数時間後。目を覚ますと既にロア、リネ、アシュリーの姿が無かった。マロンとレインがまだ傍で寝ているが他の3人が見当たらない。 外に出ると船は既に停留していた。入り口で座っていたロアに声を掛ける。 「おはよ。暇してるなら起こしてくれれば良かったじゃない」 「おはよう。起こしたっつーの」 …どうやらたしの寝相が悪かっただけみたいだ。起こされた事なんて全然気づかなかった。 苦い顔して固まっていると向こうからリネとアシュリーが歩いてくる。…そういえばリネはちゃんと寝たのか? 「ちゃんと寝たの?」 問い掛けるとリネが軽く頷くが、正直寝た様に思えない。大丈夫なのだろうか。 最初に起きたのはアシュリーみたいで、船は今から数分前に停留した様だ。とりあえずマロンとレインを起こそうと2人がまだ眠っている客室に向 かって歩き出した。 *NO,49...ターヴェラ湿原* マロンの方は肩を揺らしただけであっさり起きてくれたのだがレインの寝相の悪さには本気で困る。結局リネと2人で手を合わせて殴って起こした。 「イヴっちもリネっちも酷ーい。乱暴すぎー」 頭を引っ掻きながらレインが起きて来る。 其処にリネが再び蹴りを入れた。本当にリネってレインには容赦ないな。 「セルシアの身が掛かってんだからしっかりしなさい」 リネに便上して自分も彼の背中を軽く叩く。レインが苦笑して頷いた。 とりあえず全員が起きた所で船を下りてリネの道案内を頼む。 「此処から本部の在る砂漠地帯の方までは、歩いて4日くらい。頑張っても3日は掛かるわね」 歩きながらリネが言葉を投げてくる。…最低3日、か。相当遠い距離だ、間に合うだろうか――。 考えているとリネが小さな溜息を吐く。それから虚空を見上げた。 「心配?」 「…そりゃ、ね」 イヴが問い掛けると彼女が小さく頷く。 そんな彼女の隣を歩いているとやがて湿原に辿り着いた。道を知るリネ曰く街道より此処を通る方が近道なのだと言う。霧の掛かった少し薄暗い 湿原の為正直あまり通りたくない雰囲気なのだが…近道なら仕方ないだろう。薄暗い湿原の中を歩き出した。 一応道は整備してある様だが…時々泥が足に掛かったり底なし沼みたいなのが見えたり…本気で大丈夫なんでしょうね?? 「ちょっと。ホントに大丈夫なの?この道」 リネに問い掛けると彼女が此方を見上げながら呟く。 「多分」 …多分。ね。うん。リネに道案内頼んだんだからこの位の覚悟は必要だったのかも。 小さく溜息を吐いて再び歩き出したその時――。 風が、横を擦り抜けた。 唯の強風?……違う。今のは間違いなく――――。 「ニ撃目!来るわよ!!」 叫んだのはアシュリーだった。左に避けた彼女に釣られて自分とリネも左に体を投げ出す。ロアとマロン、レインは右側に身を投げた。 幸い整備されていた道が広かったので避けれたが…細い道だったら確実に沼に落ちていた。身震いしながら踵を返し目の前の女を睨む。 「ちょっと乱暴過ぎない?!――ノエル・ライラ!!」 「あらそうだった?ごめんなさい。こっちは当てるつもりでやってるから」 そう言って女――ノエルが妖魔の笑いを浮かべる。 くそう。やっぱり邪魔しに来たのか。思わず舌打ちをした。 もしリネに攻撃してセルシアと自分を狙っていた奴等がBLACK SHINEの一員なら何時かは絶対に妨害に来るとは思っていたが…まさかこんな早 いタイミングだったとは。せめてセルシアと再会してから妨害して欲しかった。 もうお互いに言葉は要らない。向こうも本気で此方に攻撃を仕掛けてきてるし、こっちだってこれ以上の遠慮は要らないのだ。 直ぐ様剣を引き抜いてノエルの方に切りかかる。 後ろで旋風の音が聞こえた。…刃物の音…? ――という事はノエルだけじゃない。きっともう1人。キースかリトのどっちかが居る。 一旦その場を離れレインとロア、マロンの方に寄った。 「多分キースがどっかに潜んでる。リトだったら別の場所から魔術で攻撃してくる筈だから」 「…了解。注意はしとく」 3人が頷くのを見てからアシュリーとリネの方にもアイコンタクトを送る。 少しでも迷ってなんか居られない。自分達はさっさとノエル達を撒いてセルシアに会いにいかないといけないんだ。 