切られたエレベーターの入り口に手を掛ける。
…天井よりもずっと頑丈だ。これは素手じゃとても開かないだろう。
悩んでいるとリネが服の裾を引っ張ってくる。振り返ると扉を見つめたリネがぽつりと呟いた。


「セルシアが氷系の術を入り口に当ててから、あたしが水系の術を入り口に当てる。…ってのは?
凍り漬けになった扉くらいなら壊せると思う」
「…分かった。やってみよう」
アシュリーにマロンを連れてその場を下がる様に告げてから、先に自分から詠唱を詠う。それは全てを冷却させる凍りの詩。
「冷血な監獄、汝を閉じ込め破壊する――」
閉じていた目を開き、思い切り腕を振るい下ろした。
「フリーズドライヴ!!」
呟いた言霊が力となり、入り口に向かって一直線に向かっていた氷の礫がエレベーターの入り口を完全に氷漬けにする。
続いて直ぐ隣で詠唱をしていたリネが同様に腕を振るい下ろし、術を使用した。
「――アクエス!!!」
リネが叫んだと同時、光の様に促進した水が凍りとなった扉を砕き廊下の先まで壊れた扉ごと突き抜けていく。――開いた!!!
何とか地下2階まで出る事が出来てとりあえず一安心した。
…けれどイヴ達は大丈夫だろうか。エレベーターは多分もう使えない。という事は別の逃げ道を探すしかないのだが…。
悩んでいるとリネが肩を叩いてきた。


「…行こう?」
「……ああ、そうだな」
…心配でも信じるしかないんだ。それにイヴ達だって自分達を信頼してマロンを任せてくれた。
だから俺達がする事はイヴ達の加勢に行く事ではなくマロンをきちんと療養する事なのだ。
アシュリーにお礼を言って再び自分がマロンの体を抱えあげる。…彼女はまだ起きそうにない。一体フェンネルは何の術を彼女に施したのだろう。
変な術じゃ無ければ良いのだが……。
「アシュリー、リネ。道は分かる?」
「大丈夫よ」
「分かってる。着いてきて!」
少し小走りに走り出したリネを追いかけ、自分も小走りに走り出す。
彼女達は迷う事無く一直線に進み出した。追いかけるのに必死でいると不意に傍の廊下から物音がする。
――立ち止まって音を確認してしまった。自分が立ち止まった事で先を走っていたアシュリーとリネも不思議そうに立ち止まる。
「どうかしたの?」
「……音が聞こえた」
もしかしてリコリス達か??
警戒して物音先を見ていたが――そんな心配は全くいらなかった様だ。奥の扉から出てきたのはイヴとロア、そしてレインの3人だった。
「イヴ!!」
「…あんた達、まだこんな所に居たの?」
声を投げると歩いてきたイヴが呆れ顔で呟く。…そうは言われても自分達だって先程までエレベーターに閉じ込められていたんだからしょうがな
い。苦笑してそれを説明するとイヴがやっと納得した顔を見せた。
「リコリス達は?」
「…何とか撒いたみたい。とにかく話は後にしましょ」
リネの言葉に対しイヴが淡々と答える。…確かに話は後の方が良いだろう。とにかく今は先に此処を抜け出さないと。
再びアシュリーとリネが先頭になって廊下を小走りに走り出す。それを追いかける内に先程のエレベーターより数倍は大きいエレベーターが見え
た。迷わずにボタンを押したリネがエレベーターに乗り込んで1階行きのボタンを押す。
この大きさのエレベーターなら何とか全員乗れそうだ。
全員乗った所でリネがエレベーターの閉じるボタンを押す。
ゆっくりと扉が閉まっていき――やがて静にエレベーターが動き出した。










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