一晩クオーネの宿屋でゆっくり休んでから、日が大分登り始めた頃に一行は此処から一番近い鉱山――ザグロス鉱山に向かって歩き出した。
クオーネのほぼ隣にある鉱山は、街を出て20〜30分程度で着く場所に在る。その為無駄な時間を掛ける事も無く無事に鉱山に到着した。
まだ眠そうに欠伸をするレインを引っ張りながらも無理矢理鉱山の中を歩き続ける。
因みにこの鉱山、山を越えた平原にも繋がっているので割りと人の出入りが多いと聞いた。
だがまだ朝方なので殆ど人は居ない。
そんな中で歩き続けていると――奥から声が聞こえた。


*NO,33...ザグロス鉱山*


最初に思ったのは、聞き覚えのある声。と言う事だ。
そして2秒後にはその声の持ち主を理解した。
「しっ!」
後ろで会話をするマロンとリネを無理矢理黙らせる。何かあると察知してくれたらしく2人は直ぐに黙り込んだ。

「――…」
鉱山の角を曲がった先から、聞き覚えのある女の声が聞こえる。
嫌でも聞き覚えのある声だった。…最近逢ってないから浮かれてたのが間違いだったのかも。

「この声……、BLACK SHINE……?」
「…だと思うわよ?」
セルシアの言葉に小さく頷き、そして何とか声を聞こうと鉱山の角から必死に耳を済ませる。
かろうじで声が聞こえる程度だったが、どうやらこっちに気付いている訳では無い様だ。
誰かと話しているらしく、女が話すと必ず男の声が帰ってくる。

「…だから、それ全部向こうに帰して置いて頂戴よ。あたしもう行くから」
「それは困ります――…、ノエル様…?」

…うん、やっぱり。勘違いでもなければ気のせいでも無かった。
今の男の言葉で確信した。今誰かと話しているのは――ノエルだ。
女がノエルって事を確信すると、次に気になるのは当然、話している相手だった。
下っ端か何かか?いや。でも…こっちの男の声も正直どっかで聞いた事のある声だぞ…??
不思議に思いながらそっと角から顔を覗かせてみる。

…信じられない光景を見てしまった。


そりゃ、聞き覚えのある声で当たり前だわ。聞き覚えが無かったら寧ろ可笑しいくらいだ。
ノエルと会話をしながら困った顔を浮かべているのは――同じcross*unionの一員の奴だった。


「あれって…」
同じ様に顔を覗かせたロアが、小さく、本当に小さく呟く。
どうやら彼も見覚えが合ったようだ。…って当たり前か。同じunionに所属してる奴だし。
それは良いとしても、どうしてcross*unionとBLACK SHINEが会話なんかしてるんだ?!

「何?知り合いなの?」
小さな声でリネが問い掛けてきた。
知り合いも何もだ。後で説明すると彼女に伝え、会話を集中して聞き取る。

「良いじゃない。どうせ戻るんでしょ?」
「それはそうですけど――これは貴方様が出したほうが良いのでは……?」
「関係ないわよ。あたしからって言えばあの人も受け取るだろうし?」
「……承知、しました」
「分かればいいわよ」

そう言ったノエルが、一瞬だけ此方を見た。
思わずどきっとなったが、彼女は又目線を男に戻す。…良かった、気付いていないみたいだ。
だが此処で何時までも盗み聞きしていてもバレるのは時間の問題だ。一度音を立てずにその場を離れることにした。
ノエルと男が会話していた場所から大分離れた場所で、漸く緊張の糸が解け深く溜息をつく。

「ちょっとロア、今ノエルと話してた男って――」
「…俺達のunionの一員だったよな」
「……は?何それ?!」
その言葉にリネが顔を引きつらせて反応した。…セルシア達も驚いた顔をしている。無理もないか。こっちだって唯でさえ驚きが隠せてないし。
「あの男、イヴ達のunionに居る男なのか?」
レインの問いにイヴとロアが同時に頷く。
「あ、私もあの人cross*unionで見たことある…。確か情報を整理する仕事に就いてた人だったよ」
マロンが拳を握りながら声を出した。…その言葉に今度はこっちが驚く。


「ちょっと、それって」
「…cross*unionの情報、全部BLACK SHINEに筒抜けって事ね」
言いたかった事を上手くアシュリーがまとめて言ってくれた。
じゃあ、何だ。今までcross*unionの情報は全部、BLACK SHINEに筒抜けだったって事?!
考えるだけでも頭が痛くなった。頭を抱えて壁にもたれかかる。
そんな中で考え事をしているセルシアが、ぽつりと呟いた。

