リネがVONOS DISE内の地形を把握していたので、彼が隠れて居そうな場所にも簡単に辿り着いた。
案の定セルシアはリネが予想した場所に隠れて居たのだが――セルシアは掠れた声で確かに言った。‘逃げろ’って。
まだ居るんだ。リネとセルシアを襲い、更にVONOS DISEを壊滅させた犯人の男女2人組は。
警戒していたと同時、窓ガラスが激しく割られる音が響いた。何だ?!
思わず窓ガラスを見たが、何となく分かっていた。セルシアが体を震わせている辺り、目の前に居るのは多分――。


*NO,53...Red Vision*


何時でも鞘から剣が抜ける様に、柄の部分を強く握り締める。
窓から颯爽と登場した女は此方を見るが無邪気に笑った。対して男の方は無表情だ。
「やっと見つけた。――セルシア・ティグト。それと…イヴ・ローランド」
そう言って女が笑う。…やっぱり狙いはあたしとセルシアか。唇を噛み締めた。
それからセルシアの手を握っているリネの方に目線をやる。彼女は目で訴えていた。…間違いない。
リネを襲撃したのも、VONOS DISEを壊滅に追い込んだのも、セルシアにこんな傷を負わせたのも――全部目の前に居る2人組の男女だ!!
倉庫内に沈黙が宿る。
後ろに居るレイン達も迂闊に動けないようだった。向こうの攻撃パターンも何も分かっていないから無闇に手が出せないのだ。
沈黙の中で相変わらず無邪気な笑みをして笑う女が、此方に手を伸ばしてくる。

「渡して貰いましょうか。――2つのネメシスの石を」
「…嫌だって言ったら?」
張り付いただけの笑みを浮かべつつ、女に問い掛ける。
彼女は少し悩んだ顔を見せ、それから再び微笑んだ。

「んー…。――力尽くでも奪う。かな?」

ぞくり、悪寒が走る。
…対峙して勝てる様な相手じゃない。体が、本能が確かにそう訴えていた。
分かってる。向こうの力量は半端無い力だ。何せセルシアでさえ歯が立たなかった相手なのだから。――セルシアが傷だらけなのに対し、向こう
は無傷だった。
正直。対峙して勝てる自信は無い。それは多分皆一緒だと思う。
それでも対峙しないといけないんだ。黙って「はい、そうですか」とネメシスの石を差し出す訳にもいかないのだから。
ゆっくりと鞘から剣を抜くと、釣られてリネ達も戦闘態勢に入る。…戦う、しかない。
「あーあ、大人しく渡してくれたら命だけは助けてあげたのに?」
そう言って相変わらず彼女は無邪気に笑う。寒気が止まらなかった。
――セルシアとマロンは、動けない。
マロンは彼の回復に専念してるし、セルシアもあんな傷じゃ立つのだって困難の筈だ。とにかく此処は自分達5人で、どうにかするしかない。
人数的にはこっちが有利だが…。

