地面に残された巨大な足跡を追って、早数分。足跡の数は奥に進むにつれ数多く見られる様になって来ていた。 そしてその足跡は全て一点へと向かっている。――この奥に何が? 息を潜める様に慎重に歩きながら、イヴ達は尚も奥を目指していた。 *NO,18...ヴィオノーラ* 奥に進むに連れ、皆が無言になっていく。そしてそれに比例するかの様に徐々に増えていく足跡。 イヴがそろそろ憂鬱な溜息を吐いたそんな時――。 「…あれ、里か何か…か?」 レインが遠くを指差しながら呟いた。 その言葉に地面を見つめていた全員が一斉に顔を上げる。…確かに、里の様な物が見えた。祠の様な造りをした古そうな家も見える。 これはもしかして――。イヴが口を開きかけて、 「――隠れ里よ。…ウルフドール族の」 誰かの声が背後から聞こえた。何処か大人びた、耳に残るかのような声。 そしてその声には聞き覚えがある。 メルシアの森で出逢った、ふらりと何処かに行ってしまったあの子――。 「…アシュリー」 振り返り際にロアが呟く。 彼らの背後には、何時の間にか黒髪を靡かせた少女――アシュリーが立っていた。 「――知り合い?」 リネが疑念の眼を向けながらイヴに問い掛ける。 …まあ、背後から行き成り声を掛けられたら誰だってそうなるだろう。 「メルシアの森で別行動になった時合ったでしょ。その時に助けてもらった子」 「…どうして、此処に?」 イヴの返答を受けて、尚リネが疑念の眼を向けながら彼女に問い掛けた。 だがリネの問いに彼女は答えず、そのままふらりと里を目指して歩き出す。 「…ちょっと?」 「来れば分かるから」 彼女はそのまま前に向かって歩き出してしまった。 一瞬全員が顔を合わせて迷いを見せるが、直ぐに彼女の後姿を追いかけ歩き出す。 助けてくれた子なのだから悪い子では無いのだろうし、それに彼女はあの里に着いて何か知っている様だった。 ――ウルフドール族の隠れ里、とさっきは言っていたが…、あれは本当なのだろうか。 「ちょっと、ホントに信じて大丈夫なんでしょうね?」 そんなイヴに向かってリネが小声で問い掛ける。 「大丈夫でしょ。…多分」 心の中では大丈夫だと確信しきっているのだが、それを証明する物が無いので曖昧な返事になってしまった。 だがリネはその意図を読み取ってくれたらしく、それ以来は無言でセルシアの横を歩いている。 そうして辿り着いた里の入口には――2匹の大きな獣が待ち構えていた。ライオンの様な体系の、何処か澄ました顔をしている。 里の門番であろう聖獣達は、アシュリーの顔を見るが血相を変えて扉を開いた。 「彼らは私の知り合い。…害は無いわ。通して」 「…アシュリー様がそう望むのなら」 里への扉がゆっくりと開く。 中には同じように大きな獣が溢れていた。――これが、ウルフドール族…? なんとなく直感でそう理解したのだが、アシュリーはどうして簡単に里に入れたのだろうか。 彼女もやはりウルフドール族? 「…大丈夫よ。いきなり飛び掛って来るような子達じゃないから。少なくとも私と行動してる間は、平気」 「…入った瞬間総攻撃とかないでしょーね」 「そんな野蛮な事しない」 レインの言葉をアシュリーが眉間に皺を寄せながらきっぱりと否定する。 彼女はそのまま扉を潜り抜けて行った。 不安は合ったがとりあえず扉を潜り抜ける。 一瞬里の中に居た聖獣達が目を瞠る様に此方を見たが、直ぐに平常な顔に戻った。 「…だから平気って言ったでしょ」 「…とりあえず安全なのは良く分かったわ」 アシュリーの言葉にリネが返した。彼女はそのまま言葉を続ける。 「それは良いとしてもよ。貴方、アシュリー…だっけ? 此処がウルフドール族の里ってのは何となく理解もしたけど…何で貴方はこの中に入れる訳?」 