ノエルが現れた事により、かなり形勢が逆転してしまった。…これ、結構マズイ状況…よね。
彼女が此方に銃弾を向けている為、自分達は迂闊に動けない。
その間にキースが側に居たロアに一発蹴りを食らわせてノエルの方に向かって歩いた。
「形勢逆転、てか?」
手元で鎖鎌を振り回しながら、男が笑った。
…ああもう!どうして毎回こうも運が悪いんだろうか。誰かに疫病神でも憑いてるんじゃないか?!
身動きが取れない状況で、イヴが舌打ちをしながらノエルを睨んだ。


*NO,34...対立*


静寂の中で、鎖鎌を振り回す音と息遣いだけが聞こえている。
反撃しようと戦輪を投げようとするセルシアの側に向けて、銃弾が発砲された。――これ以上は反発しないのが吉、か。
大人しくその場に座ったままずっとノエルの方を睨む。すると彼女が少しだけ目を丸くした。…何か見つけたのだろうか。
銃を此方に向けたまま彼女がイヴの方に近付き、その場にしゃがみ込む。
「…あーあ。‘覚醒’しちゃったのね?コレ」
そう言ってノエルが指差したのは――ネメシスの石だった。
その言葉に此方まで顔を引きつらせる。…口調からしてノエルは知っているのだろうか?ネメシスの石について。

「まるで其れが何なのか知ってる様な口振りじゃない?」
遠くに居るリネが、皮肉めいた声でノエルに言葉を投げる。
彼女の言葉にノエルがその場を立ちあがり、セミロングの髪を揺らしながら答えた。

「知ってるわよ。――ネメシスの石。でしょう?」
「――!!」
全員が絶句したまま驚いた。
やっぱり、ノエル達は知っているんだ。この石について。

「…石について何か知ってるのか?」
セルシアが慎重になって問い掛ける。彼もネメシスの石の所持者だから、気になる様だ。
ノエルがセルシアの方に視線を移した。
「ああ、あっちも覚醒しちゃってんのね。
質問に答えてあげる。――知ってるも何も、あたし達が捜し求めてるのが、それなのよ」
…今の言葉で今までしつこく追いかけられた理由も何となく分かった気がした。きっとネメシスの石だ。
コイツ等はきっと最初から、自分達がネメシスの石を持っている事を知っていたんだ。だからこれだけしつこく追いかけてくるんじゃないだろうか。
いや。でも最初にクライステリア・第一神殿逢った時、自分達は気絶してた筈だけとペンダントには特に何もされていなかった気が……?
第一先程からノエルが言っている‘覚醒’とはどういう意味なんだろう。
全てを聞こうとした所で――ノエルの方が口を開く。


「交渉しない?」
「……交渉?」
彼女の言葉にロアが眉間に皺を寄せた。
ノエルの言葉にキースとリトも少しだけ驚いた顔をしている。…彼女の独断の判断の様だ。
「そんな事して良いのか?ノエル」
「平気よ。多分ね」
キースの言葉に彼女が薄く笑う。
ノエルはそのまま此方に振り返って、言葉を続けた。
「――あたし達は貴方達にネメシスの石について知っている事を全て教えてあげる。
但し貴方達にはネメシスの石と…そうね、アシュリー姫もセットで渡してもらおうかしね?」
そう言ってノエルは妖魔の笑いを浮かべた。
……そうか。コイツ等、アシュリーも狙ってるんだっけ。
彼女がどうして狙われるのかさっぱり分からないが、渡して良い事になるとはとても思えない。というか在りえないだろう。
地面に座って居るロアに軽く目線を送った。
ロアが其れに気づいて軽く頷く。
一人一人の顔を見回ったが――案外皆反撃の機会を狙ってるみたいだった。あ、これなら行けるかも。
交渉について考えているフリをして、脱出する為の作戦を簡単に頭で練った。
とりあえず此処を脱出するのが先だ。
ノエルとキースとリト。…まともに戦って勝てるような相手じゃない事は、皆も薄々気付いていると思うし。
交渉?そんなの知ったことじゃない。第一向こうの提示してくる情報が正しいかも怪しいし。それにアシュリーを渡したりなんてしたらヘケトーになん
て顔をすれば良いんだ。…元から彼女を渡す気など無いが。

簡単に脱出のルートを練って、頭の中でイメージしてからその場を一旦立ち上がった。
相変わらず笑みを浮かべるノエルの方を向く。
それからポケットに手を突っ込むフリをしてポケットの中で魔弾球を数個拾い上げた。
向こうに危害は加えれない。でも、目くらまし程度にはなる。

大丈夫よね。皆、ちゃんとあたしに着いてきなさいよ…?
心の中で6人にそう念じてから、ノエルに向かって言葉を投げた。



「交渉の答え?――NOに決まってるわ!!」
言葉と同時に魔弾球をノエル達に向けて思い切り投げた。
球に封じられていた魔術が発動し、煙幕の様に炎の煙が上がる。

「イヴ?!」
「まともに戦って勝てる相手じゃないでしょ!逃げるわよっ!!」
マロンの驚いた声に、なるべく大声で言葉を返す。
ノエルが此方に向かって再度銃を発砲してきた。だが煙幕の所為で上手く此方が見えていないらしく足元ギリギリの場所を掠める。