とにかく、先に動かないと。そう思い一瞬ロアと目を合わせてから2人で同時に2人組に向かって床を蹴った。
ロアが男の方に向かって走ったので対して自分は女の方に向かって走る。
とにかくそっちの男の方はロアに任せよう。自分はこっちの女をどうにかしないと。
振り下ろした剣は彼女が手に持っていた斧で防がれる。刃を合わせながら女に向かって叫んだ。
「あんた達、やっぱりBLACK SHINEの手先か何かなの?!」
その言葉に女が少しだけ笑う。
「そうだよ?」
――やっぱりそうか。
ノエル達が邪魔をしに来たのも、あのグリフォンがBLACK SHINEの手先だったのも。全ての理由が此処でつながった。
彼女達がしつこく邪魔して来たのは仲間を庇う為。グリフォンも同じ理由だったに違いない。
一度その場を離れてもう一度剣を振り直す。同時にレインがロアの方に向けて走り出していた。
少しだけ振り返ると男の姿が蒼髪の獣に変化している。――くそう。あの男ウルフドール族だったのか!
余所見をしていた所為で二撃目が盛大に外れる。
「イヴ!!」
アシュリーが此方に向かって叫んだ。振り返るより早く体が直感で動く。無意識の内にその場を離れていた。
それと行き違いで先程自分の居た場所に斧が振り下ろされる。振り下ろしたのはあの女だった。
「ああ、惜しい。はずれちゃった」
そう言って無邪気に笑う女が本気で憎らしい。負ける訳には行かない――!
「全てを焼き払い凪ぎけ、地獄の業火よ――デスブラッシャー!!」
リネが甲高く叫びロア、レインと距離を取っていた男の方に向け術を放つ。
だが炎の槍はあっさりとかわされ、かわりに凄いスピードでリネに向かって走って来た。
「リネ!!」
駄目だ。間に合わない。彼女に向かって走り出したがとてもじゃないが追いつけない。
だが間一髪の所で同じ様に獣の姿に戻ったアシュリーが何とか攻撃を防いだ。…リネは一歩下がって再び詠唱を始めている。
「レイン!リネのサポートに回って!!」
何にせよこれ以上リネに敵を近づけてはいけない。先程まで男が居た位置に立っていたレインが大きく頷きリネの方に走り出した。
男の方はアシュリーが何とか抑制してくれている。となれば自分とロアがあの女をどうにかするしかない。
それに気づいたロアもまた、女に向けて地面を蹴り上げた。
最初に死角からロアが双剣を振るう。だがその攻撃は斧によってあっさりと弾かれた。
彼女がロアに気を取られている内に自分は次の死角から女に剣を振り下ろす。
だが剣の切っ先は空を切るだけだった、間一髪の所で攻撃はかわされ、そして此方に向けて鋭い斧が振るわれる。
軽く掠めただけだと思ったが引き下がってから右肩に痛みが響いてきた。
右肩を見ると、綺麗に斬れている。傷口から大量の血が溢れていた。
「イヴ!」
「平気!!」
気付いたレインが声を投げてくる。だがそこまで重症でもない。剣は左手でも振るえる。それにまだセルシアの回復をしているマロンを此処で動か
したくない。今優先すべきなのはセルシアに決まっているからだ。
傷口を気にしながらも、再び女に向かって斬りかかった。
だがその背後から男が邪魔をしにやって来る。アシュリーの方は既に人間の姿に戻って膝を突いていた。彼女も傷が酷そうだ。
「我が凌駕し、破断するは雷撃の宴――バーストライボルト!!」
間一髪の所で男と自分の間に雷撃が走る。――今の、リネだ。
彼女に目でお礼を言いながら、再び女に向かって斬りかかった。同時にロアも足元を狙って双剣を振り下ろす。
掠めたつもりでいたがやはり剣は空を斬った。彼女はと言うとその場を飛び跳ねて攻撃をかわし、イヴに向かって蹴りを突き出し、ロアに向かって
斧を振るう。

「っ――!!」
自分はまだ蹴りだったから軽症だ。けどロアが――。
急所は何とか外れたみたいだが腹部から血が流れていた。彼もまたアシュリーと同様に膝を付いてその場に座り込む。
「イヴ!!次来るわよ!!」
だがぼーっとしてる暇が無い。くるくると動き回る男は自分を狙っている。
突進してきた獣の前爪をかわし、女の斧攻撃をかわして一旦リネとレインの方に戻った。