「…私もウルフドール族だから」 …やはりそうなのか。彼女の口から聞いて確信した。 ウルフドール族は伝説にしか存在しない聖獣だと思っていたのだが――本当に存在していたのか。 彼らは伝説上、人間の姿に化けれる事になっている。 …恐らくアシュリーがそうなのだろう。彼女もきっと本当の姿は彼らと一緒で聖獣に違いない。だから何だという訳では無いのだが。 「着いて来て」 彼女はそういって里の中を進み始めた。 直ぐにその後ろ姿を追いかけるが、里に居るウルフドール族からはかなり不審を抱かれているようだった。アシュリーと一緒に居るからかろうじで 何もしてこないという所だろうか。 彼女は何者なのだろう。 少なくとも唯の聖獣ではなさそうだ。少し偉い地位とかにでも居るのかもしれない。 「…目線が痛いな」 「…彼らにとってあたし達はそれだけ‘異端’って事なんでしょ。 あたし達がウルフドール族を‘異端’だと思うのと同じでね」 ロアの呟きにイヴが呆れ顔で返す。彼女は既に目線を気にしていない様だった。 「でも、きっと良い人達だよ」 マロンが穏やかに笑いながら言葉を続ける。…確かに、見た目では良い人そうには見えるが。 そんな訳でアシュリーに連れられてやって来たのは――神殿の様な場所だった。 階段を上がり神殿の入口に居るウルフドール族に、彼女が何か話をしている。イヴ達は階段の下で待機していたがやがてアシュリーが開かれた 扉の中を指差した。…中に入れという事だろうか。 彼女を追いかけ階段を上がり、神殿の中に足を踏み入れる。 神殿の中には長い廊下が続いていた。所々扉がついている。 アシュリーはその中でも一番奥の部屋の扉を開けた。彼女に着いていき扉の中を潜り抜ける。 ――そこはどうやら謁見の間の様だった。部屋の奥には輝く玉座が配置されている。 そして奥の部屋から綺麗な毛並みのウルフドール族が出てきた。 少し警戒している聖獣に、彼女が話しかける。 「大丈夫。悪い人じゃないから」 「…ですが」 「私が良いって言ってるんだから良いの」 「…そうですね。申し訳在りません」 瞬きをしている間に、奥から出てきたウルフドール族は聖獣だった筈の姿が人間に変わっていた。 薄いブラウンの髪をした、人間の年齢でいうと二十歳ぐらだろうか。そんな男が立っている。 男はこちらに近付いてくると、イヴ達の顔を覗き込む様に見つめる。 それから少し悩んだ顔をして――やがて言葉を呟いた。 「…確かに、悪い人間ではなさそうだな。 疑ってすまなかった。俺はヘケトー。アシュリー様のお世話係と言うべきだろうか?そんな感じだな」 「…まだちゃんとした自己紹介してなかったわね。 私はアシュリー。――ウルフドール族の頂点に立つ者。王族の一人よ」 彼女はそう言って軽く頭を下げた。 慌てて此方も頭を下げる。 王族の一人。って事は相当偉いんじゃないのだろうか。 だから里の人間には‘様’付けで呼ばれ、顔を見ただけで扉を開けてもらえたのだ。改めて納得した。 「…こっちこそ疑って悪かったわね。あたしはリネ。リネ・アーテルム」 最初に口を開いたのはリネだった。 確かに彼女が一番アシュリーを疑っていた気がする。だが彼女の疑いも晴れたようだった。 「俺はセルシア・ティグト」 「マロン・リステリーです」 「レイン・グローバルだ。宜しく」 3人が軽く挨拶をして頭を下げる。 「じゃああたしも改めて…。イヴ・ローランドよ」 「ロア・マッドラスだ。改めて宜しく」 「此方こそ宜しく」 確かにアシュリーの動きには不思議だが何処か気丈さも現れている気がする。きっと幼い頃からそういう教育をされてきていたのだろう。 