ヴィエノロを出た頃、周りはすっかり暗くなっていた。
流石にリネもレポート用紙を読むのを止めている。こうも周りが暗くては上手く字が読み取れないのだろう。
廃墟の街をやっとの思いで抜け出すと、イヴは大きく伸びをした。


*NO,7...SAINT ARTS*


「あのっ」
廃墟を抜けて直ぐの所で、マロンが前を歩くリネを呼んだ。
彼女は相変わらず面倒そうな顔を浮かべてはいる物の、踵を返して振り返る。
「何?」
リネの素っ気無い声に、マロンがおずおずと話し出した。
「リネさんはどうしてヴィエノロに?」
「あ、それ俺も気になってた」
マロンの言葉にロアが便上する。
その問いに対し彼女は目線を逸らし、虚空を見上げたまま言った。
「unionの任務以外に何があるのよ」
「…あ、そ」
素っ気無い言葉にロアもまた素っ気無く返す。
しかしリネの言葉にレインの顔が一瞬驚いた顔に変わった。何か可笑しい事でも有ったのだろうか?今の会話にそんな物は含まれていなかった
が…。

「リネっちの所属してるunionってもしかして――‘SAINT ARTS’?」
閃いた様な顔でレインが問い掛けるのに対し、今度はイヴが驚いた顔になった。
――が、確かにそうかもしれない。
ヴィエノロなんてとっくの昔に廃止された街。よほどの廃墟好きか何かを調査するunionでも無い限り訪れることはないだろう。…自分達の場合は
例外だったが。
そしてさっきリネが自身で言っていた。これはunionからの任務だと。
そう考えるとリネがSAINT ARTSという可能性は高くなる。
レインが先程驚いた顔をした理由が漸く分かった。つまりこういう事だったのだ。


長い沈黙の果てにリネが呟く。
「たとえあたしがSAINT ARTS所属だったとして…あんた達になんか関係あるの?」
確かに、と思った。
会ったばかりのリネが此方の事情など知る訳も無いのだから、その言葉は当然の問いだと思った。

「先日グランドパレーを調べに行ったunionがSAINT ARTSでしょ?
あたし達はグランドパレーについての情報を少しでも知りたいだけよ」
「…ふーん」
リネはそう言って数歩歩いてからまた此方を振り返る。




「だったら教えとく。
――あたしの所属unionは察しの通り‘SAINT ARTS’よ」

――ビンゴ。
思わず心の中でガッツポーズを取った。
クライステリア・第一神殿に居るというのはとんだ誤報だったが、こうしてSAINT ARTSの一員に出逢う事が出来たのだ。結果オーライと言う奴だろ
う。多分。

「じゃあグランドパレーについても…」
「ま、実際行った身だからね。よく知ってるわよ」
マロンの言葉にリネはそう言って少しだけ笑った。そして尚も彼女は言葉を続ける。
「この辺で野宿にしましょ。そしたら色々教えてあげる」
「…ま、確かに。街に戻る気力は残ってねえし…その判断が正しいかもな」
そう言ってロアが近くの木を集め始めた。焚き木に使うのだろう。

「リネっちは実際グランドパレーに行ったの?」
そんな中レインの問いにリネが顰め面をして応える。
「行ったわよ。後その呼び方止めて、ウザい」
「まあまあ。…よく無事だったわねえ」
「……あたしもそう思ってるわ」
レインの言葉に素っ気無く返してから、彼女はその辺の草むらに腰を下ろしてレポートを軽く丸めた。



* * *


野宿の支度が出来た頃。
買っておいた食材を使って料理を作るマロンとその手伝いをしているレインを覗いたロアとイヴの2人が、リネの傍に座っていた。
「で?グランドパレーの何が知りたい訳?」
「知っておいた方が良い事と、島の詳しい状況。ね、とりあえず」
イヴの問いにリネが少しだけ小首をかしげ、それから応えた。
「島は結構地面がぬかるんでるわね。人が歩いた形跡は無いけど、何か大きなモンスターが歩いた跡は残ってた。
島の周りしか歩いてないからあんまり奥の事は分からないけど、噂通り‘危険な島’ってのは確かね」
「船でどれくらいだ?」
「港町のカスタラから船を出せば1日ぐらいで着くわよ。あたしはそこから行った。
…ってあんた達、まさか行く気じゃないでしょうね??」
リネが引きつった顔をしている。その言葉にイヴが溜息を付きながら答えた。
「unionの任務よ」
「…ま、そうじゃなきゃ行く訳無いわよね。普通」
意外と冷静な言葉が帰ってくる。
肩を落とすイヴに釣られて溜息を付いたリネが、尚言葉を続けた。
「あんた達は何処のunion所属なの?」
「あたしとロアがcross*union。マロンとレインは未所属よ」
「…cross*unionも最近悪趣味になったわね」
「俺もそう思う」
リネの言葉に思わず頷いてしまう。
確かに最近のcross*unionは悪趣味というか…居てやるせない気になった。
加えて今回の任務の事を考えると、頭が痛い以外の何でもない。
もう一度深々とした溜息を吐くと、ロアが便上するように小さく息を吐いた。
「ま、任務なら行くしかないわよね」
彼女はそう言ってレポート用紙を無造作に鞄の中に突っ込んだ。
ショートヘヤーの赤髪を自身の指に絡ませながら、彼女がぽつりと呟く。

「…着いて行ってあげても良いわよ?」
「本当?」
「本当よ。あんた達みたいなの見殺しにする程あたしは冷たい女でも無いしね」
「けどお前…そのレポート、上司に提出するんじゃないのか?一度unionに戻らなくていいのかよ」
「平気よ。これの提出期間、まだ当分先だし」
照れ隠しなのか、俯きながらリネが言う。
どうやら‘着いていってあげる’と言うより‘着いていきたい’という気分らしい。ちょっとだけくすりと笑った。
するとリネが顔を上げて此方を睨む。あ、バレた。

「今笑ったでしょ」
「笑ってない、笑ってない」
「嘘。顔が笑ってる」
リネがそう言って再び俯いてしまった。少し覗き込むと頬が脹らんでいる。
ロアとイヴは顔を見合わせて苦笑した。
それから俯いている彼女にイヴが話し掛ける。

「着いてきてくれる?当事者が居た方が危険な目にも遭いにくいと思うしね」
「…別に、良いけど」
「じゃあ改めて宜しくな、リネ」
「…宜しく」

そっぽを向いたまま答えを返すリネに、2人は思わずまたくすりと笑ってしまった。










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