「…俺は良いから、先に…ロア達の方、行って?」
そんな中でセルシアがマロンに声を投げる。…あんたも十分酷い傷でしょ。無理だけは得意何だから。
マロンが一瞬迷った顔をしたが、セルシアの声に押されてその場から近いアシュリーの方に向かって駆け出した。
確かに再会した頃より顔色は良くなってるが…まだ傷は完璧に癒えている筈が無い。
「平気なの?」
「…この位…平気。それよりリネ…。予備の魔術増幅器って在るか?」
問い掛けると腹部を押さえたままのセルシアが笑った。何処までも無茶が好きな男ね。
リネもまた少し迷った顔をしたが少ししてポケットから予備の魔術増幅器であろうネックレスを取り出してセルシアに渡した。
「ありがとう」
受け取ったセルシアがネックレスを首に巻いて、床に座りながらもぽつりと詠唱を始める。
…そんな状態で術何か使って大丈夫なのか??
心配だったが戦力が足りてない以上セルシアにも戦ってもらうしかない。仕方なくそれを見守った。
そんな中男が再び此方に向かって突進してくる。
レインがそれをぎりぎりの所で槍で押さえつけた。そこに自分が剣を振るい下ろすが直ぐにかわされてしまう。
「――Breath」
その時。何時の間にか立ち上がっていたアシュリーが男に向けて術を放った。
マロンの回復が早く済んだ様だ。彼女は既にロアの方に走り寄っている。
アシュリーの術は間一髪の所でかわされてしまったがその一瞬の間に隙が出来る。
其処を狙って、もう一度剣を振るい下ろした。切っ先がかるく男の前足に触れる。本当に掠めただけだったがどうにか一撃は食らわせた。
だが女の方がロアとマロンに向けて再び斧を振るい下ろしている。――駄目だ。この距離からじゃ自分もレインも間に合わない!
「天の歌声、高く輝き悪を貫く――ホーリーグランド!」
其処に何とかセルシアが術を打ち込んだ。女の足元に光の制裁が堕ちるがそれを身軽にかわすと、此方に向かってにこりと微笑む。
「へえ?まだそんな元気合ったんだ?セルシア・ティグト」
「……煩い」
腹部を押さえたままのセルシアが女を強く睨んだ。あれは多分心理作戦だ。何処までも姑息な奴等め!
とりあえずリネとセルシアの事はレインに任せ、自分はロアとマロンの方に急いだ。
2人の傍に辿り着く頃には既にロアの回復は終わっており、彼の傷は完治とは言わないが大分癒えている。
「いける?」
問い掛けるとロアが立ち上がりながら頷いた。それに釣られにっこりと笑ったマロンが再びセルシアの方に戻る為走り出す。
とにかくどっちかを先に倒さないと。そう思いどちらかに狙いを定める。
…やっぱり先に倒すなら男の方だろう。あっちは素早いし攻撃にもかなり幅がある。野放しにしておいては危険だ。
「ロアは女の方マークしといてくれる?」
だが全員の総力を男に注ぐ訳にもいかない。
そうする事によって過去にメルシアの森でノエル達と戦った時の様な事になっては取り返しが付かないからだ。
「…分かった」
頷いたロアが女の方に向かって走り出す。自分は男の方に向かって剣を突き出した。
「――earth」
同時期にアシュリーが男の方に向け術を放つ。
「棘の囀りに嘆き散りされ――フロッグターン!!」
更に其処からリネが男の方に術を放った。男が術をかわすのに気を取られている間に術を食らわないぎりぎりの所まで接近し、術が止んだ瞬間に
男に剣を振るい下ろす。
――だがその攻撃はぎりぎりの所で空を斬った。
男が前爪を此方に突き出してくる。攻撃したばかりだから、かわし様が無かった。
「「イヴ!!」」
リネとセルシアが声をそろえて叫ぶのが聞こえる。――ぎりぎりまで男に近付いたのが仇となった。自分でも気づかぬ内に床に倒れこむ。……ミス
った。腹部から腿に掛けて血が流れている。…立てない…。
同時に、金属が床に落ちる様な音が聞こえ誰かが壁に衝突する音が聞こえる。…次は誰だ?!
気力を振り絞って顔を上げると、倒れていたのはレインの方だった。男が更に其処からレインに攻撃を食らわせたのだ。
「リネ!!」
となると次に狙われるのはレインの傍に居たリネだ。咄嗟にアシュリーが彼女の手をひっぱって誘導した為、何とか男の攻撃を避けきった。
男は其処からセルシアとマロンの方に突進する。其れはマロンが術で何とか攻撃を防いだ。
――けれどこのままじゃヤバい。男の所為でマロンは此方に来れないのに、自分もレインも立ち上がれそうにない。
何とかロアの方を見るが、彼は女と対峙をしている為此方にまで手が回らない。
「――Insanity」
男を追い払おうとアシュリーが術を使うがそれさえも男にかわされてしまう。
そして男はリネとアシュリーの方に走った。
「リネ!アシュリー!!」
マロンが叫んだのと同時、2人が床に倒れた。
リネの方はまだ軽症っぽい。足に怪我をした所為で立てないだけの様だが――アシュリーの方が酷そうだった。時折口から血を嘔吐している。
駄目だこれ。本気で洒落にならない。レインと自分、アシュリーとリネが倒れたら、まともに動けるのはロアとマロンしか居ないじゃないか。
「血塗られた悪魔が笑う、狂気の茨姫(アラトスク)――ブラックチェイン!!」
懇親の力を振り絞ったセルシアが男に向けて術を放つが、其れさえも軽々とかわされてしまった。
そして遂にロアがその場に崩れる。彼1人で女に対峙するのは限度が合った。
「――チェックメイト」
少しだけ笑った男が呟いたと同時、セルシアが悲鳴を上げマロンがその場に崩れる。
…やっぱり自分達で対峙するのは無理が合った……。視界が薄くなって行く。
薄れていく視界の中、近付いてきた女がネメシスの石が付いたペンダントをペンダントチェーンごと無理矢理引きちぎった。
人間の姿に戻った男の方も、倒れているセルシアから腕輪を抜き取る。


「…じゃ、後は死んで―――」
女がそう言って――恐らくセルシアのであろう、戦輪を此方に投げようとしたその時。

「…待て、リコリス」
リコリス、多分それが女の名前。
振り返った女――リコリスが男の顔を見上げた。そして無邪気に小首を傾げる。
「音が聞こえた。…恐らく援軍か何かだ。一旦退くぞ」
「……了解。フェンネル」
少しつまらなさそうに男――フェンネルの言葉に頷いたリコリスが、戦輪をその場に投げ捨てる。
確かに上の階からは人の足音らしき物が聞こえた。誰かが援軍に来てくれたのか…?
何にせよ自分達はもう立ち上がる気力が無い。殆どのメンバーが気絶してしまっている。意識があるのはさしずめ自分と――薄く目を開いているレ
インぐらいか。


「命拾いしたわね。…ま、ネメシスの石は貰っていくわ。それじゃあ」
無邪気な笑みを浮かべた女と相変わらず無表情の男は、その場に溶ける様に消えていった―――。










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