大分セルシアが落ち着いて来た頃に、やっとリネが部屋に帰って来た。
随分遅かったようだが…。そう思い彼女に問い掛けようとして――硬直してしまう。
「良かった。皆目を覚ましたんだね。心配してたよ」
扉の前に居るのはリネなのだが――その後ろには中年の男とセルシアと同じ歳ぐらいの女性が立っていた。


*NO,55...ネメシスの石*


彼等は部屋に入ってくると軽く会釈をした。釣られて此方も会釈する。
「初めまして。僕はレグロス・ナイングロス。SAINT ARTSリーダー」
「私はネオン・ストラテジー。SAINT ARTSの副リーダーよ。宜しくね」
成る程。この2人がSAINT ARTSの中枢なのか。改めて軽く会釈をした。
「助けて下さって有難う御座います」
「いやいや。君達には何時もうちのリネがお世話になっているからね。――君達の事はリネから聞いてるよ。君がイヴちゃんだね?」
…こっちの事はリネが話しておいてくれた様だ。それなら自己紹介は省いても大丈夫そうだ。
彼女にお礼を言おうとリネの方を見たが、リネはそっぽを向いて俯いていた。照れているのか何なのか分からないが怒っている訳では無さそうだ。

そんな中でネオンがセルシアの傍に歩み寄って、彼の肩に軽く手を置く。
「…VONOS DISEの件。聞いたわ。……ごめんなさい。私達がもっと早く辿り着いていれば、リーダーを死なせる事は無かったのに……」
「…いえ。…これは俺が招いた悲劇です。全部俺の責任…ですから」
そう言ったセルシアが無理して笑った。
「セルシアの所為じゃない。悪いのは全部BLACK SHINEよ」
セルシアを元気付けようと声を掛けたが空回りしてしまったらしく彼は答えを返さない。
…彼みたいなタイプって、自分の所為だと思ったらとことん自分を責めるタイプだからな。自分を責めすぎて無茶しなければ良いんだけれど……。

「彼は僕とネオンが供養した。…良ければまた、君が弔ってあげて欲しい」
そんなセルシアにレグロスが声を掛ける。…無言でセルシアが頷いた。やっぱり精神的な打撃が大きいか。暫くは立ち直りそうに無いな……。
其処からは暫く沈黙してしまった。思い出して悲しくなったのか、セルシアから再び啜り泣く声が聞こえる。
「…ところで。少し大切な話をしても良いかな?」
そんな中でレグロスが声を上げた。――大切な話?思わずロアと顔を見合わせ小首を傾げてしまう。
大切な話と聞いて遠くに居たアシュリーとレインが傍まで来てくれた。
流石の馬鹿レインでもこんな状況ではふざける気などないらしく、彼は無言で皆の傍で腰を下ろす。
レグロスは一呼吸置いて、言葉を続けた。

「セルシア君とイヴちゃんの持っていた――2つのネメシスの石について。
リネの情報を頼りにして、僕とネオンなりに調べてみたんだ」

――その言葉に思わずレグロスの方を見てしまった。それはセルシアも一緒みたいで驚いた顔でレグロスを見上げている。涙は止まっていた。
…そうだ。SAINT ARTSは調べものに長けたunion。ネメシスの石について何か情報が合ったとしても不思議じゃない。
「何か分かったんですか?」
セルシアの隣に居るマロンが2人に問い掛けた。
彼女の言葉にネオンが瞼を閉じて――呟くように、だがはっきりと言葉を投げる。

「あれは、人が持ってはいけない‘力’よ」

――人が持ってはいけない力。
改めてネメシスの石の重大さに気付かされた。伝説とも呼ばれていた石だ。何か曰くがある事は何となく気付いていたけれど…。
そんな中でネオンがイヴとセルシアの間に近づいた。
それから自分の右手――に嵌められた指輪を見せてくる。