2人が頷くのを見てから再び地面を蹴り上げ、再び剣をノエルの方に振り下ろした。横からサポートにロアが双剣を振るう。 勿論彼女だって無抵抗では無い為両手に持った銃でロアと自分を狙って発砲して来た。軽く頬を掠めたが悪魔でも掠めただけだ。血が滲む程度 で痛みは感じない。だからもう一度、今度は横から剣を振る。 だが剣の切っ先を片方の手に持った銃口で受け止められた。それからもう片方の手に持った銃が此方に向かって発砲される。 避けれない――。痛みを覚悟した寸での所。 「――ミスティックゴーデル!!」 マロンの声が聞こえた。目の前に透明な盾が現れ、銃弾を弾き返す。 今の…絶対マロンが居なかったら死んでたよな。彼女の方に目でお礼を言って、一旦その場を引き下がった。 一度詠唱しているリネの隣に戻って、アシュリーの肩を叩く。 「――アシュリー。絶対どっかにキースが居ると思うんだけど場所特定出来ない?」 「…やってみる」 頷いた彼女がその場で別の詠唱に切り替える。キースの場所の詮索は彼女に任せよう。大丈夫、幽霊船でマロンの居場所を特定出来た彼女な らキースの場所も特定できる。 もう一度地面を蹴り出そうとした所でリネが腕を振り下ろした。 「火花散らすは始電の雷神――。イグベッション!!」 鮮やかな魔方陣を描き発動された彼女の魔術は、真っ直ぐにノエルの方に伸びた。 「棘の囀りに嘆き散りされ。――フロッグターン」 笑みを浮かべた彼女が前に人差し指先を突き出す。リネの発動した術はノエルの術と相殺して打ち解けた。 舌打ちをしたリネが再び別の術を詠唱し始める。リネったらかなり切羽詰ってるな…。セルシアが心配なのは分かるけれどその焦りが逆に裏目に 出てる気がする。 「リネ、ちょっと落ち着いて」 「あたしは落ち着いてる!!」 全然落ち着いてる様に見えないんだけど。 まあそんな事を言えば彼女が余計に怒る事は分かっていたからあえて何も言わずもう一度ノエルの方に切り掛かる。 途中飛び交う銃弾の雨は巧くレインが防いでくれた。彼が銃弾を防いでくれてる間にノエルの傍まで走り、死角から剣を振るう。 「――イヴ!!」 振り下ろした瞬間。アシュリーが声を上げた。…もしかしてキースの居場所、分かった?! 剣を振り下ろすのを寸でで止めて後ろを振り返る。 「大人しく死にな!!」 其処には鎖鎌を振り下ろしたキースの姿が合った。間一髪の所で剣で防ぎきり、ロア達が居る方向とは逆の方向に身を投げる。 危なかった。多分アシュリーが声を掛けてくれなかったら……。 後で彼女には礼を言おう。そう思いもう一度、今度はキースの方に切りかかる。ノエルの方はロアが食い止めようと双剣で切りかかっていた。 「あんたも随分卑怯なのねっ…!」 「これが俺のやり方なんでね!!」 金属音の重なる音が響く。切っ先はあっさりと鎖鎌で弾かれた。 尚キースは此方に向かって前蹴りを突き出してくる。咄嗟に右に体を倒して、直ぐに体制を立て直した。 「――風の階(きざはし)、天に紡ぐ蒼天の力!ティムフロウ!!」 遠くでリネが叫ぶ声が聞こえる。一瞬風の音が耳に入った。…リネが魔術を放ったのは恐らくキースの方。此方にまで被害が来ては困るので一旦 その場を離れてロア達の方に戻った。 案の定リネの放った魔術――ティムフロウはキース目掛けて鎌鼬の様な風が吹き抜ける。 「――ティムフロウ」 だが同じ魔術を使用したノエルによって彼女の魔術は再び相殺される。リネが再び舌打ちをした。 「リネ、焦ったって標的には当たらない」 「んな事知ってるわよ!!」 アシュリーの言葉に彼女が眉間に皺を寄せて答える。――大分焦りと苛立ちがある様だ。このままだと術のミスをしかねない。彼女自身の身の安 全の為にもそろそろリネを抑制する頃か…? だが答えを出す前にリネが再び腕を振るい下ろしていた。まさか詠唱、省いた?流石にそれは無いわよね。 術技の使用の際、詠唱を省いたりなんてすれば巧く魔術が発動しない時がある。それだけならまだマシだが最悪術自体が暴走して詠唱者自身に 襲い掛かる事だって……。とにかく詠唱を省く事はかなり危険なのだ。いくらリネが焦ってるからって、それは流石に分かってるわよね…? 