「気になってた事があるの。…あんたにしか言えない事」

早朝から彼女がそう言って此方を見る。
「…気になってた事?」
リネの言葉に、セルシアが小首を傾げた。


*NO,15...別行動・後編*


昨日は結局誰も見つからなかった。
辺りも暗くなり始めており、これ以上の捜索は危険も高いと言う事で、偶々近くにあった小さな洞穴に入って一晩を過ごしたのだ。
洞穴にいる間、近くの川でとりあえず傷を洗って、止血の為に服を破いて適当に巻きつけておいた。
そのお陰か今日は昨日に比べれば痛くは無い。…相変わらず激痛である事に変わりは無いが。
という訳で今日も今日で、リネに支えられながら歩く結果となってしまっていた。我ながら自分が情けないと思う。
そんな中で彼女が言葉を投げてきたのだった。…気になってた事、とは何だろう。

「兄さんの話」
「…リネ。お願いだからその話はしないでくれ」
思い出したくも無い記憶が脳裏を駆け巡る。…絶対にリネには言えない記憶。
「兄さんは今も行方不明。よね?」
「…そうだよ」
少し素っ気無く返してしまった。やっぱり無理だ。この話になるときりきりと胃が痛む。
…自分が余りにも酷い顔をしているからだろうか。リネが少し悩んだ顔を見せたが意を決して言葉を投げかけた。

「BLACK SHINEに、兄さんに似た人が居たの。…似てるなんて問題じゃない。それこそ瓜二つ」
「…!?」
思わずリネの方を見てしまった。
何だよ、その悪い冗談。そう言ってやろうと思ったのだがリネの顔は至って真面目だ。
真面目な顔してふざけた事を言うような子じゃない事は分かっている。…じゃあ、本当…?
「…いや。有り得ない」
リネの言葉を思いきり否定する。その言葉にリネが不思議そうな顔を浮かべた。
「……行方不明なんだぞ?有り得ないだろ。見間違いだって」
「あたしが自分の兄を見間違える訳ないじゃない。それにホントにそっくりなの」
セルシアの言葉にリネが目を鋭くして反発してくる。
…返答に困った。

リネの兄。――リト・アーテルムは9年前から行方不明だった。
彼が行方不明になってからは自分がリネを育てていた。
幼い頃のリネは、度々俺に聞いてきたっけ。何時兄が帰ってくるのか。って。
その度に「リネが良い子にしてたら帰ってくるんじゃないか?」と誤魔化し続けてたけど。
…本当は分かっていた。確信めいたものが胸の内に在った。

リトはもう、絶対に戻ってこないこと。

だから今更リトが現れる筈も無いし、現れたとしても何故リネに気付かなかった?
彼はリネの事を本当に大事にしていた。…ずっと傍に居た親友の事ぐらい、ちゃんと理解してるつもりだ。
だからリネの見た‘兄に似た奴’は唯の‘似た人’に違いない。彼女が絶対に見間違えたんだ。


「お前の見間違いだよ」
確認するように言葉に出すと、リネが不満そうな顔をして何か言いたげに口を動かすが――何も言ってこなかった。
「…ごめん」
そう言って、彼女がそっぽを向く。
…どうやら何時の間にか泣いていたみたいだった。目から雫が零れ、それは乾いた頬に伝う。
「…俺こそ、ごめん」
それがリネを黙らせた原因だと気付いて、慌てて涙を拭う。
そこからは、無言で歩くしかなかった。



* * *



適当な道を歩き始め、早数時間。
改めて森の広さを実感した。もう数時間は歩いている筈なのに未だ誰も見当たらない。
「…誰も居ないね」
「…だな」
マロンの言葉にレインが苦笑した頷いた。
昨晩から捜索を続けているのだが、未だ誰にも出逢えない。
昨日は適当な場所で眠りに付いた。
明日になれば誰が1人ぐらい見つかるだろうと甘い考えを抱いていたのだが、その考え方が間違っていたようだ。
近くで滝の音が聞こえる。
と、マロンが何かを発見したようで小走りに洞穴に近付いた。
レインもまたそれを追いかけ洞穴に寄る。
「マロン?」
「…此処に、誰か居たみたい」
マロンがそう言って洞穴の中を指差した。
指差された方向を目で辿ってみる。…確かに、其処には焚き火の後が残っていた。
そして洞穴の隅には血痕が残されている。…誰かが怪我をしている様だ。
だがその‘怪我をしている人’が此処に居ないという事は――誰かに支えられて既に歩き始めているという事になる。
誰と誰なのかは分からないが、一方が酷い怪我をしている事は確かだ。
「草に少しだけど血痕が落ちてるな…」
「…これを辿れば、もしかしたら…!」
「誰かに逢えるかもしれねえ。…追いかけてみるか」
レインの言葉にマロンが大きく頷いた。
2人で血痕の付いている草を探して、慎重に道を割り出していく。
…どうやら川沿いに歩いていったようだった。
「あっちみたいだな」
「行って見よう!」
マロンと共に血痕の付着した草を追いかけるように歩く。
――数十分近く歩いただろうか。
やがて、遠くに小さな人影が見えた。目を凝らして見つめてみる。


「…セルシア、と………リネ…、か?」
頼り無さそうに呟くレインの言葉を聞くが、マロンが人影に向かい走り出していた。
慌ててそれを追いかける。…昨日からずっと思ってたのだが、彼女行動が早すぎないか?苦笑しながら思った。