「走れるのか?」
右足に視線を送りながらレインが問い掛けてきた。
正直しんどいけれど…此処で逃げられ無かったら待ってるのは死だ。怪我何かに構ってる暇はない。
「平気よ、それより行くわよ!!」
レインを引っ張ってその場を走り出した。足を踏み出すたびに血を流す右足が切りきりと痛む。それでもどうにかして走った。

「逃がすかっ!」
すかさずキースが此方に向けて振り回していた鎖鎌を投げてくる。
それをセルシアが戦輪で無理矢理弾き返した。それから彼は呆然としているアシュリーを引っ張ってその場を走り出す。
多分先頭を走ってるのはロアだ。前の方からロアの声が聞こえる。

「逃げるって…とりあえず何処に向かうんだ?!」
「反対側に出てきちゃったし…このまま鉱山越えるしか無いでしょ…!!」

先程ノエル達が立っていた場所の奥にある道がクオーネへの道だった筈だ。
つまり自分達が出てきてしまった道は間逆の道なのだ。とりあえず暫くクオーネには戻れないだろう。
多分今頃は魔弾球の煙も消えてしまっている筈だ。
となれば足の速いキースが直ぐに此方に向かってくる筈。どうにかして逃げ切らないと…!

「分かれ道が有るけど、どっち行くの?!」
遠くの方でリネの声が聞こえた。彼女はどうやらマロンの隣、ロアの後ろを走っている様だ。
薄暗くて遠くの方が見えないがとりあえず全員逃げ切れてるっぽい。
「そんなの適当だろ!?」
「ふざけんじゃないわよ!!」
イヴの代わりにレインが答える。その答えを聞いたリネが怒りの声を上げながら右の道を選んだ。
右の道に向けて走る。…先程の場所より少し薄暗くなっていた。足場が見難い。
それより…、好い加減右足が激痛を訴え始めてきた。少しだけペースが落ちる。
気付いたセルシアが先にレインとアシュリーを走らせて後ろに来てくれた。

「平気か?出口までまだ有りそうだぞ??」
「…平気よ」
「……ホントかよ」
苦笑しながらセルシアが手を伸ばす。その手を掴んで、何とか走り続けた。
そういえば…。
ふと疑問に思ったことが頭を横切り、咄嗟にペンダントを確認する。
…ペンダントは少しだけ光っていた。やっぱりセルシアに……というより、セルシアの持ってる腕輪に反応している??
よく分からないけれど考えるのは後だ。今は走る事だけに集中しなくては。

やがて鉱山内が緩やかな下り坂の道になる。
右足を少しだけ引き摺りながら走っていると、一瞬…。本当に一瞬、今まで以上の激痛が走った。
「っ――!!」
思わずその場で止まってしまう。自分が止まった事によりセルシアも足を止めた。

「…ちょっと待った!!」
先に走り続けるロア達に、セルシアが声を投げる。
その声に先頭を走っていたロアが足を止めた。リネ達も足を止めて振り返る。

「イヴっ?!」
マロンが声を上げながら此方に戻って来た。彼女はイヴの右足の傷を見るが苦い顔をする。
それから右足に回復魔術の光を当ててくれた。
少しずつ痛みが癒える。だがその間にレインが苦笑した。

「おいおい、こんな所で回復してると――アイツ等来るぞ?」
「…分かってるわよ。もう平気だから、ありがとう。マロン」
自分の所為で追いつかれたなんて事にだけは絶対になりたくない。
幸いまだ来た道から足音は聞こえていないが、何時来るか分かったものじゃないんだ。急がないと。
その場を立ち上がろうとしたが――無理だった。右足に力が入らない。立ち上がろうとする度に激痛が走る。
ああもう。なんでこんな時に!!
悔しくて地面を一発殴った。
それでもまだ足音は聞こえない。だから余計に不安になる。本当はもう先回りされているんじゃあ…?

どうにかして立とうとすればする程、激痛が走る。
焦っているのが裏目に出ているのは分かっていた。けれど冷静さが取り戻せない。
見かねたロアが此方にやってきた。

「持ってくれるか?」
ロアが双剣を側に居たセルシアに渡す。頷いた彼が双剣を受け取った。
「おぶった方が早いだろ。ほら」
そう言ってロアが言葉を投げる。
…悔しいけれどどう足掻いても立てないし、これ以上皆に迷惑を掛ける訳にも行かないので仕方なくロアの背中におぶさった。

「リネ!マロンと先頭走ってくれ!!」
「……ホントあんた達って自己中にも程が有るわね!!」
皮肉を呟くリネが、マロンが戻ってきてから再びその場を走り出す。

「鉱山を出たらどの辺りに出るんだ?」
「んー……港の近くじゃない?港で船を手配してもらえば、cross*union本部まで真っ先に帰れるぜ」
セルシアの問いにレインが頭を悩ませながら答える。
「だとさ、イヴ」
ロアが言葉を投げてきたが、無視した。
悔しかったのでそのまま狸寝入りをする。お礼は出口に着いてからでも十分だろう。多分。
寝たふりをしてると気付いているのか、ロアが苦笑したまま鉱山を走り続けた。










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