「cross*unionの情報が筒抜けって事じゃなくて…、cross*union自体がBLACK SHINEと手を組んでる、ってのは考えられないか?」
…なんでセルシアはそういう恐ろしい事を平然と言うんだ。
しかもその仮説、何か上手いこと理屈が通ってる。
cross*unionとBLACK SHINEが手を組んでいたから、今までBLACK SHINEは何処のunionでも捕まえられなかったんじゃないだろうか??
考えれば考える程、セルシアの仮説が正しい気がしてきてしまった。

「俺セルシアの意見にさんせー。イヴっち達、最初から騙されてたんじゃあない?」
こんな状態だというのに相変わらず暢気なレインがそう言って笑う。…ムカついたからロアと2人でレインを一発殴った。
でもレインの言葉も最もだ。
最初から自分とロアは騙されていたんじゃないだろうか。…いや、きっとunion内を探し回ればまだ居る筈だ。――リーダーに騙されている一員が。


「そういう話するの、宿屋しない?ノエルにでも見つかったら大変だし」
頭を抱えて溜息を吐くと同時、リネがそう言って出口方面の道を指しながら言った。
…リネの言う通りだ。今見つかったら幾らなんでも危なさ過ぎる。
一度帰ってから状況を整理する事にしよう。そう思い歩き出したところで――。



――旋風が横を通り抜けた。


「っ――!」


咄嗟に体を右に投げる。同じように前に居たセルシアとアシュリーがその場を離れた。
…今の、風の中級魔術だった。鎌鼬の様な鋭い風、魔術じゃないと生み出せるわけが無い。
そして今術を使ったのがリネでもセルシアでもないとするのなら―――。

「よーお、久しぶりだな??」

「……ちょっと逃げるのが遅かったみたいね…」
「…だな」
ロアと目を合わせて苦笑する。
目の前に立っているのは――メルシアの森で対峙した男と、リトの2人だった。
ノエルはまだ奥で男と会話しているのか、姿が見当たらない。…居ないだけまだマシだ。3人も強敵が揃われたら正直勝つ気がしない。

「丁度良いわ…聞きたい事があんのよ。
――BLACK SHINEとcross*unionは手を組んでるの?答えなさい!!」

剣を抜き、切っ先を男に向けながら叫んだ。
その言葉に男が肩をすくめて答える。


「察しがいいんだな?――その通りだぜ!!」

…ああ、うん。正直信じたくない事実だったのだが、あっさり肯定されてしまって思わず脱力してしまった。
その一瞬の隙に男が此方に走り出してくる。――動きが早い。一瞬男の姿を見失ってしまった。

「まだ名乗ってなかったなぁ?――俺はキース・ロイドー。
てめえ等を地獄に送る男の名だ。覚えときな!!」

気付いたら男――キースが、こちらに向けてとび蹴りを放っていた。
間一髪でソレを回避し、咄嗟に掴んだ魔弾球をキースに向けて投げ付ける。
魔弾球をあっさりとかわしたキースが、次いで傍に居たロアに殴りかかった。
ロアがそれを双剣でカバーし、後ろからレインが槍を振る。
槍を鎖鎌の切っ先で防御した男は、一旦その場を離れ再び此方に向けて走ってきた。
相手が一人ならマシだったのだが何せ相手は2人だ。――しかも1人は魔導士。
だから常に死角にも気を払わないといけないのが正直キツかった。
「――ウィンディア」
そうこうしている間に、リトから術の攻撃が飛ぶ。標的は弓を射ようとするマロンの方だ。
彼女への攻撃はセルシアが咄嗟に戦輪を投げた為に何とかかき消された。
戦輪がセルシアの手に戻ると同時に、マロンが弓をリトに向けて打ち離す。だがあっさりとかわされてしまった。
そんなマロンの後ろ、アシュリーが腕を振り下ろす。

「――Breath」
発動されたウルフドール族専用魔術が風となりキースとリトに向けて襲い掛かった。
だが移動速度の速いキースには簡単にかわされ、リトには魔術で防がれる。
小さく舌打ちをする彼女の少し後ろ――リネが腕を振るい下ろす。

