アレキサンダーの花とマドックの角は無事に手に入れる事が出来た。残るはフィリアの水のみだ。 水はグランドパレー諸島でしか採取する事が出来ない。 イヴ達は港街‘カスタラ’を目指し、急ぎ足でメルシアの森を歩いていた。 *NO,13...メルシアの森* 「薄暗い森だよなぁ…」 レインが歩きながらぽつりと呟いた。 確かに森は今まで通ってきた森に比べて格段と薄暗い。多い茂った木が日の光を遮断している様だ。 「日が当たらない方が良いじゃない。涼しいし、日焼けしないし」 歩きながらリネが彼に言葉を返す。その言葉にレインが苦笑いを返した。 そんな彼女曰く、この森を抜ければカスタラへは目と鼻の先らしい。もう直ぐグランドパレーへ到着するという事だ。 少しだけ胸がドキドキした。 島に実際調査しに行ったリネがこうして元気なのだから深入りさえしなければ無事に帰れるとは思うが――。 やっぱり、不安は拭えない。 不意に物音がした気がして後ろを振り向いた。 ――勿論の如く、振り返った先には誰も居ない。 恐らく風で草木が揺れただけなのだろう。安堵したのも――束の間。 「――ちょっと、イヴ。また来たっぽいわよ」 リネが服の袖を掴みながら言って来た。 ――また。となると。思い当たる節は1つだけだ。 「…良い加減付け狙うの止めてくれない?」 振り返りながら苦笑混じりに女に言葉を付きつける。 「そういう訳にもいかないのよ。これが私達のお仕事だから」 そう言って菫色の髪を靡かせる女――ノエルが不敵に笑った。 そして今回はその隣に、前回の赤髪の男―ひょっとしたら、リネの兄かもしれないというアイツ―とは違う男が立っていた。 唇を吊り上げて此方をじっと見ている。見るからに戦闘狂っぽい。 「まあそーいう事だ。大人しく死んでくれね?」 男が軽薄に笑いながら口を開く。 …こうなる事はどうせ分かっていたから、もう反発する気も起きなくなってきた。 鞘から剣を引き抜き、左手に剣を握る。マロンが弓を引きその隣のロアが双剣を抜いた。 「…とりあえずあいつ等はイヴ達の敵って事でいいのか?」 唯一人状況の理解できないセルシアが、苦い笑いを浮かべながら武器を取り出そうとしている。 ああそうか。セルシアは仲間になってくれたばっかりだから、こっちの事情をしらないっけ。後で説明しなくては。 「ああ。敵って事でいい」 そんな彼にロアが言葉を促す。戦輪を手に持つセルシアが軽く頷いた。 「じゃあもう初めて良いかしら?」 如何にも余裕そうな顔を浮かべたノエルが笑う。…流石に今回も簡単にやられてくれる訳は無い、か。 前回は恐らく手加減をされていたんだと思う。だからあんなに簡単に撤退されたんだ。 向こうも自分達の力量を気付いている。だからそろそろ、本気で来るだろう。 緊張で手に汗を掻きながら、強く剣を握り締めた。 それと同時に地面を大きく蹴り上げる。ロアが右方向に回るのが見えたので、自分は左側に回った。 「天籟の紫鎚に共鳴する風。――ブロフィティ」 振り下ろした腕が魔術を生み、ノエルの体をロアの双剣から守り抜いた。恐らくノエルはリネと同じ術系に長けている人物だ。多分魔術を主体にし て闘ってくる。なるべく早く倒した方が良い相手かもしれない。 向こうの戦闘パターンは前回戦ったから分かっているが、問題はこっちの男の方だ。 初めて手合わせをするから、どんな武器でどんな攻撃をしてくるかも分からない。油断大敵だ。慎重に剣を振り下ろした。 その攻撃をナイフの先で軽々と受け止められる。…力量は強いようだ。 「喰らいなっ!」 その正反対の方向からレインが男に向かって大きく回し蹴りをした。 だが彼の攻撃はあっさりとかわされる。気付いたらその場にいなかった。――アイツ、速い。 「…大体分かったぜ。あんた達の戦闘パターン」 男が妖しい笑いを浮かべながら呟いた。…この短時間で理解できた?そんな馬鹿な。 「ちょっと、ぼーっとしてるとやられるわよ!――イグベッション!!」 リネの言葉で我に返った。 彼女は既に腕を振り下ろした後で、強い雷撃が男の体に向かい走り出す。 だが男はそれをまた軽々とかわした。