イヴとロアの2人と一旦別行動を取った2人は、森の中をひたすら歩いていた。
とりあえず下流まで辿り着く事は出来たのだが、肝心の薬草――ゲルトアースが見当たらない。
マロンがレポート用紙にクリップで止められたゲルトアースの実物の写真を見ながら必死に草木を見つめているのだが、未だにそれらしい物は見
当たらなかった。


*NO,37...ゲルトアース*


「ホントーに正しいの?コレ」
見つからないにも程があるので、半面呆れ声でレインが呟いた。
「有ってる…と思うけど……」
頼りなくマロンが答える。彼女もやっぱり少しはその可能性を考えているようだ。
下流でゲルトアースを探し始めてもう数十分は経過しているが、未だにゲルトアースは見当たらない。
そろそろ中流に差し掛かった頃に漸くそれらしい花を見たが、見比べてみると別物だった。紛らわしいにも程が有る。
「俺疲れたー!!」
長い事下流を行き来していた中で、遂にレインがそう言ってその場に座り込んだ。
「ちょっと休憩する?」
苦笑顔のマロンが、地面に腰を下ろした彼に問い掛ける。その言葉にレインが唸りながら頷いた。
マロンも彼の傍に腰を下ろして、もう一度レポートを読み直してみる。
――何回読んでも、採取場所は下流になっていた。て事はやっぱりこの下流何処かに有る筈。……だと、信じたかった。
まさかレポートを書き間違えたとか、リネに限ってそんな事もない筈だし。…あくまで可能性だけど。

「ねーねーマロンちゃーん」
レポートから目を逸らした頃に、レインが陽気な声で話し掛けて来た。彼の呼び声にマロンが振り返る。
「どうかした?」
「どうせだからちょっとお話でもしよーぜ。マロンちゃんて何時からイヴっちと仲良いの?」
そう言ってレインがちょっと口元を攣り上げて笑った。
何故今それを聞かれる必要が有るのかさっぱり分からなかったが多分彼の事だから好奇心で知りたいだけなのだと思う。
「えっと…結構前、だよ?12歳か13歳ぐらいの頃」
「わお」
「…私、両親が事故で亡くなってるんです。そんな時イヴが一緒に居てくれて――」
「……聞いちゃいけない事だった?」
気付くとレインがちょっと気まずそうな顔をしていた。
確かに今の話題はちょっと気まずい話題だったと思う。慌てて首を横に振った。
「大丈夫。…こっちこそごめんね。変な話して」
「いやいや。悪いのはこっちでしょ」
苦笑を浮かべてレインが呟く。
それからちょっと2人で沈黙した。…何となく気まずい雰囲気が流れてる。

「…レインは?ご両親とか、恋人とか……誰か居ないの?」
話題を変える為に、彼に別の質問を問い掛けてみた。
その言葉にレインが少しだけきょとんとした顔をして――それから少し虚空を見つめながら呟く。
「恋人――は、居たな」
‘居た’。…過去形?
話題を変えたつもりだったのだが、余計に気まずい話題に触れてしまったようだ。
現に何時もなら馬鹿笑いをして回答を返すレインがずっと虚空を見て、時々ちょっとだけ溜息を吐く。

「えっと…ごめんなさい」
「あー、いや。ごめん。でもちょっとこの話題は触れて欲しくないかも」
やっぱりそうだった見たいだ。何時もより元気の無い笑顔で彼が綺麗に笑った。
もう一度沈黙が始まる前に、レインがその場を立ち上がる。
「んじゃ、そろそろ捜索を始めますか」
「あ。そうだねっ」
何となく気まずくなってきてたし、それが一番良いかも知れない。大分休憩も出来たし。
改めて下流の周りを見つめたところで――。

「……あの、レイン」
「んー?」
マロンが苦笑したままレインを呼んだ。彼女の呼び声に、レインが陽気な顔で此方を見る。
「どーかしたの?」
呼びかけたまま黙ってしまった彼女に、レインがちょっと苦笑して問いかけた。
彼の問い掛けにマロンもまた苦笑して――下流を指差して問い掛ける。




「――あれが、ゲルトアースだったりしませんかね?」

「……は?」


レインが慌ててマロンが指差している場所を見つめた。彼女が指差しているのは――下流の‘周り’ではなく下流の‘中’だ。
水場に近付いて、彼女の指差している下流の中を目を凝らして見つめた。
…確かに。水の中でゆらゆらと草っぽいのが揺れている。




うん。確かに下流だ。
つまり下流の‘周り’を探すんじゃなくて、下流の‘中’を探せば直ぐに見つかったんだ。

「リネっち…どうせなら水の中に有るって事まで書いておいてよ…」
「えへへ…。そうだね」
溜息を吐くレインに、マロンもまた苦笑で頷いた。
とりあえず服を捲って、水の中に腕を突っ込んでみる。…水の中がかなり冷えているので正直かなり冷たかった。
下流の水の中でゆらゆらと揺れている草木を掴み、それを引っこ抜く。