「2人の持っていたネメシスの石とこの指輪は、似ているものじゃないかしら?」

「…えっ?!」

その言葉に思わずセルシアと目を見合わせてから指輪をじっと見つめた。
…確かに似てる。
大きな石の周りに嵌められた7つの宝石。そしてそこに刻まれた‘紋章’――。
中心に嵌められている石の色は違うが、それ以外は完璧に一緒だ。

「……一緒です」
「…ああ」
イヴの言葉にセルシアが小さく頷いた。
2人の肯定の言葉に、ネオンがやっぱりと小さく呟く。…やっぱり、てことは2人の記憶と一致するんだ。


「教えて下さい。ネメシスの石について」

――知らなくちゃいけない。ネメシスの石を持っていた身として。
きっともう、「知らなかった」じゃ済まされない域まで来ている筈だから。


「……勿論だよ。君達には話そうと思っていたんだ」

その言葉にレグロスが優しい笑顔で頷いた。
彼は隣に居たリネから報告書を受け取り、それから用紙を捲りながら言葉を投げる。

「イヴちゃんが持っていたネメシスの石は恐らく――【白のネメシス-ライト・ドゥーチェ-】。文字通り白色のネメシスが嵌められたペンダントだ。
そしてセルシア君が持っていたネメシスの石は【黒のネメシス-ダーク・ドゥーバ-】。黒色のネメシスが嵌められた腕輪だよ」

【白のネメシス-ホワイト・ドゥーチェ-】と【黒のネメシス-ブラック・ドゥーバ-】…。それが、あたしとセルシアの持っていたネメシスの石。
ふと目を逸らすとセルシアと目が合った。彼の瞳もまた本気だ。

「因みにネオンが持っているのは【青のネメシス-アクア・ドゥートゥ-】。青色のネメシスの嵌められた指輪だ」
レグロスの言葉を聞いて、もう一度ネオンの持っているネメシスの石を覗き込んだ。
確かに指輪の中心に嵌められているネメシスの色は青色だ。
遠くに居たマロン達も指輪を覗き込み、小さく頷く。全員がネメシスの石を確認したところで、レグロスは更に言葉を続けた。

「ネメシスの石は全部で5つ在る。今さっき説明した3つに、後は【赤のネメシス-ファイア・ドゥーア-】と【緑のネメシス-リーフ・ドゥーリン-】。
この5つの石1つ1つには大きな力は備わっていないんだけれど…5つ全て集まったなら、話は別だよ」
そうか。ネメシスの石1つ1つにそれほど大きな力は備わっていないが、全て揃った時に強大な力を発揮する様になっているのか。
赤のネメシスと緑のネメシスが何処に在るのかは分からないけれど、何が何でもBLACK SHINEには渡しちゃいけない。
というか第一に向こうに取られたセルシアの黒のネメシスと自分の白のネメシスも取り返さなくては。

「そもそもネメシスの石はね、ある‘怪物’を封じる為に創られた石なの」
傍に居たネオンがそう言って眉間に皺を寄せた。…ある‘怪物’って。一体?
「その怪物って?」
気になっていた事をレインが問い掛けてくれた。彼の問いにレグロスとネオンが目を合わせて、それからレグロスの方が声を投げる。

「――‘夢喰い’と呼ばれる、世界の憎悪と醜悪を最大限に受けた化け物だ」

「…夢喰い」

聞き覚えのない名前だ。そんな物がこの世界に居たのか。
ネオンが近くの本棚から一冊の古びたを本を抜き取って此方に持ってきた。
「此処を読んでみてくれる?」
そう言って古びた本を手渡される。…マロン達は遠くにいるから、音読みした方が良いんだろうな。
とりあえず声に出してネオンの指差した一文を読んでみた。

「……‘夢喰い’。
人の心に付きまとい、人の心の弱さを笑い、人の心を盗み、人の心を喰らう怪人――…。
夢喰いを封じるべく、使用されし5つの宝石−ネメシス。
宝石は空高く輝き、石の守人の力により夢喰いは宝石の奥深くに封印された」

