船に戻ると、既に修理は終えている様だった。
何やら突然機械が元通りに動き出したらしい。――あの寄生虫が、機械の調子を狂わせていたのだろうか?
何にせよマロンを客室のベッドに寝かせ、一度自分達は外に出た。
論題は無論。――先程のあの‘光’についてだ。


*NO,30...怒り*


「結局あんた達は何したの?」
リネの問いに、イヴとセルシアが顔を見合わせる。
…そんな事言われたって唯手を取り合っただけだ。それ以外何も無い。
「何もして無いわ」
「嘘。何かしらの要素がないとあんな現象起きるはず無いわ」
「…唯手を取っただけだ。本当にそれだけ」
リネの言葉にセルシアが俯いたまま答える。彼も彼なりに先程の光に着いて考えているようだった。
そんな中リネが無言でイヴに手を突き出してくる。
どうやらペンダントを貸せと言っている様だ。仕方なくペンダントを外して彼女の手に乗せた。

「…別に普通のペンダントみたいだけど……」
真ん中に填められた大きな白い宝石と、その周りにちりばめられた小さな7色の宝石。
それが太陽の光に反射してきらきらと輝いていた。だがそれだけだ。他に何も無い。普通のペンダント。

「それは何処で手に入れたの…?」
アシュリーの問いに、イヴが答える。
「それ、お母さんの形見。…だから何処で手に入れたかとかは分からない」
「……そう」
アシュリーが目を伏せて何か考え事をしていた。
彼女、もしかして何か知っているのだろうか。…聞こうと思ったけれど、その前にレインの声が言葉を阻める。
「じゃあセルシアは?」
…それはちょっと気になった。
セルシアの方を見るが、彼はずっと俯いたまま黙っている。
「セルシア?」
ロアが声を掛けるが、彼は俯いて唇を噛み締めていた。――言いたくない、という所か…。
無理に聞こうとは思わないが――、…経緯を知りたいと思うのも確かだ。


「ちょっと、セルシア。聞いてんの?」
少し苛立った顔のリネが彼の傍に近付く。
「……ごめん、言いたくない」
セルシアはそう言ってリネから目を逸らした。…これは、絶対何か有るな。聞いた方がいいのか、聞かない方がいいのか。どっちなんだろう。
聞かない方が彼の為ではあるが、聞かないと何がどういう事だか分からない。
そんな中で誰もセルシアに声を掛けれない状態で居ると――彼女が動いた。

「言いたくないって…あんたどんだけ自己中なのよ。このアホ」
リネがそう言って無理矢理彼の右手を掴んだ。
そのまま黒の宝石が填められた腕輪に手を掛けようとして――。





――パンッ!


乾いた音が、甲板に響いた。

…誰もが目を疑って唖然となる。
叩かれた本人も怒りを忘れて、呆然となっていた。


今、――セルシアが、リネの事叩いた?








「……セル、シア?」

「…悪い。独りにしてくれ」


恐る恐るイヴが名前を呼ぶが、セルシアはそう言って踵を返しマロンの寝ている客室に戻っていった。
彼が客室に入ってしまってから、余計に混乱する。
今、確かにセルシアがリネの頬を叩いた。うん、この目でそれはしっかり見た。
彼に打たれたリネも、状況が読み込めないといったように呆然としている。

「…大丈夫か?リネ」
ロアが問い掛けると、リネが漸くその場を動いた。
「……平気よ」
少しだけ低いトーンで彼女が頷き、そしてイヴの隣に座る。


「…セルシアが怒ってんの……あたし、始めてみた…」
――小さくリネがそう言って膝を抱えて蹲ってしまった。
セルシアが怒ってるのを見たのは、自分達だって初めてだ。
普段彼はあんなに気持ちを乱さないし、間違っても幼馴染であるリネを打ったりなんかしない。
…それだけあの腕輪には触れて欲しくないのだろうか。



「…」
アシュリーが無言でその場を立ち上がった。
彼女はそのまま客室に向かって歩き出す。

「アシュリー?」
「…セルシアの事、見てくるから」

彼女はそう言って客室のドアノブに手を掛け、部屋の中に入っていった。
…セルシアの事は彼女に任せたほうが良いだろう。
とりあえず彼の事は置いておくとして――自分達は自分達で先程から蹲ったままのリネをどうにかしないと。


