セルシアはさっき、‘俺達が盗んだ’と言った。…‘俺達’って事はつまり。 「…共犯者が居るのね?」 「……」 無言の肯定。先程から彼は口を開いては閉じる動作が続く。 …だが問い掛ける必要は最早無かった。セルシアの次の言葉。共犯者の名前はきっと皆もう分かっている。勿論リネも――。 だがなかなか次の言葉を発しないセルシアの代わりに、俯きがちのリネが意を決して言った。 「その共犯者が―――兄さん?」 *NO,56...追憶* ――そして静寂。 きっと幽霊船脱出後の船の上でセルシアがネメシスの石について話したがらなかったのはこれが理由だったんだ。ギリギリの所まで自分の‘罪’ を皆に隠して置きたかったのだろう。 …勿論リネにも、まさか自分の兄と自分が10年前のあの事件を引き起こした犯人だと言える訳が無かったんだ。 長い沈黙の果てにセルシアが漸く口を開く。 「………ああ。そうだよ。あの事件は俺とリトがやった。祭壇から赤のネメシスと黒のネメシスを奪ったんだ」 「どうして言ってくれなかったの」 「……軽蔑、されると思った」 アシュリーの問いに答えた彼が、静かに瞼を伏せる。 …後悔。しているのだろう。あの頃の彼等はきっと、‘ネメシスの石’の重大さに気付いていなかったのだ。だからこそあんな事件を引き起こしてし まった。そして未だ祭壇にネメシスの石を返せないで居るのは――見つかった時の事が怖いから。 だから今まで誰にも言わず、隠し通してきた。それは‘リト’と‘セルシア’の間で交わされた暗黙の約束――。 「…理由が在るんだよな?俺はセルシアが理由も無しにそんな事をするとは思えない」 俯く彼にロアが声を投げる。…それはきっと此処に居る全員が思っていた。 セルシアが理由も無しにそんな事をするとは思えなかった。確かにネメシスの石の価値は分かっていなかったかもしれないがネメシスの石を祭壇 から盗む事は‘窃盗’になる事ぐらい彼等もわかっていた筈だ。それなのにどうして?? 「……言うと、きっと言い訳になる。だから言いたくない」 瞳を閉じたままセルシアが言った。…本気で反省しているからこそ、言い訳なんて真似はしたくないのだろう。 それでも知りたかった。知らなくちゃいけなかった。 「言い訳を聞いてるんじゃない。理由を聞いてるの。――答えて、セルシア」 「……」 声を掛けるが彼は未だに黙り込んでいる。時々何かを言おうと口を動かすが、結局それは声になっていなかった。 その場に再び静寂が訪れる。誰もがセルシアの次の言葉を待っていた。そんな中で。 「…ねえ、セルシア」 ――彼女。リネが、小さく声を上げる。…少しだけセルシアがリネの方を見た。 「正直…驚いた。兄さんとセルシアがあたしの覚えていない記憶の間で、事件を起こしていた何て知らなかった。 だけどね。軽蔑――は感じなかった。…多分それは皆一緒だと思う」 「……」 「お願い、話して。…あたし達はセルシアの口から‘真実’が聴きたい」 彼女の言葉にセルシアの瞳が一瞬揺らいだ。それから少し頭を抱えて――やっとの思いで言葉を紡ぐ。 「分かった」 「……それじゃあ」 「…イヴ達にはちゃんと話すよ。10年前のネメシスの石強奪事件の――裏側を」 一息吐いた彼が、額に手を当てながら少しずつ言葉を紡ぐ。 どこから話そうか。そう呟いたセルシアがとりあえず最初に言った言葉。 「俺とリトは同じunionに所属してた事から仲良くなったんだ。歳も一緒だったし、お互いの事本気で信頼してた」 それはリトと彼の関係だった。…ついでに彼はリトが失踪した日も話してくれるだろうか。 いや。もしかしてネメシスの石を剥奪して直ぐ、リトが居なくなったのか? それならリネや自分達にリトの話を出来なかった理由も何となく分かる。そして彼がカスタラでリトの話をした時に泣いたのも――本気でネメシスの 石の事件を悔やんでいるから。か…? だがそれは悪魔で推測だ。セルシア本人の口から語られない限り、立証はされない。 彼は少し溜息を吐いて、更に言葉を続けた。 「俺にはもう両親が居なかったし、リトもリネと2人暮らしだった。…色々合って、リトの家に同居させてもらう事になったんだ。 リネとはその頃からの付き合い。一緒に住み初めてからはよく遊び相手になったりもした」 「それ、何年前の話?」 「……12年くらい前。リネはまだ3歳だったから、ちょっと覚えてないかも」 セルシアがそう言って少しだけ笑う。…12年前。そうか。リネは今15だから――確かにその頃は3歳位だ。 「俺もリトもそれなりに幸せだった。unionの人は皆良い人達だったし、俺達に沢山優しくしてくれた」 「じゃあ何で窃盗なんか?」 「……一つだけ。問題が合ったんだ」 レインの言葉にセルシアが少し唇を噛み締める。 今までの話を聴く限りじゃ、問題は少しも無さそうだけれど??そう思っていたが彼の次の言葉に――思わず納得してしまう。 「お金が無かった。――俺もリトもまだ12だったから多くのお金は稼げないし、どれだけ仕事を入れてもリネが養えない」 …2人に両親は居ない。だから2人で全て支えあってきた。 だがそれにも限度が合ったのだ。彼等には‘お金’を稼ぐ方法が少なかった――。 unionには年齢によって配給される月給が決まっていたし、12,3歳じゃ貰える月給も少なかった筈。 