アシュリーに案内された部屋を使って、昨日は久しぶりにゆっくり眠れた。
それは他の皆も一緒の様で、彼らも爽快な顔を浮かべている。
「よく寝れましたか?」
「お陰さまでね。有難う、ヘケトー」
応接間に居たヘケトーの問いに、イヴは笑顔で返した。


*NO,19...逃走*


「そういえば、アシュリーは?」
起きてきたロアがそう言って辺りを見回す。…確かにアシュリーの姿を朝から見ていなかった。
「多分散歩だと思いますよ。よく外に行かれる方なので」
奥の部屋から朝食を運ぶヘケトーが答える。
散歩。…楽しそうでは有るが、仮にも王族である彼女がそんな簡単にふらふらと出歩いて大丈夫なのだろうか。
そんなコトを考えながら用意された朝食の前に座る。
「何か手伝いましょうか?」
「いえ、大丈夫ですよ」
マロンの問いにヘケトーが笑顔で答えた。
その仕草までまるで本物の人間だ。…案外、今まで自分達が住んでいた場所の付近にもウルフドール族が居たんじゃないかと思う。まさかウルフ
ドール族が本当に存在して、しかも伝説の様に人間の姿に化けれるなんて夢にも思っていなかった。
「うは。美味そー」
そんな中大きな欠伸をしながらレインが部屋に入ってきた。
「リネとセルシアは?」
そんな彼にロアが問い掛ける。席に着きながらレインが問いに答えた。
「まだ寝てるんじゃね?部屋覗いてねえから分からねえよ」
「じゃあ、あたし見てくるわ」
一度座った席を立ち上がり、イヴが応接間を飛び出す。
まずはリネの居る部屋を訪れてみた。――部屋は1人1部屋貸して貰った。
「リネー?」
扉をノックしながら彼女を呼ぶ。…だが返事が帰ってこなかった。
コレは絶対にまだ寝ているな。苦笑しながらドアノブを回して部屋に入る。
案の定彼女はまだ夢の中だった。
ベッドの上で布団に包まって、まだ眠っているようだった。
「リネ。朝よ」
「……んー…」
…駄目だ。正直起きる気配がしない。
溜息を吐いて部屋を後にした。先にセルシアを起こしに行こう。
隣のセルシアの居る部屋をノックする。…こちらも返事が帰ってこなかった。
ノブを回して部屋に入る。彼もまだきっとベッドで寝て…って、あれ?

「…居ない…?」
――部屋に彼の姿が無かった。
まさか入れ違いとか?もう応接間に向かったのだろうか。
一旦部屋を出ると、丁度アシュリーが外から戻ってきたらしく廊下で鉢合った。そしてその隣には――既に目を覚ましたセルシアが居る。
ああ。そういうコト。
つまりアシュリーはセルシアと一緒に散歩に行っていた訳か。
確かに誰も‘一人で散歩に行った’なんて聞いてなかったし。…漸く納得した。
「あ、イヴ。お早う」
「…おはよ。ついでにリネ起こしてきてくれない?」
声を掛けてきたセルシアに、言葉を返す。その言葉に彼が苦笑した。
「…朝弱いからなあ。あいつ」
そして苦笑したままリネの部屋に入っていく。…まあ彼女の事はセルシアに任せていいだろう。多分。
「おはよ。アシュリー」
「…おはよう」
改めて彼女に声を掛けると、彼女から返事が帰ってきた。
「散歩?」
「…うん」
応接間を目指しながら軽く会話をする。
部屋に入ると、既にレインが朝食のパンを口にくわえていた。…待ってるとかそういう思いやりはないのだろうか。コイツ。
軽く頭をはたいて席に着いた。
アシュリーがその向かい側の席に着く。
「あ。おはよう、アシュリー」
「…おはよう」
マロンの言葉に先ほどと同じ声でアシュリーが返す。
少しして不機嫌そうなリネと頭を抑えるセルシアが部屋に入ってきた。
…あの調子からすると、絶対に起こそうとして頭を殴られたのだろうな。予想が出来て思わず苦笑する。
アシュリーの隣にセルシアが座って、その向かい側にリネが座る。
ヘケトーの姿は既に無かった。向こうで水の音がするので何かしているのだろう。
朝食を口に運びながらそう思っていると、アシュリーが声を掛けてくる。

「…昨日言ってたわよね。此処に来たのはグランドパレーの調査だって」
「ああーっと…言ったわね。そういえば」
嘘ではないし、隠す事でもないので頷いた。
「その調査についてなんだけど。…この里の事は誰にも言わないで欲しい」
…彼女の言いたいコトはなんとなく分かった。
このまま他人にこの場所が知られたら、次々とグランドパレーに人が訪れるだろう。そうなればウルフドール族はまた里を移動しなければならな
い。
「分かったわ。此処の事は報告しない。それで良いわよね?」
「…ありがとう」
イヴの言葉にアシュリーが安堵の顔で微笑む。
「ま。報告したって俺たちに利益がある訳じゃないしねー」
「…あんたが報告する訳じゃないでしょ」
暢気な顔のレインに、リネが悪態を吐いた。そのまま彼女が頭を引っぱたこうとするので、レインが慌ててそれをかわす。段々コイツも突っ込み(と
いうか最早攻撃)をかわすの上手くなってきたな。次から殴りたくなったら拳じゃなくて蹴りにしとこう。そんな事を考えていると、

