階段を上がって上に戻る事は出来ない…というより危ないので、船の奥に向かって歩き出した。
こうしてセルシアと遭遇出来たのだから、他の3人も同じように何処かに散り散りになりながら操られて居るのかもしれない。そんな淡い期待を抱
きつつひたすら薄暗い船内を歩き回る。
「せめて懐中電灯とかそういう物が有れば良いんだけどな」
ロアの呟きにイヴが眉間に皺を寄せながら反論した。
「光で寄生虫に見つかったら笑い事じゃ済まされないじゃない。こっちの方が効率は良いわよ」
「…でもさ。暗いと何も見えないことね?何が何処にあるのかも…」
ロアがそう言葉を述べている途中。――‘あの音’が聞こえ、思わず足を止めてしまった。


*NO,25...Why?*


……遠くの方から、這いずり回る音が聞こえる。
――来た。全員が全員そう思った。
「どうする?退避するか??」
「…そうした方が良いでしょうね。退治法も分かって無い訳だし」
なるべく音を立てずに、来た道を戻った。
幸い向こうはまだ此方に気付いていないらしい。這いずり回る音はまだ遠いままだ。
とりあえず近くの部屋に入って、身を潜めることにした。
安全そうな部屋を選び、中に潜り込む。…どうやら此処は倉庫の様だった。部屋の鍵を掛けて、近くの貨物に座り込む。
「なんか…鬼ごっこでもしてる気分になってきたわ」
「鬼ごっこって…そんな軽い物じゃないだろ。これ」
イヴの言葉にセルシアが苦笑を浮かべたまま呟く。
そんな中マロンが何かを見つけたのか、床に落ちている紙の様な物を拾い上げた。
「それは?」
ロアが不思議そうに覗き込む。マロンもまた首を傾げながら呟いた。
「多分…この船の地図?だと思う」
「見せて」
イヴが立ち上がり、マロンから地図を受け取る。
…確かに、紙には船の地図の様な物が書かれていた。これは使えそうだ。
「とりあえず来た道をメモしておきましょ。後から帰る時に楽だし」
たまたまポケットにペンが入っていたので、それを使って地図に今までのルートをメモしておく。
それから地図を見て気付いたが、どうやらこの船は地下3階まである様だった。どんだけ広いんだ、この船。
とりあえず1階の探索は後回しだ。
セルシア達が行ったという船員室は危険そうだし、あの廊下は寄生虫が徘徊する道の通り道になっているのだろう。
そして此処が地下1階。とりあえず此処を調べまわってみる事が先だろう。それから地下2階を調べ、地下3階を調べる事にしよう。…1階に戻るま
でにはもう1人くらい誰か見つかると良いのだけれど。

「これ、あたしが貰っても良い?」
「うん。イヴが持ってて」
マロンに問うと、彼女が微笑みながら頷いた。

「しっ!!」
そんな中セルシアが強張った顔で人差し指を口に当てる。思わずその場で固まった。
…無言になった部屋の外。
廊下を這いずり回る音が聞こえた。奴が近付いてきたんだ。だが動きのペースが遅い事からして、こちらには気付いていない事が伺える。
幸い奴は部屋の中を調べる気は無いらしくイヴ達の居る部屋をそのまま通り過ぎていった。
そうして再び這いずり回る音が遠ざかってく。…何とか助かった。
這いずり回る音が完全に聞こえなくなってから、深い溜息を吐いた。
「…とりあえず行ったみたいだな。もう廊下に出ても大丈夫なんじゃないか?」
「じゃあ調べ回るなら今の内だな。何処を調べる?」
ロアに問われ、咄嗟に地図を見直す。なるべく遠い所から調べよう。
そう思って真っ先に目に入ったのは備品庫と書かれた場所だった。…見るからに怪しそう。
「備品庫に行く。此処から一番突き当たりにある部屋よ」
イヴが扉に近付き、ゆっくりとドアノブを回しながら行った。
少しだけ扉を開けて周りを伺うが、這いずり回る音も聞こえなければ不気味な触手の影も見えない。
「…下に降りたか、上に上がったんでしょうね。多分当分は大丈夫よ」
「じゃ、行くか」
最初にイヴが部屋を出て、地図を頼りに廊下を歩き出した。
マロンとセルシアがそれを追いかけ、最後にロアが部屋を出る。
なるべく物音を立てぬよう備品庫に向かって慎重に歩いた。もし上の階に寄生虫が居るのなら、気付かれて来られても困る。
それに備品庫までの道は隠れる場所が少ないのだ。部屋数も少なく、隠れるのも難しい。
だから見つかる訳には行かなかった。慎重に歩いて――どうにか備品庫の前に到達する。
中で這いずり回る音が聞こえない事を確認してから、扉をゆっくりと開いた。