――どうやらこれ、夢喰いの神話かそんな様な物みたいだ。一文を読んでネオンに本を返した。
…【夢喰いを封じるべく、使用されし5つの宝石−ネメシス。】
本文には確かにそう書かれていた。
初めから疑ってなどいなかったがレグロス達の言葉は本当だったのだ。ネメシスの石は夢喰いを封じた石。

「夢喰いは全てを飲み込む厄星。二度とこの地に現れてはいけない怪物よ」
「その夢喰いは、5つに分けられてネメシスの石に封じられているんだ」
…成る程。大分話が見えてきた。
つまりネメシスの石はもともと‘夢喰い’という化け物を封じる為に創られた石なのだ。
その石は1つだけじゃ効力を表さないが、5つ集まればとんでもなく強大な力となる――。

「そして夢喰いを復活させるのには条件が在る。
クライステリア・ミコト神殿というのが北の大地の方に建っているんだが、その神殿の祭壇に5つのネメシスを収め‘生贄’を祭った時だ」
「元々‘クライステリア’と言うのは夢喰いを弔うという意味だったの。だからクライステリアという名前のついた神殿が各地に散らばっているのよ」
「…改めて聞くと、途方もない話だな……」
ロアの呟きに思わず頷いてしまった。だが途方もないその話に、自分達は確実に巻き込まれている。
夢喰いとネメシスの石。
…じゃあBLACK SHINEがネメシスの石を狙っているのは、夢喰いを復活させる為なのか??

「でも、だったら何でBLACK SHINEはアシュリーちゃんの事狙ってたんだ?最初の頃はしつこく追い掛け回してたじゃねえか?」
そんな中でレインが声を上げた。…確かにそうだ。
アシュリーがパーティーに加わる様になった最初の頃は、ノエル達はずっとアシュリーの事を狙ってた。
疑問に思ってるとアシュリーがぽつりと呟く。
「…ヘケトーから聞いた事がある。
‘夢喰い’を復活させる生贄は、必ずウルフドール族の王家の血を引く者じゃないといけないって」
「じゃあBLACK SHINEの目的はやっぱり夢喰いの復活?」
アシュリーの言葉に、先程からずっと黙っていたリネが声を上げた。
「…だろうな。ネメシスの石を掻き集めて、おまけに生贄であるアシュリーを捕まえようとしてた訳だし」
彼女の言葉に対しロアが額に手を当てながら答える。
……やっぱりBLACK SHINEの目的は夢喰いの復活なのか。此処に来て漸くBLACK SHINEの目的を知る事が出来た。

「じゃあ幽霊船で俺とイヴのネメシスの石が共鳴したのは……?」
まだまだ残る疑問を、セルシアが声に出してくれる。
最大の謎は、とりあえず其処だ。
幽霊船で寄生虫本体と戦った時――自分とセルシアのネメシスの石は光り輝き、寄生虫を完全に浄化した。


「――ネメシスの石には‘封印’が施して合ってね、もしクライステリア・ミコト神殿にネメシスの石が5つ揃っても簡単には夢喰いが復活しないよう
になってるの。それがネメシスの石の周りに散りばめられた‘7つの宝石’の効果。
2人はネメシスの石が共鳴した時、極度までマイナス感情になっていたんじゃない?
人の悲しみ、憎しみ、憎悪、絶望…。そういう感情を受けるとネメシスの石の封印は解けてしまう事になっているの」

…幽霊船に乗っていた時。
寄生虫に勝ち目が見いだせなくて、きっとあの場に居る誰もが絶望し、マイナス的な感情を抱いたに違いない。

だからネメシスの石の封印が解けてしまった。
つまりあの時、セルシアと自分を包んだ光は―――ネメシスの石の封印が解けてしまった光……。


「封印が解けたままのネメシス5つが、ミコト神殿の祭壇に祭られたらどうなるの?!」
珍しく感情的になったリネが身を乗り出して2人に問い掛けた。
レグロスが開いていた書類を閉じて――静かに答える。