「アシュリー様」
奥の部屋からヘケトーが顔を覗かせた。
彼はアシュリーの傍に行くと彼女に小声で何かを告げる。――彼女の眉間に刹那皺が寄った。
「…どういう奴等?」
「恐らくunion系の人間だと思います」
「…ちょっと、それ何の話?」
深刻な顔をして何かを話す2人に、リネが割り込む。
ヘケトーが一瞬アシュリーの方を見た。話していいかを確認している様だ。彼女が小さく頷いたのを見てヘケトーが口を開いた。
「門番からの連絡で、人が来ているらしいんです。――恐らくunion系の人間かと」
「…あの。それってもしかして…」
「……絶対そうだろ」
「……どこまで追いかけられるんだよ、俺達」
ヘケトーの言葉にマロン、ロアが顔を見合わせながら溜息を吐き、レインが言葉を上乗せする。
「御知り合いですか?」
「知り合い過ぎて困るわ。本当に」
イヴが席を立ち上がり、部屋の外に向かって歩き出す。
その姿を最初追いかけたのがセルシアだった。

「BLACK SHINE、てコトか?」
「…そうとしか考えられないでしょ」
セルシアの問いにイヴが半ば呆れ顔で頷く。そんな2人をマロン達が慌てて追いかけた。
「…私も行って来る」
そんな中アシュリーが席を立ち上がりヘケトーに言葉を投げる。
「……お気をつけて」
彼が軽く頭を下げたのを見守って、神殿の応接間を出た。


* * *


門の外を出た所で、想像していた顔を見てまた溜息が零れた。
「どこまで追いかけて来る気よ?」
イヴの問いに彼女が笑って答える。
「地獄まで、かしら?」
「ああ…そう」
彼女――ノエルの言葉に頭を抱えながら剣を抜く。これは相当厄介な敵に目を付けられたなと今更ながら実感した。
「でも今回の目的は貴方じゃないの。貴方を囮にしていたのは確かだけれど」
ノエルがそう言って微笑む。――囮?
何となく嫌な予感がした。囮、とはどういうコトなのだろうか。
自分達を殺す事が目的でないのなら、この島にきた理由は――――。

「…やっと見つけたわよ。――ウルフドール族の王、アシュリー」

アシュリー以外、無い。
遅れて此処に来たアシュリーが眉間に皺を寄せていた。
「貴方の力が必要なのよ。ご同行願おうかしら?」
「…遠慮するわ」
一歩後ろに下がりながら、アシュリーが嫌悪の顔で答える。
彼女も意図的に悟ってくれたようだ。――アレは敵だ、と。
「なんの計画だか知らないけど、潰さなきゃいけないことはよく分かったわ」
「あら、そう?」
イヴの言葉に彼女は相変わらず妖魔の笑みで答える。
とは言った物の、前回負けているだけあって勝てるかどうかが正直不安だった。
このまま何処かに逃げて撒くか?…いや、どの道里の場所が知られてしまったのだから駄目だ。
アシュリーさえ良ければ船から島を離れるという手も存在するが…。
お互い睨み合いながら一歩も動けない状態が続く。
どうする。どう出る?どうするのが最善だ??
まともに戦って勝てる自身は正直言ってない。だからといってこのまま逃走しても逃げ切れる自信もない。
――せめてアシュリーがコイツ等から逃げ切れれば良いのだけれど。

色々考えていたそんな時、後ろから誰かが走ってくる音が聞こえた。――また敵か?
振り返ると、そこにはヘケトーの姿が合った。
「大丈夫です。此処は任せてください」
今の状況を分かって言っているのか、それとも彼女への危険を察知したのか。ヘケトーが薄く笑いながら言う。
「…できれば、アシュリー様を逃がして欲しい。この島から」
「…それで良いのなら、そうするわ」
ヘケトーの言葉を聞いてから、真っ先にアシュリーの手を取りその場を走り出した。
「ちょ、イヴ?!」
走り出したイヴと、彼女に引き摺られるアシュリーの姿をロア達が慌てて追いかける。
「逃がさないわよ。――ブラックチェイン」
「――シャインドグロス!」
ノエルからの術攻撃を、最後尾を走るセルシアが上手く魔術で弾き返した。
それからイヴを追いかけ彼が走り出す。
最後に見えたのは聖獣の姿に戻ってノエルと対峙するヘケトーの姿だった。










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