――初めに見たのは。


「――リネっ!!」
…気絶してるリネの姿だった。
近付こうとするセルシアの体を掴んで無理矢理抑える。
「ちょっと待ってセルシア!…周りを良く見て」
「…?!」
イヴの言葉にセルシアが回りを見つめて――気付いた。この部屋の‘異常’に。

「…これ、蜘蛛の巣……?」
部屋の至る所には蜘蛛の巣の様な物が張り巡らされていた。しかも透明だから視力が悪い人間だと見えにくい。幸い自分とマロンは視力が良か
ったから蜘蛛の巣に引っかからずに済んだが。
たかが蜘蛛の巣と思うかもしれないが、…この蜘蛛の巣の数はとにかく異常なのだ。
太くて長く、おまけに透明で見えづらい蜘蛛の巣が部屋に幾重も張り付いている。まるでセンサーの様だった。
だがこの蜘蛛の巣を潜らないとリネが居る場所まで辿り着けない。――彼女の体もまた、蜘蛛の巣の糸によって固定されていた。両腕と両足が強
く固定されて部屋の中央に宙吊りの様な形になっている。
遠くから見ると全く蜘蛛の巣が見えない為、まるで彼女自身が宙に浮いている様だった。
因みに、リネが目を覚ます気配は全く無い。

「…呼んでも無駄でしょうね」
「どうするんだ?この蜘蛛の巣」
「剣でぶった切る。…だと、切れなかったら困るしね……」
イヴが小さく溜息を吐いた。
彼女は床に落ちていた木の板の様な物を拾い上げ、蜘蛛の巣に向かって投げ込む。
蜘蛛の巣に当たった石ころは、巣の粘着力によって糸の1つに張り付いた。
恐怖したのは此処からだ。
すかさず上の天井から巨大な蜘蛛が落ちてくると、木の板を一口でばくりと食べてしまった。…驚きの余り声を失う。
そして蜘蛛はそのまま闇の広がる天井に再び素早く戻っていった。…これ、洒落になんないわね。本当。
「……おい、今のって……」
「…この巣を作った張本人じゃない……?
こんだけ大きな巣なんだから、デカい蜘蛛の1つや2つ住んでても不思議じゃないわ」
「でもこのままじゃリネが…」
「…危ないわね」
正直、彼女が何時蜘蛛に食べられても可笑しくない状況だった。
寧ろ何故食べないのかが怪しい。
…まさかリネを餌にして自分達を捕まえて、後からゆっくり全員平らげる気だった…とか?!
有り得ない。とは否定できない考えだった。というかぶっちゃけ有り得過ぎる。

「…でもどうするんだよ、この蜘蛛の巣」
「剣で切って剣ごと喰われても困るしね……」
焦りと緊張が生まれる。
早くリネを助けないといけないのは分かっているのだが、助け出す方法が分からなかった。