「セルシア!リネっ!」
名前を呼ぶと、2人が同時に振り返る。
――レインの言う通り、人影はセルシアとリネだった。

「マロン。…と、レイン」
「よーおリネっち。無事だった?」
「帰れ」
リネが明らかに不機嫌そうな顔で彼の体をどつく。
セルシアが苦笑を浮かべていた。
ふと、彼の足を見ると――止血用に止められた布から血が零れている。怪我をしていたのはセルシアの方だったのだ。
「セルシア。足、見せて」
「へ?ああ…これ?」
セルシアがそう言って怪我をした足を指差す。彼の問いに頷いた。
セルシアはリネの肩から手を離し、止血用に巻いていた布を解く。…想像以上にエグい傷になっていた。
「うっわ…、大丈夫なの?セルシア」
レインが顔を覗かせながら呟く。その問いにセルシアが苦笑しながら頷いた。
傷に手を当て、小さな光を当てる。――回復魔術だ。
光によって傷口が少しずつ癒えていった。リネとレインがまじまじとそれを見つめている。
やがて光が弱まる頃、セルシアの傷は完治していた。…回復術師はこういう所が凄いと思う。
「他に何処か痛む所は?」
「んー……。左手がちょっと動かない…、かな」
「は?あんたそんな事一度も言ってなかったじゃない」
「はは…、そうだっけ?」
リネの言葉にセルシアが苦笑して返す。どうやら彼女には言っていなかったようだ。
マロンもまた苦笑しながら彼の左手に同じように光を当てた。
先ほどと同じように暫く光を当て続ける。
光を離す頃には、左手も動くようになっていた。

「…ありがと。大分良くなったよ」
「他は大丈夫ですよね?」
「平気」
マロンの問いにセルシアがにっこりと微笑んで答える。
「リネっちは?どっか痛む所ないの?」
「あたしは平気よ。ていうか、一晩経ったら治った」
「…それも凄いな」
リネの言葉にレインとマロンが苦笑を浮かべる。

どうにか2人とは合流できたのだが――。

「…ロアとイヴ、見てないか?」
セルシアの問いに、レインとマロンは首を横に振った。
彼等がその問いをしたという事は、彼等も又2人の姿は見ていないという事だろう。
「まあ、あの2人ならよっぽど大丈夫だと思うけどね」
「…そうだね。大丈夫だと思う」
リネとマロンがお互いに言葉を出す。
「そんでも探さないと駄目でしょ」
「ま…そうなんだけどね」
リネが軽く腕を伸ばす中で、セルシアがその場を立ち上がる。
4人は来た道から東に向かい、森の中を歩き出した。



* * *



「ちょ、アシュリー。歩くの速くない?」
「…早く帰りたいんでしょ?」
「まあ…そりゃそうだけど……」
アシュリーの言葉に、イヴとロアが苦笑気味に頷く。
昨日はイヴが先頭になって歩いていたのだが、今日はアシュリーが先頭で道を歩いていた。
どうやら彼女はメルシアの森の地形に詳しい様で、分かれ道などにさしかかるとさっさと道を判断して歩いてしまっている。
一体何処を目指しているのかさっぱり分からないが、もしかしたらマロン達に出逢えるかもしれないし、とりあえず彼女に着いて行っていた。
にしても先程から――彼女、歩くの速くないか?
ロアと先ほどからずっと思っていたことだ。軽く早歩きをされている気がする。
その所為だろうか。イヴ、ロアとアシュリーの合間はスペースが開いていた。
それでも自分達が止まると彼女も振り返って様子を見ながら止まってくれる。…多分、彼女の歩くスピードが元から速いのだろうと思った。
という訳で先ほどから少々休憩をしながら道を進んでいる。

不意に、遠くから茂みの動く音が聞こえた。
「…敵?」
思わず鞘から剣を抜こうとするが、アシュリーがそれを止める。
「…多分、人」
彼女はそう言いつつもロアとイヴの後ろに回ってしまった。…本当に人なのか?
「ちょ、自分だけ逃げようなんて魂胆じゃないでしょうね、アシュリー」
「…違う」
その言葉にアシュリーが少し眉間に皺を寄せながら答える。…少し怒ってしまった様だ。
「まあまあ、落ち着けって2人共」
そんな2人をロアが軽く宥めた。…確かに、アシュリーを責めてもしかたない気がする。
「…そうね。ごめん、アシュリー」
「…別に。気にしてない」
既に彼女は普段の顔色に戻っていた。どうやら本当に気にして居ないようだ。
改めて、音のした茂みの方を見つめてみる。
茂みが大きく揺れた。
と、思えば、茂みから何かが飛び出してくる。


「…レイン?」
「…イヴっち?」

――目の前に現れたのは、レインだった。
続いて違う道からリネとマロンが歩いてくる。その後ろにセルシアが居た。…どうやら4人は合流して自分とロアを探してくれていたようだ。
アシュリーの言葉は正しかったのだ。茂みの向こうにいたのは本当に人だった。しかも仲間。

「良かった!無事だったんだね、イヴ、ロア!」
マロンが喜んで傍に駆けて来る。
「まあ、ね」
「アシュリーのお陰だな。ありがと………って、あれ?」
ロアが間抜けな声を上げる。
その声に自分も後ろを振り向いた。――そして気付く。

其処に居た筈のアシュリーは、何時の間にか居なくなっていた。









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