「――グラストアクア!!」 何か本気で詠唱省いてた気がするが何とか術は成功し発動する。魔方陣から噴出した水の矢がノエルとキースの2人に目掛けて一直線に伸び た。 それをかわしたキースが何処かに向けて走り出す。一瞬の事で見失ってしまった。くそう、何処に行った?! 対するノエルの方は同じように術をかわすとリネの方に向けて腕を振り下ろす。 「お返しよ。―――血塗られた悪魔が笑う、狂気の茨姫(アラトスク)。ブラックチェイン」 ‘お返し’として発動された闇魔術――ブラックチェインがリネ達の方に伸びた。 「リネ!!」 マロンが手を引きその場を咄嗟に離れる。アシュリーの方も何とかロアと自分の居る方に身を投げることで攻撃をかわした。 ブラックチェインが発動されて直ぐ。リネ達が居た場所にキースの鎖鎌が落ちてくる。…危なかった。一人でもブラックチェインの鎖に捕まってたら、 キースの鎖鎌の餌食だったに違いない。 ロアと目を合わせ、再び2人で走り出した。レインは逆方向に走り出し、木の上から落ちてきたキースに槍を振るう。 その間に自分とロアでノエルの方に切りかかった。 ロアが両方の銃口を双剣の先で下に向けさせている間に、彼女に向け剣を振り下ろす。 …浅い。けれど確かに手ごたえは合った。 軽く舌打ちをしたノエルが咄嗟に言霊を吐き捨てる。 「――闇の声の旋律、御士へ手向けよ。ダークトラット!」 ヤバい。この距離で術を発動させられたらロアと自分の2人がダメージを食らうことになる。一旦その場を離れロアもその場を慌てて離れた。 何とか彼女の術から逃れる事は出来たが――これじゃあキリが無い。五分五分の闘いだからこのままだと持久戦になりかねない。 そうなる前にこの2人を追い払うか、この2人から逃げるか。とにかく何かしないと。 こんな所で無駄な体力を消費し、1秒でも時間を費やしている場合じゃない。 忘れちゃいけないんだ。自分達の最大の目的はセルシアに逢う事で、決してノエル達との戦いに勝つ事じゃない事を。 「…どうする?」 何かを考えているのに気付いたのかロアが声を掛けてくる。 「どうするもこうするも…このまま足止めされてる訳にも行かないし、どっかで逃げるわよ。目的はセルシアに逢う事なんだから」 「…OK」 ロアがその言葉に頷き、再びノエルに切りかかった。 その間に一旦アシュリー達の方に戻って彼女達にも声を掛ける。 マロンとアシュリーの方は直ぐに頷いたのだがリネが地面に座ったまま一向に動く気配が無かった。 「リネ。平気?」 手を差し伸べるが彼女から反応が無い。もしかして本気で怒っちゃったのか?それとも当初の目的――セルシアに逢うという事を思い出してこんな 所で油を売ってる事に苛立っているのか??何にせよリネが今無気力状態である事はほぼ確かだ。 「しっかりして。まだ戦闘中よ。愚痴なら後で幾らでも聞くから」 「…そうじゃない」 小さな声で、だがはっきりとリネが言い捨てる。そうじゃないって…一体彼女は何に劣等感を感じているんだ?? にしても困った。リネが動いてくれないと、この場を逃げる事も術の援護さえ期待出来ない。 「イヴ!!」 遠くでレインの声が聞こえた。くそう、今度は何だ?! 顔を上げるとレインの傍にキースの姿が無い。そして彼自身も割りと酷い傷だ。 今までキースと互角にやりあってくれてたんだから、少しはレインの事も気にしなければ成らなかった。キースが再び何処に行ったか分からなくな ったのは自分の失態の所為だ。心の中で強く舌打ちをした。 ロアの方も多分限界だ。ていうか、自分も結構限界に等しいからかなりヤバい。 前衛である自分達3人がこんな所で力尽きたら、それこそ後は袋叩きじゃないか。倒れる訳にはいかないんだ。 「マロン、レインの回復に行って」 「分かった!」 彼女に声を掛けるとマロンが素早く行動を起こす。彼女は直ぐ様レインの傍に寄って彼に回復術を掛けた。 レインの方は多分平気。マロンが治療に回ってるから暫くすれば回復する。 「アシュリーはロアのサポートに回って。ロアもそろそろ限界が近いと思うから」 「…了解」 頷いた彼女が鎖を解き、獣の姿でノエルの方に掴み掛かる。 