「これで有ってる?」
水の中から採取した草を、彼女に見せた。
マロンが慌ててレポートを取り出して、レポートに貼り付けられた写真と採取した草木を見比べる。
やがて見比べるのを止めた彼女が、苦笑の笑みのまま頷いた。


「えっと…有ってるよ」
「はは…確かに‘下流’だわ……」
――あれだけ下流の周りをぐるぐる回った努力は何だったのだろうか。
脱力して座り込んでしまった。マロンも溜息を吐いてその場に座り込む。
「ま…これでアシュリーちゃんが助かるんだから、これはこれでOKって事にしとこーぜ」
採取した草木を持ちながら、レインがそう呟く。
「そう…だね」
彼の言葉にマロンが頷き、そして立ち上がった。釣られてレインも立ち上がる。
とりあえず採取は出来たのだ。後は帰るだけ――。

――だと思っていたけれど、現実はそんなに甘くは出来て居ないらしい。
何時の間にか目の前には一匹の狼っぽい魔物が唸り声を上げていた。


「……えと」
それに気付いたマロンもまた、苦笑したまま立ちすくんでいる。彼女は苦笑のまま言葉を続けた。

「明らかに、怒ってますよね」
「…明らかに怒ってるな」
悪魔で推測なのだが、このモンスターは下流の中に生えている草――つまりゲルトアースを食料に生きているんじゃないのだろうか。
だから草木を取った自分達に対して怒りを抱いている。…そんな所か。

「こういうのってイヴっちの仕事でしょ…?」
溜息を吐きながらゲルトアースをポケットに突っ込んで、槍を取り出す。
彼女が弓に手を掛けながら呟いた。
「でも、肝心のイヴが居ないし……」
…確かに、肝心の彼女が居ないと話にならない。此処はやっぱり自分達でどうにかするしか無さそうだ。
仲間を呼ばれる前に倒したほうが良いに決まっている。

「援護お願いね!」
マロンにそう話しかけながら、魔物に向かって地面を蹴った。
同時に此方に向かって襲い掛かってくる魔物の攻撃をかわして大きく槍を振るうが、空を切る音しか鳴らなかった。手ごたえを感じない事からして、
当たってない、か。
彼女も矢を魔物に向かって放つのだが、それは掠る事も無く近くの木に刺さった。
魔物には傷ひとつ付いていない。…明らかに向こうの方がスピードが早いんだ。
だが退く訳にも行かないので、もう一度魔物に向かって走り出した。向こうも大口を開け、此方に牙を向けてくる。
かわしたつもりだったのだが、腕辺りを掠めた。
槍を振るう振りをして、右足を上げてアッパーを食らわす。だがコレも外れた。
知能は高いみたいだ。…小柄だと油断していたが、油断しているとこっちが殺られるみたいだ。
腕の傷を確認したが、そんなに血は出ていない。
本当に少し掠めただけみたいだ。じゃあほおっておいても大丈夫だろう。血も少量なのでその内止まると思う。

「マロンちゃん。敵の動きを封じる術とかない?」
「えっと……無い…かな。ごめんなさい」
「…や。大丈夫」
…となると、動きを封じる術はセルシアだけが使えるみたいだ。と言うか‘ブラックチェイン’を使えるのが彼だけっぽい。
リネは闇属性魔術が不手魔術っぽいし、マロンも今使えないと言ったし。
――こんな敵に遭遇するのなら、あいつも連れて来れば良かったとちょっと心の中で後悔した。

「じゃあ俺が囮になるから、その隙に攻撃してくれない?」
「あ、それなら出来るよ」
彼女はそう言って一歩下がってから詠唱を始めた。
それを確認してから、襲い掛かってくる狼に槍を振るう。
かわされるのは承知だったが、今度は左足でアッパーを食らわせてみた。当然の如くそれはかわされ、体勢を取り直してる間にまた此方に向けて
牙を向き出してくる。かわせる状態では無かったので槍を盾にして防いだ。それから前蹴りをしてみるが、その頃には死角に逃げられている。
…正直姿を目で追うのが一杯一杯だった。幾らなんでも速すぎる。

「…どうすっかねぇ」
マロンの方は今詠唱を唱えているので、サポートは難しそうだ。
となると自分だけでどうにかするしかない――。


「…あんまり使いたくなかったんだけど」
溜息を吐いて、一旦槍を投げ捨てた。魔物の方は此方の様子を伺っている。
様子を伺う魔物に向けて――腕を振り上げた。

「血塗られた悪魔が笑う、狂気の茨姫(アラトスク)――」
魔物が此方に牙を向く。地面を蹴り上げ此方に向けて思い切り走ってくるが、術の完成の方が少しだけ早かった。
振り上げた腕を、振り下ろす。

「――ブラックチェイン」

口元を攣り上げたまま、腕を振り下ろした。
此方に向かってきた魔物が、ぎりぎりの所でブラックチェインの鎖に包囲される。――捕まえた!
「マロンちゃーん!」
陽気な声で彼女の方を振り返る。…彼女はというとちょっと呆然としていた。
それからはっと我に返り、慌てて腕を振り下ろす。

