レインが道案内をしてくれたお陰で、先程に比べて格段と素早く森を歩く事が出来た。 話している内に知ったのだが、彼はどうやら旅人らしい。 だから地図を読むのは慣れきった事だし、土地にも結構詳しい様だ。…悔しいけれど頼りになる事は分かった。 「もう少し歩いたら、多分出口だぜー」 そんなイヴの気を知ってか知らずか。暢気な声でレインが言った。 *NO,3...enemy* 森の景色が拓いてきた。どうやら本当に森の出口に近付いているようだ。 「助かったよ、レイン」 「有難う御座います」 正直な気持ちを話すロア、マロンとは裏腹にイヴは先程から腕組をして無言のまま道を歩いていた。 レインの事が本気で気に入らないのか、意地を張っているだけなのか。…恐らく後者だと思うが。 「イヴ?」 マロンが話しかけると、彼女が顔を上げた。……顔は怒っている。というか、あからさまに眉間に皺が寄っている。 マロンの顔も釣られて苦笑になった。今はイヴに話し掛けないのが吉の様だ。 「何々ー?イヴっちってば、何か怒ってんのー?」 それにすかさずレインが会話に入ってくる。 …や、多分あんたの所為で怒ってるんだよ。ロアが心の中で呟いた。 「……別に」 普段と比べて低い声が帰ってくる。彼女はそれきりまた地面を見つめ始めた。 「いや、絶対怒ってんでしょ。やっぱ俺の責任?」 「…自覚有るなら話掛けんなよ」 レインの言葉にロアが思わず心に思っていたことを口に出す。マロンは相変わらず苦笑のままだった。 「自覚は有ったけど、ほっとくと余計に機嫌悪くなりそうじゃない?」 ロアの言葉にレインが暢気に声を返す。…この男はどこまでマイペースなんだろうか。本気で思った。 「あー!もうっ!!怒ってないって言ってんでしょ!!!」 イヴがそう言って空に響き渡るような声で叫んだ。彼女の声に驚いた何羽かの鳥が羽を羽ばたかせている。 そんな彼女にマロンがすかさず突っ込んだ。 「イヴ…説得力ないよ?」 「……」 マロンの言葉に彼女は再び口を噤みムッとした顔で歩き出す。 …本人は怒ってない‘らしい’が、あれは相当怒ってるなと3人は苦笑しながら思った。 元からプライドの高いイヴだからレインみたいな自分の知らない知識を持った存在は受け付けないといった感じなのだろう。ほおっておけば機嫌が 悪くなるのは分かっていたが、今何かを話しかけても確実に機嫌が悪くなりそうなので敢えて何も言わなかった。 そんな時だった。 ――‘物音’に一番初めに気付いたのは意外にも膨れ面のイヴと、相変わらず苦笑のままのレインだった。 お互いの顔が同時にはっとなる。 「――今、」 「…アンタも聞こえた?」 レインの呟きに、イヴが膨れ面ではある物の声を投げかけた。 「何がですか?」 首を傾げるマロンと、状況を理解していないロアにイヴが声を投げる。 「今、何か音がした」 「…割と近かったな」 イヴの言葉にレインが付けたしをする。彼の言葉にイヴが小さく頷いた。どうやら2人の聞いた‘物音’は一緒の様だ。 「そんな音、聞こえたか?」 「私には聞こえませんでしたけど…」 そんな2人にロアとマロンが小首を傾げながら問い掛ける。 「や、絶対聞こえた」 レインが耳を澄ませながら言い切った。 2対2の意見。どちらが正しいかなんて分からない。 もしかしたらイヴとレインが聞いた物音は、動物が草木の中を歩く音だったのかもしれないし、鳥が羽ばたく音だったのかもしれない。 ロアとマロンの言う通り、空耳だったのかもしれない。けれど――。 「……聞こえるか?」 レインの言葉に、マロンとロアは同時に耳に神経を集中させた。 静まり返った森の中。鳥の囀りの声が聞こえ、風が草木が靡く音が聞こえ、そして――。 「っ――!」 何かが、呻く音が聞こえる。 …呻くという表現は間違っているかもしれない。正確に言えば此方に向って‘唸る’声だ。 「…聞こえた!」 マロンが声を上げた。ロアも首を大きく頷く。 4人中4人が聞こえたのだ。 …絶対に、何か居る。 「多分ここらに住んでる魔物でしょ」 レインがそう言ってイヴの手を握ったかと思うと、彼女の手から彼女の補助武器である魔弾球を1つ貰い受けていた。 イヴが何か言いたげそうな顔をする。了承も無いまま勝手に貰い受けたらしい。本当にマイペースな男だ。 「ま、あの辺でしょーね。居るとしたら」 そう言って、彼は手に持った魔弾球の1つを草むらの中に適当に投げつけた。 「ちょ、無駄遣いしないでよね!」 「……無駄遣いでも無さそうだよ?」 イヴの言葉にマロンが顔を強張らせたまま呟く。 その言葉に彼女がすかさず魔弾球の投げられた方を見た。釣られてロアが其方を向き、レインもまた自身が投げた方向を見つめる。 投げられた魔弾球は地面に光り輝く魔法陣を展開させていた。投げた瞬間に初期魔術に近い魔術が発動するのがこの‘魔弾球’の武器性能だ。 魔弾球の中に封じ込められている魔術は殆どが初期魔術や低級魔術。敵に深手を負わせるのはまず不可能だ。だが――。 「――――!!!!」 敵をおびき出すのには、格好のアイテムでもある。 魔弾球が命中したのか、近くに当たったのか。 草むらから勢い良く魔物が飛び出してきた。猪の形をした――少し大きな獣型のモンスターだ。 「ほらね、言ったでしょ」 レインがそう言って無邪気に笑った。 「笑ってる場合じゃないでしょ!この馬鹿!!」 鞘に閉まったままの剣を取り出す。魔弾球は適当にポケットの中に詰め込んだ。一度使ってしまったら後は向こうもこの球について分かってしまっ ている筈だからである。 「ま、見たトコ大きなモンスターでも無さそうだし?どーにかなるっしょ」 陽気な声を上げながら、レインが槍を持っていた。…この男、本気でマイペース過ぎるんじゃないか? 遅れてマロンが弓を取り出す。その後ろで、ロアが双剣を持って構えていた。 レインの陽気な声に反応するかの様に、モンスターがイヴの方に突進してくる。 右側に避けて、左手に持った剣をモンスターに振るった。…浅いけど、手ごたえは合った。 少しだけ傷を負ったモンスターが更に此方を睨んでくる。確かに攻撃は当たったが逆に挑発してしまっただけの様だ。 もう一度此方に向かってくるので、今度は左にかわした。 モンスターが突進した先にはロアが居る。彼の振るった双剣が確かにモンスターの足を傷付けた。多分、コレで動きは遅くなる――。 ロアが離れたのと同時に、レインの傍に居るマロンが弓を引いて、放った。 放たれた矢が確かにモンスターの体を貫く。 怒りを顕にしたモンスターがマロンの方に突っ込みだした。マロンは前衛じゃないから接戦になると彼女が不利だ。慌てて彼女の方に走り出すが、 彼女の隣に居たレインが軽くモンスターをあしらった。槍で相手の体を押さえつけたまま、彼が弓の傷口がある場所に懇親の蹴りを喰らわせる。 よろめいたモンスターが漸く動きを止めた。 その一瞬の隙を、見逃さない。 マロンの方へ走り出していたイヴと、モンスターの傍に居たレインが同時にモンスターに刃を突き刺した。――モンスターが雄たけびの様な声を上 げて、その場に崩れ落ちる。 「……やった?」 「…多分」 イヴの呟きにレインがぽつりと返した。 どうやら無事に倒せた様だ。鞘に剣を締まって、ほっと一息を吐いた。 直ぐに弓を締まったマロンと、同じように鞘に二つの剣を締まったロアが駆け寄ってくる。 「あんた、わりと強いのね」 「そりゃどうも」 イヴの呟きにレインが相変わらず意味が分からないくらい無邪気な笑顔で返してきた。 * * * モンスターを倒した場所と、森の出口は目と鼻の先だった。 森を抜けて無事に隣町に到着する。 レインが律儀に宿屋まで案内してくれ、無事に部屋を2つ借りる事が出来た。 ようやく一服出来た所で、「ところで」とレインが話題を切り出してくる。 「どうして旅に出ようなんて思った訳?」 「…そういえば、話して無いっけ」 テーブルの上で頬杖を付いたままのイヴが呟いた。彼女は言葉を続ける。 「cross*union本部からの命令なのよ。グランドパレー諸島を調べて来い。って」 「……その辺の地理に詳しい奴なら真っ先に逃げ出したくなる名前だぞ、それ」 顔色を曇らせるレインに、やっぱりグランドパレー諸島は縁起でもない場所だと改めて思い知る。 「何か知ってるのか?」 ロアの問いに、レインが溜息交じりに口を開いた。 「俺もそこまで詳しい訳じゃねーけど…少なくとも良い噂を聞く場所じゃねえな」 彼はそう言って、コップに注がれた水を飲み干す。 「どんな噂ですか?」 そんな彼にマロンが問い掛ける。レインはコップを机に置いてから再び話し始めた。 「凶暴なモンスターは勿論。体に害の有る鱗粉が飛び散ってるって話だぜ。 …ま。もっと詳しく知りたきゃunion‘SAINT ARTS’を探すんだな」 …SAINT ARTS。 その名前を聞いたイヴがはっとなった。 そうだ、思いだした。前にグランドパレー諸島に調査しに言った物好きなunion――それが‘SAINT ARTS’だ。 「SAINT ARTS…ね。でもこの辺に居るのか?」 ロアの呟きに、マロンがちょっどだけ頷く。 そんな2人の気を察してかレインが得意気に言った。 「クライステリア・第一神殿にSAINT ARTSらしき人物が入っていったって情報はあるぜ」 「本当ですか?!」 「ああ、本当」 マロンの嬉しそうな言葉にレインが笑顔で頷く。 「…クライステリア・第一神殿」 イヴがそう呟いた。 …第一神殿。距離的には遠くないのだろうが、場所については検討も付かない。 悩んでいる内に嬉しそうに会話をするマロン、ロアと、無邪気に笑うレインを見て――閃いた。 「ねえ、レイン。あんた旅人なのよね?」 「へ?ああ…そうだぜ?」 突然イヴに質問をされ、レインは当然一瞬戸惑った顔になったが直ぐに頷いて見せた。 そんな彼にイヴは尚も言葉を続ける。 「これから先、行くところは決まってるの?」 「いや…特に決まってねえけど」 「じゃあ暇って事で良いわね??」 「……まぁ、そうなるな。…なんで?」 嫌われていた筈のイヴからの質問攻めに、レインが苦笑を隠せないでいた。 そんな彼にイヴが意地の悪い笑みを見せる。 「じゃあ、あたし達と一緒にグランドパレーまで来なさい」 「……は?」 レインの苦笑が、完全に引きつった笑みに変形した。 しかしイヴの言葉にすかさずマロンが賛成し、ロアがその意見に肯定の意味で頷く。 「あたし達地図もロクに読めないし、グランドパレーまでの方向も不安なのよ。 アンタみたいな土地に詳しい奴が居ると助かるのよね」 「…ああ、そういう事」 引きつった笑みのままのレインがぽつりと呟くのに対し、目を輝かせたままのマロンが言葉を投げる。 「レインが居ると私達心強いです」 「俺もそう思う」 その言葉に2人まで便上するので、痺れを切らしたレインが小さく溜息を吐きながら言った。 「はいはい、行けばいいんだろ?――ま、俺も暇だったしな」 「じゃあ決定。改めてよろしく」 イヴが即決して、レインに手を差し出した。彼は苦笑のままだったが手を伸ばし互いの手を握り合う。 「ひとまず今日は宿で休んで、明日クライステリア・第一神殿か?」 「そうね。そうなると思う」 ロアからの経路の問いに、イヴは考えながら頷いた。 BACK MAIN NEXT |