「…まだ歩くのか?」
「仕方ないでしょ。崖っぽいのが見当たらないんだから」
先程から何度も溜息を吐くロアを引き摺りながら、イヴは森の中をひたすら歩いていた。
レインの言葉を信じて真っ直ぐ歩き続けているのだが、崖らしい物は全然見当たらない。まさか騙されたのだろうか。
これで見つからなかったらレインを一発殴ってやる。心の中でそう決めながら、ずっと森の奥へ向かって歩いていた。


*NO,38...シャインリース*


数十分は森の中を彷徨ったのじゃないだろうか。
そんな頃に、漸く視界から木が途絶えている場所を見つけた。…あそこが崖か?
其処まで走って近寄ってみる。
――案の定其処は崖だった。唯相当の高さだ。万が一落ちたりなんかしたら唯じゃ済まされないだろう。
「この辺にシャインリースがあるのか?」
「多分ね」
崖の下に生えているとかいう最悪な展開はあえて予想せず、とりあえず崖の周りを探し回って見る事にした。
レポートを片手にそれらしい草を探してみるが、シャインリースらしき草が無ければ草自体見当たらない。
「…崖下なんじゃねーの?」
「……やっぱり?」
苦笑して、崖の下を少しだけ覗き込む。――高い。それしか良い様が無いくらいの高さだった。
「これ降りるのはちょっと無理よね」
「無理が有り過ぎるだろ」
一応ロアに聞いてみたが、彼は苦笑しながら即答する。
うん、やっぱり無理か。改めて思った。
となるとやっぱり何処かから降りる道を探すしかないのだろうか。だがそれだと時間が掛かってしまう。というかそれ以前に面倒。
アシュリーの容態が掛かっているのだからそんな我が儘言ってる暇は無い事は分かっているのだが――折角此処まで来たのにまた歩くというの
がやるせなかった。レインに崖下に行く近道も聞いておけばよかったと今更ながら後悔する。
考え込むイヴの隣。ロアが再び崖に近付き、崖下を覗き込んでいる。あんまり覗き込むと落ちるぞ。彼の姿を見ながらそんな事を思った。
そう思いながらじっとロアを見ていると、突然彼が大声を上げる。
「…何よ」
気になったので彼の傍に寄ってみた。
彼が唖然とした顔で崖下を見ている。一体何を見たって言うんだ。ロアが見ている方向を見てみた。
…崖の傾斜面に、ぽつりと草が揺れているのが見えた。
あれって、もしかして。
顔を引きつらせながら、手元のレポートを見てみる。――レポートに張られた写真は、傾斜面で揺れている草と同じ草だった。


「……あれ、取りに行かないと駄目なの??」
「駄目なんじゃねえか??」
「………」
2人で顔を見合わせて沈黙する。それから崖下をもう一度覗き込んだ。
崖の傾斜面に足場に鳴りそうな岩の窪みは幾つか有るが、足を踏み外したら即死は確定だろう。
でも取りに行かないといけないのだ。今頃リネ達が多分待ってる。それに先にゲルトアースを探しに行ったマロンとレインを何時までも入口に待た
せておくのも、正直2人に失礼だ。
覚悟を決めて取りに行かないと行けない事は分かっている。だがいざとなると足がすくむのだ。相当高さのある崖を降りていかないといけないのだ
から、当たり前と言ったら当たり前だが。
こういう時空でも飛べたら良いのにと思う。魔術にそういう系統の術は無いし、第一この場に術師が居ないから無理な訳だが。

「…俺が行こうか?」
長い沈黙の末に、ロアが震える声で呟いた。彼だって怖い筈だ。というかこれは誰だって怖いに決まってる。
「……あたしが行くわ」
此処は少しでも身軽な自分が行った方が良い、と思う。足場が崩れたら即死だけど。
覚悟を決めた末に、そう言った。

鞄と剣のホルダーを下ろして、レポートをロアの手に半ば無理矢理預ける。
崖の先に近付いて、とりあえず近くの足場になりそうな場所に一旦足を付けて力を入れてみた。…何とか崩れなさそうだ。
それを確認してから、ゆっくりと足場に両足を下ろす。
「ホントに大丈夫か??」
「…多分、ね」
なるべく下は見ないように降りよう。
そう決めて、とりあえず次の足場を探した。
近い場所に足場になりそうな岩の出っ張りがあったので、其処に足を付けてみるが――音を立てて崩れてしまった。
これは本当に注意しないと、軽い不注意で落下もかなりありえる。
「…洒落になんないわね……」
とりあえず別の足場を探してみた。
少し離れた場所だが、安全そうな窪みを見つけたので其処に足を伸ばしてみる。――何とか届いた。其処に片足を付け、手と体を同時に移動させ
る。
大分怖いのだが薬草までの距離はまだ程遠かった。
せめて命綱代わりみたいな物があれば、多少の無茶は効くんだけれど……。
無い物強請りをしても仕方が無いので、次の足場を探した。

「何か手伝えることとか有るか??」
「無い!そこでじっとしてて!!」
崖上から聞こえたロアの声に返答を返す。
そして次の足場を探してみたところ、近い場所に小さな窪みが合った。今度は其処に移動する。
大分降りてきたような気がするのだが、実際はまだそんなに降りていなかった。上を見上げるとロアの姿が余裕で見える。