「恐らく――夢喰いは復活する。よりしろである‘生贄’の力を使って」



……。
その場に居る誰もが沈黙してしまった。
自分とセルシアはとんでもない事をあの時してしまったんだ――。夢喰い復活の為の第一段階を終わらせてしまった。

「…石をもう一度封印する方法は無いの?」
駄目事でネオンに問い掛けてみる。
とりあえず起こってしまった事を悔やんでいるだけじゃ駄目なんだ。とにかく行動しないと。
ネオンとレグロスが再び顔を合わせ、少しだけ小首を傾げてから――男の方がひらめいた顔をする。

「此処から少し行った砂漠の中心に、‘クライステリア・ミツルギ神殿’がある。
其処に5つ全てのネメシスを持って行き、祭壇に崇めるんだ。
そしてウルフドール族の王家の血を持つ者が祈りを捧げる事により――もう一度封印を掛ける事が出来る」
…5つ全てのネメシスを集める。
それはとても大変な事だと、直感で良く分かっていた。伝説とも言われている全てのネメシスの石を集めるのだ。きっと相当な困難を強いられるだ
ろう。そしてBLACK SHINEとの正面対決も、きっと避けられない。
それでも――。

「……やります」
やらないといけない。これはあたしの責任だから。
此処まで知ってしまったんだ。もう引き下がるわけにも行かない。
それに6人の顔1人1人見てみたが――6人が6人賛成の顔色をしていた。大丈夫。きっと彼等は着いてきてくれる。

だからあたしも、その信頼に応えたい。



「…じゃあイヴちゃんに、これを貸すわ」
微笑んだネオンが指輪を外して、それを渡してくれた。――それは正に青のネメシス-アクア・ドゥートゥ-だ。
「【緑のネメシス-リーフ・ドゥーリン-】はきっと、まだクライステリア・ミツルギ神殿の祭壇に残されている筈だ。
唯【赤のネメシス-ファイア・ドゥーア-】が何処に在るのかは分からない…」
レグロスの言葉に便上し、ネオンが言葉を続ける。
「10年前のネメシス失踪事件は知っているかしら?
――黒のネメシス-ダーク・ドゥーバ-と赤のネメシス-ファイア・ドゥーア-が何者かによって盗まれた、記録的な事件よ」

…10年前。自分はまだ9歳だったけれど確かにそんな時間合った気がする。記憶の何処かが覚えていた。
確か、2つのネメシスの石が何者かによって盗まれたという事件だ。
相当大きな事件になったけれど、結局犯人は捕まらなかったんだっけ……。




…って、ちょっと待て。それって可笑しくないか???







‘彼’が俯く中で、皆もネオンの言葉の‘矛盾’に気付く。
そう。あの言葉には不可解なところが合った。―――それは完璧な‘矛盾’。








「……ねえ、セルシア。

――どうしてあんたが盗まれた黒のネメシスを持ってるの??」


疑問に気づいたリネが、彼に声を投げた。







…そう、その辺りが可笑しい。
赤のネメシスと黒のネメシスは同時に盗まれたのだ。そして2つのネメシスは未だ祭壇に戻されずにいる――。
その行方不明の筈の黒のネメシスを、何故彼が持っていた??それは余りにも可笑しい話だ。






「……」

無言でセルシアが溜息を吐いた。彼はそれから、乾いた笑いを浮かべる。


「…そろそろ、潮時…か……」
「――セルシア」


彼は張り付いた笑みを浮かべたまま、皆に聞こえる声ではっきりと呟いた。






「…そう。10年前のあの日―――、ネメシスの石を盗んだのは俺達だよ」










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