やっぱりアイツは早い。攻撃を当てるのは困難そうだが幸いアイツは魔術士ではないようだ。それだけが本 当に救いだった。これで魔術まで使われたら勝ち目が無い。 こちらに銃を向けるノエルに向かいマロンが弓を射るが、それもまた避けられてしまう。 向こうもやはり少しずつでは在るが本気を出してきているのだ。 「冷血なる監獄、汝を閉じ込め破壊する。――フリーズドライヴ!」 マロンの直ぐ横。セルシアが詠唱した魔術をノエルに向けて放つ。 現れた水が氷柱に変化し、ノエルの方に襲い掛かった。 ノエルがそれを上手く避け、マロンとセルシアの方に向かい銃を発砲する。それをロアが双剣で上手く防いだ。 しかし直ぐに男が投げナイフを投げてくる。それはレインが槍で上手く弾き返した。 そのまま反撃に出ようとイヴが剣を振り上げるが、直ぐに足の重みに気付く。 「――!!」 何故気付かなかったのだろう。 男の狙いは投げナイフをレインに命中させる事じゃなく、相手の動きを一時的にでも封じること――!! イヴの足にはがっちりと鎖鎌の鎖が絡まっていた。これが本来の男の武器だったに違いない。 「死にな!!」 鎖鎌によって動けないイヴの方に、鋭いナイフが飛んでくる。 それをセルシアが咄嗟に戦輪を投げ、何とか相殺させた。 その間に足をばたつかせ、鎖鎌から逃れようとするが上手く外れてくれない。ああもう!苛立ちながら鎖を剣で叩いた。何とか鎖の輪の1つが砕 け、その場を離れる事に成功する。 「イヴ、大丈夫?」 直ぐにマロンが駆け寄ってきた。鎖鎌できつく固定されていた足が少しだけ痛む。それを伝えるとマロンが足に回復魔術を掛けてくれた。 「唸れ旋風、仇成す敵に風の猛威を。――ウィンディア!!」 その間にリネが魔術を発動させる。 「棘の囀りに嘆き散りされ。――フロッグターン」 同時期に発動したノエルの魔術がリネとの魔術を相殺する。 駄目だ。これじゃあキリが無い。どちらかでも倒さないと。 考えた末に――男の方に狙いを定めた。鎖鎌が主体の攻撃なら、これは相当やっかいな敵だと悟ったからだ。 「レイン!左に回って!!」 傍に居たレインに言葉を投げると、レインが軽く頷く。彼が走りだす少し前に、イヴも地面を蹴り上げた。 2人で同時に男に向かって攻撃を振るう。 イヴの攻撃はナイフで防がれ、レインの槍は柄の部分を素手で押さえていた。 「…そんだけか?」 男がそのまま足を使って回し蹴りをしてくる。避けようとしたが間に合わなかった。 苦痛に顔を歪める。多分、足の方をやられた。 対するレインは何とか腕で防いだ様だが腕の方が痛む様だった。この男、相当力量を持っている。素手攻撃でさえ危ない。 遠くでマロンが腕を振り下ろすのが見える。――彼女も魔術士だ。基本は回復、補助系魔術を主体にしているが決して戦闘用の魔術が使えない 訳ではない。 「断罪を経ちし赤の女王。――レソビューション!!」 無属性の意味を示す白の魔法陣が艶やかに光り輝く。痛い足を引き摺ってどうにかその場を離れた。レインもまたどうにかしてその場を回避する。 「寒獄の世界、支配するは白銀の獅子。――スノーグランクル」 更にマロンの魔術の上からセルシアが魔術を上乗せする。逃げ場は、与えない。 マロンの攻撃は避けたようだがセルシアの魔術まではかわせていなかった。肩から血が滲んでいる。――当たった! だが男がにやりと笑った。 そしてとんでもない事を呟く。 「俺に集中攻撃したのが間違いだったな」 「――!!」 咄嗟に目でノエルを探す。…居ない。何処に?! 慌てて探すとリネが声を上げた。彼女の目線の先。――木の上に立つノエルの足元には巨大な魔法陣が組み上がっている。 しまった。…男の方を‘おとり’に使って、ノエルは上級魔術を詠唱していたのか――!! 慌てて止めようとしたが――既に遅い。 「灼熱の炎の裁きの雷。 ――ちょっと気付くのが遅かったわね?」 ノエルが腕を振り下ろす。…既に男はその場にいなかった。 「――グラスチナマーズ」 発動された炎の上級魔術が、森の周りを光り輝かせた―――。 BACK MAIN NEXT |