「セルシアにだって、触れて欲しくない隠し事の1つや2つ有るんでしょ」
そんな中レインがそう言って暢気にその場を立ち上がる。…本気で空気の読めない奴だな、コイツ。
ムカついたのですかさず拳で彼の足を殴った。
それからリネの肩にそっと手を置く。
「いきなりだったからちょっとセルシアも焦っちゃったのよ。
大丈夫だって。何時までも怒ってるのを引き摺る様な奴じゃないし」
「……ん」
元気無さそうにリネが頷き、涙目の顔を上げる。
彼女の頭を軽く撫でて、閉ざされたままの扉を見つめた。
――誰かが出てくる気配は無い。
まだ会話しているのだろう。
自分も行きたかったが行けばセルシアを余計に刺激してしまうかもしれないし、これ以上彼が怒ってしまっても困る。
内部の様子が分からない事にイヴは小さく溜息を吐いた。



* * *


客室の椅子で、溜息を吐いて頭を抱えた。
あの時は本当に反射的に彼女を叩いてしまったが――冷静に考えると最低な事をしてしまったと思う。
リネに謝りに行きたいがきっと彼女は怒っているだろう。許してくれる保障が無い。
堂々巡りの考えを続け、何度も溜息を吐いた。
何度目か分からない溜息を吐いた頃に、扉が静かに開く音がする。
顔を上げると、前に立っているのはアシュリーだった。

「……アシュリー」
「……」
彼女は何も言わずにセルシアの隣に座る。


「…リネ…怒ってた?」
「…罪悪感を感じてた。セルシアに悪い事をしたって」
「…そ、か」
自嘲気味に笑った彼が、そう言って顔を伏せる。
小さな溜息が聞こえた。反省はしている様だ。…というか、後悔と反省で一杯一杯と言った感じ。


「……リネには、謝りたい気持ちで一杯だよ。…けど」
長い沈黙の中で、セルシアが小さく声を上げた。
少しだけ会話に間が空き、それから彼は再び言葉を続ける。
「けれど、どうしてもコレの事だけは言いたくない。…言えば、きっと皆俺の事軽蔑する」
…コレ、とは多分腕輪の事だ。
‘軽蔑する’の意味が分からなかったが、とりあえずどうしても言いたく無い事だけは分かった。
そんな彼に今度はアシュリーが溜息を吐いて彼に言葉を投げる。

「腕輪がどうこう以前に…、セルシアがリネに謝るか謝らないかが大事なんじゃないの?」
大事なのは絶対に其処だ。
リネだってもう彼の傷に無闇に触れようとはしないと思うし、イヴ達だってもう聞く気は無いだろう。
だから大事なのは謝るか謝らないかなんだ。



「……そう、だな」
再び起きた静寂の中で、セルシアが小さく言葉を上げる。
「大事なのはそっちだよな…。さんきゅ、アシュリー」
そう言って彼は顔を上げて、ちょっとだけ微笑んだ。

彼はその場を立ち上がり、甲板への扉に手を掛ける。
「何処に行くの?」
「リネの所。…謝りに行ってくる」
アシュリーの言葉に彼が振り返ってそう言う。…どうやらちゃんと決心は出来た様だ。
彼女が微笑むと、セルシアは笑顔で部屋を出て行った。


* * *


暫く甲板の上の静寂にじっとしていると、客室の扉が開く音が聞こえた。
出てきたのはマロンなのか、アシュリーなのか、それとも――。
目線を横に投げると、風に靡いた銀色の髪が見える。
「…セルシア」
リネがちょっとだけ声を出した。
彼は無言でリネの傍まで歩くと、ちょっとだけ頭を下げる。

「――ごめん、リネ。俺がどうにかしてた」

…多分。アシュリーが説得か何かしてくれたのだろう。それか彼が自分で決めた意思か。
とりあえず彼はそう言ってリネに謝罪した。
声色からしてちゃんとした誠意としての謝罪である事も分かる。
それに対するリネの答えは――。

「…あたしこそ、ごめん」
そう言って、少しだけ顔を上げた。
その言葉にセルシアがちょっとだけ笑って、首を横に振る。
…うん。どうやら仲直りは出来たようだ。ほっとして胸を撫で下ろした。

「でも、腕輪の事は聞かないで欲しい。…何時か、絶対に言うから」
「……それで良いんじゃない?何時か言ってくれるなら、ね」
セルシアの言葉にレインがそう言って欠伸を浮かべる。
イヴとロアが顔を合わせて頷いた。既に自分達も納得済みだ。
何時か話してくれるならそれで良いし、彼が言いたくないのなら無理に聞く必要も無いと思う。
だから、これで良いんだ。

「…何時か、話しなさいよ?」
リネがそう言って笑顔を浮かべる。
その言葉にセルシアが同じように笑顔を浮かべた。
「…うん。ありがとう」

…後でアシュリーにはお礼を言わないといけなさそうだ。多分、セルシアを説得したのはアシュリーだ。
笑顔の2人を見ながら、イヴも釣られてちょっとだけ笑った。










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