身寄りも頼れる大人も居ない彼等にとって―――それは最大の問題だったに違いない。 まして2人だけでまだ3歳のリネを養うのには限界が合った筈だ。……成る程。そういう事、だったのか。 「偶にunionの人がお金を恵んでくれた。でも其れだけじゃ本気で足りなかった。 俺もリトも限界までお金を切り詰めたけれど――生活費、水道代…全てを払っていくのは余りにも困難だった。 だから俺とリトはやってはいけない事に手を染めた」 「それが――窃盗」 「……そういう事に、なるな」 セルシアが瞳を閉じて、自嘲気味に微笑む。 …話を聴いてるだけで胸が痛んできた。でも2人にはそうするしか道が無かったんじゃない。お金が無いからリネが養えない。でも彼女に我慢はし て欲しくない。2人は限界までお金を切り詰めた。それでも足りなかった――。だから……。 ――確かにセルシアとリトのやっていた事は悪い事だ。窃盗は立派な犯罪。許される筈も無い。けれど。 責める気には、なれない。 「同時期、俺がちょっと重い病気に掛かっちゃって――それで更にお金が足りなくなった。 …あんな所で俺が体調を崩したりなんかしなければ、ネメシスの石は盗まずに済んだかもしれない」 ……何も、言えない。全員が全員きっと胸を痛めている筈だった。 多分一番聞いてて辛いのはリネじゃ無いんだろうか。今語られているのは正に彼女が知らなかった――裏側の話。 「貯金全部崩して、それでも足りなくなって。もう唯の窃盗だけでも補えなくなって。 俺とリトが悩んで出した答え。それが―――」 「――ネメシスの石を、奪う事」 「……」 無言で彼が頷いた。俯いた瞳から、一粒の雫が零れる。 「あの頃の俺達は馬鹿だった。世界的に騒がれている財宝を盗んで売れば、沢山のお金が手に入るって考えてた。 それが犯罪だって事も忘れて――、唯生きる事に必死だった。 ……今思えば本当に馬鹿だったと思うよ。何であんな事を考えたんだろう、って。今はもうあの頃の自分が分からない」 くぐもった涙声。きっと彼は泣いている。それは、‘懺悔’の雫――。 瞬きをする度に絶え間なく涙が零れ落ちる。服の袖でそれを拭いながらセルシアは話を続けた。 * * * 『――本気?』 『もうこれしか手が無いんだ。……セルシアには何時も本気で悪いって思ってる。俺の所為で犯罪に手を染めさせた。お前と一緒に暮らすって言い 出したのは、こんな思いをする筈じゃ無かったのに―――』 そう言って肩を下げる‘彼’に、少しだけ微笑む。 『――セルシア』 『やろう。…リトと俺なら、きっと大丈夫。 他人が何て言ったって、世界が俺達を批判したって、俺はずっとリトの味方だから…』 『――有難う…』 涙ぐんだ顔で、彼は笑った。だから俺も笑った。 ――世間がどんな目で見たって、誰かが俺達の事を批判したって、俺達にはこうするしか手が無いんだ。 『決行は今度の夜明け。――警備が手薄になる時間だ。 ネメシスの石が祭って在るミツルギ神殿の裏側に、子供が入れるくらいの小さな亀裂がある。そこから行こう。きっと其処なら誰も居ない』 『――いざとなったら俺が捕まるよ。リトにはリネが待ってるから、逃げて』 『馬鹿。お前だけ置いて帰れねえよ。…捕まったら俺も一緒に捕まる』 『そしたらリネが困るよ。だからリトだけは、』 『…捕まらなければ、良い』 『……リト』 『大丈夫。俺とセルシアなら、絶対に大丈夫。…リネが待ってるんだ。2人で帰ろう。――絶対に大丈夫だから』 『…うん』 * * * 「――俺達は捕まらなかった。ネメシスの石を2つだけ盗んで、来た道を使って帰った」 「…それが赤のネメシス-ファイア・ドゥーア-と黒のネメシス-ブラック・ドゥーバ-」 「……そう」 セルシアは目を閉じながら頷く。そして彼は涙を必死に拭いながら言葉を続けた。 「次の日びっくりしたよ。世界的に大きな事件になってて、とても売り捌ける様な状態でも無かったからね。 返しに行こうって話も上がったんだけど――警備が更に強化されていたから、今更返しに行く事も出来なかった。 ……自主だけは出来なかったんだ。俺達が自主したら、リネが独りになっちゃうから………。 …せめてリネが自立するまでは、捕まる訳には行かなかった――。 …俺が話せるのはこれだけ。これが、10年前のネメシスの石が盗まれた――真相」 最後にセルシアはそう言って話を締め括った。 …セルシアとリトは、ネメシスの石の本当の価値に気付いていなかった。唯‘高価な宝石’としか思えていなかった。 だから盗んでしまった。売ってお金にするつもりだった。それは全て彼の妹である――リネを、養う為。 2人は唯リネが養いたかっただけなんだ。本当は犯罪に手を染める気も無かった筈だ。 唯普通に暮らしたかった。3人で幸せになりたかった。たったそれだけだった筈――――…。 けれどその願いは届かなかった。2人が幼かったが為にお金が無く、窃盗に手を染める日々になってしまった。 犯罪を犯す事に心を痛め、そして追い詰められていった彼等が最後に行き着いた答え――それがネメシスの石を盗む事……。 セルシアはその場で崩れて泣き出してしまった。堪えていた涙を全て零して、嗚咽を吐いて泣いている。 ……暫くは、その場を動けなかった。 BACK MAIN NEXT |