「…魔術は?」
セルシアが閃いた様に提案する。だが直ぐにイヴが首を横に振った。
「敵がコイツだけなら魔術で良いけれど――廊下で寄生虫が徘徊してるのよ?
気付かれてこっちまで来られたらそれこそ終わりだわ」
「じゃあどうすれば…」
溜息を吐いたと同時に。――確信と言うより‘賭け’が浮かんだ。
「…アシュリーなら何か分かりそうじゃない?」
彼女はウルフドール族。自分達の数倍は生きてきた者達の王だ。もしかしたらこの状態をどうにかする事も出来るんじゃないだろうか。
「…先にアシュリーを探すって事か?」
「だって、今のあたし達だけじゃどうしようもないじゃない」
「……」
セルシアの言葉に、イヴが返答をする。それが正しい意見という事を分かっているのか彼はそのまま黙り込んだ。
リネを助けたい気持ちは分かるけれど…今はそうするしかないんだ。というか、彼女を助ける為にはアシュリーに賭けるしかない。彼女がこの状況
をどうにかできる可能性は2分の1だけど、それでも今は彼女に賭けるしかないんだ。
駄目だったら別の方法を考えるしかない。
――本当はそんな悠長な事言ってられないのだがもしあの蜘蛛が自分達を食べるのを目的としているのならリネはまだ当分大丈夫の筈だ。


「……分かった。早いところアシュリーを探そう」

長い沈黙の後、納得したのかそうでないのかよく分からないがセルシアが呟いた。
とりあえず納得したと受け止めておこう。頷いて一旦蜘蛛の居る部屋から退却する。
――必ず助けるから、ちょっと待ってて。
リネには心の中でそう呟いた。気絶している彼女には届いていないだろうが。


廊下を戻り始めて過ぐ――向こうから這いずり回る音が聞こえる。
「ちっ…もう来やがったのか!!」
「あの扉に逃げて!階段よ!!!」
イヴが地図を見ながら遠くの扉を指差した。
――寄生虫の方に自分達から近付く事になってしまうが逃げ道はあそこしかない。
「ったく…来るならもっと遅くにしろよなっ!!」
拳銃を抜いたロアが、威嚇程度に寄生虫に向かって発砲する。
少しだけ寄生虫が怯んだ。其処にセルシアが走りながら戦輪を投げ付け、寄生虫の動きが止まる。
「今の内!!」
扉を開いて3人を待つロアの方に、イヴ、マロン、セルシアの3人が一目散に走り出した。
少しだけ動き出す寄生虫に警戒しながらも徐々に足を速める。この距離なら寄生虫が完全に動き出す前に階段に駆け込める筈だ。
一気にスパートを駈けようとして―――。
「きゃっ!!」
「マロン?!」
…思わず足を止めてしまった。彼女の方を振り返ると、転んでしまったらしくその場に座り込んでいる。
駆け寄ろうとするイヴを、セルシアが手を引っ張って止めた。
「行くな!!」
「煩い!離せっ!!」
セルシアの手を無理矢理引き離そうとするが、向こうの方は男なので流石に力量の差で振り払えなかった。

「私なら大丈夫っ!!3人は先に行って!!」
挫いたのか、何なのか。座り込んだまま動かない彼女がそう言って綺麗に笑う。
――その意図を読み取ったセルシアが、無言でイヴの手を引いて走った。
「離せって行ってんでしょ!!」
「今マロンを助けに行って俺達まで全滅したら――誰が他の3人を助けるんだよ?!」
「っ――」
セルシアにそういわれ、思わず黙り込んでしまう。…そうだ。今マロンを助けに行っても、どうせ自分もマロンも寄生虫に捕まっていた。どの道あの
位置からじゃマロンは寄生虫に捕まっていた筈だった。
悔しいけれどセルシアの意見は正論だ。反論が出来ない。
階段に無事に辿り着き、ロアが扉を締める。
一瞬振り返るが――既に目の前を寄生虫が通過した後で、マロンがどうなったかは見えなかった。
…見ない方が良かったかもしれないけれど。


ロアが無言で扉を締めて、鍵を掛ける。


「…ちょっと休むか?」
「……平気。休んでる暇なんて無い」
溢れそうな涙を無理矢理拭って、階段を下りた。
そうだ、こんな所で泣いている暇何て無いんだ。泣いたってマロンが帰ってくる訳じゃないし、誰かが助かる訳じゃない。あたし達は先に進まないと
行けないんだ。――たとえ1人になっても。

「…絶対助けるから…マロン」
小さく呟いて、イヴは階段を下りた。










BACK  MAIN  NEXT