「…キリが無いわね、これは」
手が痺れてくる前に何としても薬草を入手しなくては。
少し急ぎ目に、かつ慎重に足場を探した。
遠いところに少し危険そうな足場がある。だがあそこに行ければ薬草には大分近づけそうだ。
とりあえず其処が崩れない事を信じて、何とか足を引っ掛けてみた。
…うん、崩れなさそう。それを確認してから手を移動させて体を足場にまで持ってくる。

「っ――!!」
安全。だと思ったけれど其処まで安全でも無かった。

急に崩れる足場に、慌てて近くの窪みを掴んだ。崖下に足場が落ちていく。…怖っ……。
一呼吸してから、震える手で体を支えながら近くの足場に足を引っ掛ける。
足場は崩れてしまったが何とか薬草に接近する事は出来た。
今が大体半分の地点だろうか。後半分も降りれば薬草が取れる距離まで行ける。
崖の窪みに足を引っ掛け、次の足場に移動した。大分薬草に近付いた。後2回か3回も近付けば取れるんじゃないだろうか。
震える手を無理矢理動かして、少し遠い足場に足を引っ掛ける。
それから何とかその足場にまで移動した。…此処は崩れなさそうだ。少し広く大きい岩の出っ張りだったので、一旦手を離して軽く休憩を取る。
手の痺れが和らいでから薬草に向かってまた崖を降りた。


その結果、何とか手が届く場所まで移動することに成功する。
足場に足を引っ掛けて、片手で岩の窪みに手を引っ掛けつつもう片方の手で薬草に手を伸ばした。
指先に薬草が触れる。…掴んだ!
それを思い切り引っこ抜き、目の前まで持ってくる。
間違いない。これがシャインリースみたいだ。
さて、シャインリースを手に入れたのは良いのだが――どうやって上まで上がろうか。
とりあえず先程軽い休憩を取った岩場まで、シャインリースを口に加えて移動した。
それから崖上を見上げる。…知らない間に大分下りてきたようだ。先程まで見えていた筈のロアの姿が見えない。
命綱になりそうな物が無い事に、本気で溜息を吐いた。……自力で登るしか無い、か。
次の一歩を踏み出そうとした、その時。


「イヴ!」
上の方から声が聞こえた。見上げると、ロアが此方に向かって何かをぶら下げている。…あれ、ロープ?!
落ちてきた紐の様な物を掴む。…うん。ロープだ。間違いない。
有るなら初めから言え。お陰で余計に疲労したじゃないか。
言いたい事は色々合ったがそれは無事にロアの居る場所まで上がれてからにしよう。
とりあえずロープを体に結び、シャインリースをポケットの中に突っ込んだ。
「ロープ、ちゃんと持ってなさいよ?」
「分かってるって」
ロアがロープを持っている事を確認して上に向かって崖を登る。多少足を滑らせてもロアがロープを支えているので先程より大分安全だ。
お陰で行きよりも楽に上まで戻って来れた。何とか地面まで戻ってくると、ポケットからシャインリースを取り出す。

「はい、これがシャインリース」
彼の手に渡して、それから体に結んだロープを解いた。
「ありがとな、イヴ」
「お礼は言いんだけど…ロープがあるなら何で早く言わないのよ?!」
腕の痺れを感じながら、ロアに尋問する。
「やー…。そういえば此処に来る前、リネが念の為とか言って渡してくれたなーっての、今思い出して」


――ちょっと待て。
それってつまり、リネはシャインリースがどんな場所に生えているかって知っていたって事…?
だから一緒に行くのを拒み、アシュリーの傍に残るとでも言ったのだろうか。…帰ってから彼女を一発殴ろう。心の中で決めた。


「ったく…リネもホント良い性格してるわ……」
「はは……ホントにな」
この調子だとゲルトアースもシャインリース並に姑息な場所にでも生えているんじゃないだろうか。
ゲルトアースを採取しに行ったマロンとレインがちょっと心配になったけど、あの2人なら大丈夫だと信じるしかない。

「とりあえず戻るか?」
「…もうちょっと休憩してからね」
正直腕の痺れがまだ取れない。腕の筋肉が未だに痙攣を続けている。
その場に座って足を軽く伸ばした。手を思い切り伸ばしたいのだがまだ痺れているのでそれが出来ない。

「平気か?」
「平気な様に見える??」
「…見えない」
ロアが苦笑しながら問いに答える。溜息を吐いて空を見上げた。
自分達がアシュリー達の傍を離れて、もう何時間くらいになるのだろう。太陽がかなり高い位置に上がっている所からして、数時間は経ってしまっ
たのでは無いだろうか。アシュリーの容態が心配だ。早く戻らないと。
腕の痺れも大分弱まってきたので、とりあえずその場を立ち上がった。立ち上がって、地面に放置したままの剣と鞄を拾い上げる。

「行けるか?」
「行くしか無いでしょ。アシュリーが待ってる」
「…りょーかい」

男の了承を聞いてから、剣のホルダーを腰のベルトに引っ掛けて、その場を歩き出した。
一瞬シャインリースを何処にやったっけと思ったのだが、直ぐにロアに預けた事を思い出す。彼の方を振り返ると、ロアはちゃんとシャインリースを手
に握っていた。よし、無くして無いな。――無くされても困るのだが。
「どうかしたか?」
「…別に」
ロアの問いに素っ気無く答えて、来た道を戻り始めた―――。










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