軽い挨拶を済ませた所で、何時までも入口に居るのもどうかと思ったのかヘケトーが席まで案内してくれた。 丁度人数分ある椅子に腰掛け、前を向く。――ヘケトーはそのまま何処かに行ってしまった。彼女の世話係といって居たから、恐らく何かをしにい ったのだろう。 「改めて質問するけど――此処はウルフドール族の里なのよね?」 「ええ。ウルフドール族の隠れ里‘ヴィオノーラ’。…私達はそう呼んでるわ」 艶やかな黒髪を靡かせアシュリーが頷く。 「今までずっと此処に隠れ住んでいたんですか?」 マロンの問いに彼の方をみながら彼女が答えた。 「…今から三千年くらい前は人と一緒に暮らしてた見たいなんだけど、ある日ウルフドール族を虐殺される事件が起きたらしくてね、それ以来はず っと此処で隠れて暮らしてるみたい。ヘケトーがそう言ってたわ」 「ぶっちゃけた事聞くけど、アシュリーちゃん達て今何歳よ?」 彼女から一番遠い席に座って居るレインが問い掛けた。 …ホントにモラルも礼儀もなってない男だなと思う。隣に座って居るリネが彼の体を軽くどついていた。 「里で一番歳をとってるのが私のお父さん。――四千年ぐらいは生きてるって言ってたわ。 ヘケトーは三千七百二歳。お父さんとは仲が良いみたい。 私は千八百五歳。まだ幼い方よ。これでも」 「…途方もない話だな」 苦笑を浮かべたセルシアが言葉を返す。だが確かに途方もない数字だと思った。 百年前後が寿命の自分達にとったら、彼らはその数十倍の歳を生きていくのだ。 自分達にとっては1日がとても長く感じるが、彼らにしては1日などほんの一瞬に過ぎないのかも知れない。そんな事を感じた。 「私からも良いかしら。――何故この島に?」 アシュリーの問いにイヴが返す。 「所属しているunionからの仕事なの。グランドパレー諸島を調べるように、ってね」 「…成る程ね」 アシュリーがそういって何かを考え込む顔を見せた。そんな彼女にロアが問う。 「アシュリーこそ、何でメルシアの森に居たんだ?」 「メルシアの森には此処へ通じる秘密の道みたいな物が有るのよ。勿論人には分からないような場所に、ね」 成る程。だから彼女はメルシアの森に居たのか。改めて納得した。 恐らくこちらの世界を眺めに来ていたのか、何か特別な理由があったのだろう。 その帰り道に、偶々自分達が倒れているのを見て助けてくれたという事か。 「どうして俺達が悪い人間じゃないって思えたんだ?こっちの世界には偽善も嘘も有り触れてるぜ?」 レインが少し眉間に皺を寄せながら問い掛ける。…確かにそれは気になっていた。 「…千年も生きてるとね、表情で分かるのよ。この人は悪い奴で、この人は良い人だ。って」 「俺たちは良い人だった?」 「少なくともウルフドール族を殺そうとか、そんな事を考えている様には見えなかった」 「そりゃ、考えてない事なんか顔に出ねえわな」 レインがそう言って相変わらずの下品な笑いを浮かべる。 すかさずリネが彼の腹部を思い切り殴った。鈍い音が鳴って、レインが腹を抱え出す。それをセルシアとマロンが苦笑で見つめていた。 「あんた少しは礼儀って物知りなさいよ。アシュリーは王族なのよ?」 「リネっち酷いー。暴力はんたーい」 「いっそ轢き肉にしてあげようか?」 笑顔でナイフを取り出そうとする彼女を、慌ててレインが宥めた。 そんな彼らを見てイヴとロアが顔を引きつらせる。 アシュリーが口元を吊り上げてくすくすと面白そうに笑っていた。 「今夜は神殿の部屋を貸すわ。ゆっくり休んで」 「有難う。言葉に甘えるわね」 アシュリーの言葉にイヴが答えを返す。 未だ奮闘をするリネとレインを宥めつつ席を立ち上がり、アシュリーに案内された部屋に向かって歩き出した。 BACK MAIN NEXT |