「精練されし聖なる水よ――、グラストアクア!!」
術により創りだされた水の矢が、キースの方に向けて放たれた。
それを軽々と飛び越えた男が、リネに向けて鎖鎌を投げ付ける。それをセルシアが戦輪で上手く弾き返した。
彼はそのままもう1つの戦輪をリトの方へ投げ付ける。――その行動にちょっと驚いた。セルシアは絶対にリトには攻撃出来ないと思ってた。
「イヴ!後ろ!!」
少しぼーっとしていた所為で、背後からのキースの攻撃に気付けなかった。
男のアッパーをかわす時間は無かったので、咄嗟に受身を取る。衝撃を何とか抑える事は出来た。
そこからロアがキースの後ろに走って双剣を振り下ろす。
それを間合いに入ってきたリトが大剣で防ぎきった。その左からレインが2人に向けて蹴りを放つが、2人にあっさりとかわされる。
2人の逃げた場所に、マロンが上手く弓を放ち、リネがもう一度‘グラストアクア’を放つがソレさえも防がれてしまった。
…力量は、五部五部……?いや違う…。向こうの方が強い。


「……二度も奇跡は起きるはずないし…ね」
幽霊船の時は絶体絶命の所でネメシスの石が助けてくれた。あれは本当に奇跡のタイミングだったと思う。
だが2回も奇跡が起きる筈がない――…。流石にもう一度ネメシスの石に頼るのはマズいだろう。自分達でどうにかしなければ。
それに相手は人間で言葉も通じる。今回はマロンも居る訳だし……寄生虫程負担は掛からない筈だ。多分。

「イヴ!次来るわよ!!」
リネが此方に向かって声を放ってくれた。その声に反応して咄嗟にその場に屈みこむ。頭上をキースの鎖鎌が駆けて行った。
とにかくリトを先にやっちゃおう。魔術士が残ってると後々対処に困るし、リトが居ると何時までもリネが大きな攻撃を出せない。
剣を握りなおして、レインと対立するリトの方に剣を振るった。
あっさりかわされ、此方に向けて大剣が振り回される。間一髪でソレをかわして、後ろに引き下がった。

「――Insanity」
其処にアシュリーが魔術を放った。黒き闇がリトに向けて襲い掛かる。
しかしその場を咄嗟に逃げられ、術は外れてしまった。
キースが此方に向かって走り出してくる。投げられた鎖鎌がアシュリーとリネの方に向かったが2人は上手くそれをかわして、その場から少し離れ
た場所で詠唱を開始した。

「血塗られた悪魔が笑う、狂気の茨姫(アラトスク)――ブラックチェイン!」
2人とは少し離れた場所に居たセルシアが、魔法陣を展開させたまま腕を振るい下ろす。
黒き鎖がリトの足を一旦捕らえた。
キースはロアとレインが対峙している。動ける状態では無さそうだ。…なら、行ける!!
真っ先に動きの封じられているリトの方に向けて走り出した。
大剣で防がれる事は分かっていたから、あえて死角から攻撃を加える。
死角からの攻撃は直感でかわされたが、その直ぐ後にセルシアの戦輪が鮮やかな孤を描いて此方に放たれた。
「っ――」
小さくリトが声を上げる。――掠った…?!
案の定リトが右腕を少し押さえていた。右腕から血が滲んでいる。…当たった!!
同時にブラックチェインの効果が切れ、鎖が音を立て地面に落ち、そして空気に溶けていく。
それを確認する前にマロンが弓矢をリトに向けて射った。流石に逸れは避けられたが――確実に一発は攻撃を食らわせたのだ。これならいけるか
もしれない…。

そう思ったのも、束の間。
「イヴ!!」
キースの攻撃を抑制するロアが、此方に向けて叫んだ。
身の危険を感じ、咄嗟に後ろに引き下がろうとするが――それが間違いだった。

「っ――!!」
銃弾が打ち込まれる音が洞窟内に響き渡り、それと同時に右足に激痛が走った。
一旦その場を離れて、右足を確認する。…うわ、凄い血……。思わず自分で苦い顔をした。
直ぐにマロンが走ってくるが、彼女の足元ギリギリの場所にまた銃弾が打ち込まれる。銃弾に驚いた彼女が一旦此方に走ってくるのを止めた。



「何してるの?皆して」


その声に、聞き覚えが。ある。
――もう帰ってきてしまったのか。やっぱりリトに一撃を食らわせた時点で駄目ごとでも退避すれば良かったかも知れない……。


洞窟の奥から拳銃を持って現れたノエルに、足の傷を抑えつつ大きく舌打ちをした。










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