「空を詠む栄光の往来、振り上げられた罪が嘆く
 未知なる言詞達よ、今宵我等に仇名す敵を破砕し罰せよ―――リセンディリム!!」

ブラックチェインの黒い鎖に繋がれた魔物は、当然動く事など出来ない。
猛威を振るう彼女の魔術――リセンディリムの攻撃に、魔物はあっさりと吹っ飛ばされ、倒れた。
少しだけ体を痙攣させているが、無理に殺しても意味は無いしこれ以上襲い掛かってこないならそれでもう良いだろう。魔物から目を逸らして、地
面に投げた槍を拾った。
槍を拾った頃に、彼女が慌てて此方に駆けてくる。


「レインって…魔術使えたの?!」
予想通りの言葉にちょっとだけ苦笑した。
「んー?まあ、ちょっとだけな」
セルシアやリネ、勿論マロン程術が使える訳じゃない。せいぜい自己防衛をするぐらいが精一杯だ。
そう説明するが、マロンは相変わらず驚いた顔をしていた。…ま、今まで一度も魔術は使わなかったし、当たり前か。

「イヴっち達には内緒な?」
驚いた顔のままの彼女にそう言葉を投げると、彼女は更に目を開いて驚いた顔をする。
「え、どうして??」
「内緒にしといて、どっかでピーンチ!!て時になったら使ったほうが、格好良いでしょ」
でたらめな理由を述べてみたのだが、彼女は納得したみたいだ。苦笑して頷いた。
「じゃあ、帰る…?」
「そーね。援護とか来たら困るし」
そう言って踵を返した。それから魔物の方を‘一応’確認して――。

「っ――?!」

――思わずまた足を止めてしまった。…おいおい、嘘だろ??
地面の上で倒れていたはずの魔物の姿が、何時の間にか無い。
思わず辺りを見回した。絶対にまだこの辺に潜んでいる筈だ。攻撃の機会を狙っているのか?
そう思って自分の死角になっているマロンの方を振り向いて――やっと何処に居るのか気付いた。

「マロン!!」
咄嗟に彼女を突き飛ばしていた。かなり無意識の事だったので、彼女の事を気遣ってやる暇も無かった。
突き飛ばされた彼女は、地面に尻餅を付いて座り込む。
「え、ちょ…?」
慌てて彼女が顔を上げたのと同時――。彼女の‘後ろ’に居た魔物が、彼女を庇ったレインの腕に深く牙を食い込ませていた。
「ったく……折角生かしてやったんだから…逃げるとか、しろよ…っ!」
眉間に皺を寄せたままのレインが、片手で槍を取り出し、槍の刃先を持って魔物を切りつけた。
今度こそ魔物が地面に倒れ、ぴくりとも動かなくなる。
「……っ」
槍を放して地面に座り込んだ。魔物自体は地面に落ちたのだが、腕に深く食い込んだ牙は抜ける気配が無い。
「…これ、絶対抜くといてーよなぁ………」
牙が刺さった場所を指差しながら、マロンに向かって苦笑で笑った。
だが刺したままという訳にも行かないので、牙に手を掛け勢い良く引っ張る。
…半分抜けた所で声にならない激痛が走った。冗談じゃねえぞ。一旦牙を抜くのをやめて、痛みが和らいでからからもう一度牙に手を掛ける。
どうにかして牙を引っこ抜いたが、刺さっていた場所からは血が溢れ出していた。
「ご…ごめんなさい!ぼーっとしてて……」
我に返った彼女が、慌てて傍に走り寄ってくる。気付いたら腕の下に合った草に血溜まりが出来ていた。
慌てて治療をしようとする彼女を静止する。
「此処で治療するとマズい。血の臭い嗅ぎ付けて魔物が多分集まってくる」
そう言って、血が流れる腕をほっといてその場を立ち上がった。
「でも……」
「治療なら森の入口でやれば良いから。な?」
「……」
槍を拾って、不満そうな彼女の前を無理矢理歩き出す。
正直かなり痛いのだが、血の臭いをかぎつけた魔物が集まってこられたら其れこそ大惨事だ。今は此処を離れるのを優先するべきだ。
そう思いながら、痛む腕をずる様にして歩いた。



「……ホントに…大丈夫…?」
暫く森を歩く中で、彼女が不安そうに問い掛けてくる。
「大丈夫、大丈夫」
力の無い声で答えた。それに大丈夫とは言ってみたが実際は全然大丈夫じゃない。
さっきから血が全く止まら無くなっているのだ。止血の為に服を破いて縛ったのだが既に全体が血に染まっており止血の意味を成していない。
好い加減貧血気味になってきた。ずっと血を流しながら歩いていたからだろうか。
「…無理、しないでね」
顔を曇らせたままの彼女が、怪我をしていない方の手を握る。
「セルシアじゃ有るまいし、そんな事しねえよ」
今だけセルシアの気持ちが分からない事も無いが。
そんな事を思いつつ、彼女に手を引かれながら森の中を歩き続けた――。










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