さて。問題はキースだ。多分狙われてるのは自分とリネだと思うのだが…一向に姿が見当たらない。 そして肝心のリネは未だ地面に座り込んだままだった。本気で何が彼女の劣等感になっているんだ?? 「ねえリネ。お願い、立って。こんな所で死ぬ訳には行かないでしょ」 「……し…ば……し………てる…」 声を掛けるが彼女は無反応だった。ぶつぶつと何かを呟いている。聞こえてないのか? とにかくこの状況はヤバい。何が何でもリネには立って貰わないと。今後衛援護を出来るのはリネだけだ。 「セルシアに逢うんでしょ!しっかりしてよ!!」 肩を揺すると、漸く彼女が此方を向いた。透き通った頬に幾重もの雫が零れ落ちている。 「あたし…一番足引っ張ってる……」 涙ぐんだ声で彼女が呟いた。 「馬鹿!そんな事誰も言ってないでしょ!?そんな事言ってる暇合ったら立って!あんたの援護があたし達には必要なの!!」 軽く頬を引っ叩いて無理矢理彼女を立たせようとする。だが体重を掛けているのか立ち上がらせるのは無理だった。 本気でリネに何が合ったんだ…?何時もなら庇われたぐらいじゃこんな事になる筈が無い。だが彼女に対して特別攻撃が合った訳でもない…。 理由を考えている暇でない事は分かっていたが考えないとリネがこの場から気力を回復してくれない。 一体なんだ?何が彼女を此処まで苦しめてる?? 軽く頭に手を当てた、その時。 「イヴ!リネ!!」 ロアの声が鮮明に聞こえた。……しまった。キースの事すっかり忘れてた!! 慌てて回りを見回す。だがキースの姿は無い。何処に居る?! 「違う!上!!」 次いでマロンが此方に叫ぶ。…上?! 上を見上げたと同時――鎖鎌の鎖の部分に弾かれ体が吹っ飛ばされた。 近くの木に激突して、足が沼に浸かる。畜生、これ底なし沼か?! 「捕まれっ!!」 傍に居たレインが手を伸ばして来た。その手に捕まって、何とか沼から脱出する。 「平気か?」 「大丈夫……」 レインの問いに頷いたと同時――。 「あぁああっ!!」 リネの悲鳴が聞こえた。――しまった!! レインと同時に彼女の方を見る。駄目だ。キースが邪魔で何が起きてるのか見えない!! 唯今の悲鳴は尋常じゃ無かった。リネに何が合った…?! 「断罪を断ちし赤の女王――レソビューション!!」 直ぐにマロンがキースの方に向けて術を放つ。そのお陰でキースが二撃目をリネに放つ前に彼女の傍から離れた。 遠くから見た限りでも――あれはヤバい。相当血が出てる。何処を刺された…?! マロンが慌ててリネの傍に寄った。祈るよう指を組み、回復術を使ってリネの傷を癒す。 「――どうする?」 「もう引き下がっても良いでしょ。どうせあたし達の目的は‘足止め’だから」 遠くでノエルとキースがそう呟くのが聞こえる。――2人の姿は風に溶けて消えて行った。 あいつ等。今自分達の目的は‘足止め’って言った…。 やっぱりセルシアの身に今危険が迫ってるんだ。だからこうして自分達を足止めしに掛かった。 ……いや。今はそれどころじゃない。 「リネ!!」 彼女の傍に走り寄る。傍に居たマロンが丁度回復術を使い終えた所だった。 服の破れ目からして、恐らく刺されたのは腹部――の割と深い所。リネ自身は現在気絶しているみたいでぴくりとも動かない。 「平気なの?」 「…治療はしたから、とりあえずは大丈夫だと思う……」 頼り無さそうにマロンが答える。彼女を問い詰めても仕方ない事は分かってたからリネの傷を見た。 確かに傷自体は塞がっている。唯傷自体がかなり深そうだった。 遅れてロアとアシュリー、レインが走り寄って来る。 「…出口、近いわよね」 走り寄って来たロアに問い掛けた。彼は少し悩んだ顔で答える。 「多分、な……」 …そうだ。この湿原の道のりは、リネしか分からないんだ。 だが視界が晴れている所からすると出口は近い筈だ。 「湿原を出た所で野宿するわよ。リネが起きないと道が分からないし――」 リネの事がとりあえず心配だ。何処かで休まないと。 だが暫くは街や村が無いのは地図で分かってるし…此処は無理に前の街に戻るより野宿する方が良いだろう。 沈みだした夕日を見ながらそう思った。 BACK MAIN NEXT |