ヘケトーに案内され、辿り着いた神殿の果てには地下へ続く階段が続いていた。 …この奥に‘空を飛ぶ方法’が有る。だが手に入れるのは困難の筈だ。果たして上手く行くだろうか…。 一寸だけ躊躇したが、直ぐに迷いを断ち切る。考え事をする時間はもう無い。あたし達には時間が無いし、空を飛ぶ方法だって何が何でも手に入 れないといけないんだ。BLACK SHINE本部に白のネメシスと緑のネメシスを取り返しに行く為に。 「…じゃあ行ってくるわね」 「……御気をつけて」 軽く頭を下げたヘケトーの横を通り過ぎ、7人は階段を降下し始めた―――。 *NO,91...聖なる宴* 少し下りれば着くだろうと思っていたのだが階段は思ったよりも大分深くまで続いていた。これ…帰りが大変そうだな……。 苦笑しながら階段を下り続ける事数分。漸く地下に辿り着き軽く両腕を伸ばす。 目の前には鉄製の大きな扉が立ちふさがっていた。きっとこの奥だ。一番後ろに居たマロンとレインが階段を下りてから一旦深く深呼吸をする。 何が待ってるかは分からない。もしかしたらとんでもない物かもしれない。けれど進むって決めたから――。 改めて覚悟を決め、鉄製の扉を思い切り押し出した。 ぎちぎちと古めかしい音がして、扉がゆっくりと開いていく。 ――其処に広がる景色は、とても地下とは思えない景色だった。 照明の所為なのか比較的明るい部屋だ。足元には草原の様に草が揺らめいている。 草原の上に居るような気分になった。此処は本当に地下室…? 遠くの方を見ると、柱の様な物が見える。あそこが‘クライステリア・ホーリー神殿’なのだろうか。 傍に居たロアと目を合わせ、少し躊躇しながらもその柱に向けて歩き出した。 「此処本当に地下室?何か全然そんな感じしないねー」 言いたかった事をレインが言ってくれたので小さく頷く。セルシアの横を歩くリネが辺りを見回しながらぽつりと呟いた。 「異次元にでも繋がってたんじゃない?あの扉」 …リネったらまたとんでもない事を言い出すな。しかも考えられない事では無いので苦笑で返すしかなかった。 歩き続ける内に何時の間にか柱の前に到達する。 辺りには壊れた柱もいくつか転がっていた。そしてアーチ状に作られた柱の奥に――祭壇が、1つ。 祭壇の上で、小さな光がぐるぐると駆け回っていた。…あれは、何? もしかして‘あれ’がヘケトーの言っていた空を飛ぶ方法なのだろうか。祭壇に近付いてよく調べてみようとした途端――ずっと祭壇の上を回ってい た光が突然強く輝き出す。 思わず目を閉じて後ろに下がった。それは皆も一緒の様で光の眩しさに目を瞑って少しだけ後ろに引き下がる。 しかし暫く目を伏せていると光が収まった。 …一体何が合ったんだ?目を開けたと同時――呆然となってしまう。 先程まで小さな光が駆け巡っていた祭壇には、大きな龍が座っていた。 翼を軽く羽ばたかせ、大きく開いた眼光で此方をしっかりと見つめている。…この龍、もしかして先程の‘光’の正体……? …なんか。ヘケトーの言ってた言葉の意味、理解してしまった。 つまりこういう事だったのだ。空を飛ぶ方法を手に入れるのに難が有る訳ではなく、空を飛ぶ方法‘自体’に難が有ったのだ。 足を引けば負ける気がして、少しだけ睨み返す。 …それにしたって大きい。ウルフドール族の元の姿も大きいと思うけれど、この龍はその何倍かの大きさが有った。 暫く沈黙していると、先に龍の方が口を開く。――脳裏に直接響くような声が聞こえてきた。 「何をしに来た?」 問い掛けに一瞬固まってしまう。声が声に成らない。自分より明らかに強い物との対峙の恐怖が、こんな物とは知らなかった。 暫く何も言えずに居ると後ろに居たアシュリーが一歩前に出てくる。彼女は龍を見上げながら凛とした声を上げた。 「空を飛ぶ手段を探している。だから貴方の力が必要なの」 「……ウルフドールの王族か。成る程な」 また、だ。脳裏に直接響くような声が響いて、龍が羽を羽ばたかせる。 だが依然と龍を見上げているアシュリーが本当に凄いと思った。 やっぱりウルフドールの王族であるアシュリーは恐怖心と言う物自体無いのだろうか。 暫く龍はアシュリーと見つめ合っていたが、やがて龍の方が頬を釣り上げてくつくつと笑う。 「何故空を飛ぶ力を求める?‘それ’を聞かせろ」 打ち解けたのだろうか。先程と比べて何故か声のトーンが柔らかくなっていた。 穏やかな口調になった事に安心して、アシュリーに任せてばかりではいられないと思い声を上げる。 「取り返しに行く物が有るからよ。それに―――あたし達はこれ以上BLACK SHINEを野放しになんて出来ない」 これが自分なりの正直な意見だ。 あたし達はBLACK SHINE…いや、ノエル達から2つのネメシスの石を取り返さないといけない。 それと同時に、これ以上BLACK SHINEをほおっておく訳には行かないのだ。 夢喰い復活が向こうの目標と分かった今、あたし達にはもう時間が無い。もし誤ってノエル達に石が5つ渡ってしまったら…それこそ世界の‘破滅’ だ。そんな事させない。あたし達が守ってみせる。 それが‘あの頃’無垢だったあたし達の、せめてもの罪滅ぼし。 同時に、セルシアとリト、そしてリネの‘10年前の決着’でも有る。 再び此方を見つめた龍が巨大な爪の有る手を此方に伸ばして来た。驚いて目を閉じたが、爪先が肩口に触れるだけで終わる。 暫くは龍の指が肩に触れていたがやがて静かに離れて行った。 「…何を…?」 「……龍は人の心が読めるのよ。多分、イヴの言葉が真意かを確認したんだと思う」 後ろに居るセルシアが小さく呟いた言葉に、隣に居るアシュリーが答える。…そういう、事か。 でも嘘は一切言ってない。あれがあたしなりの正直な気持ちだから。 そしてそれを認めてくれたらしい龍が再び喉を鳴らして口を釣り上げた。 「良いだろう。私は主達に力を貸す」 …OK、してくれた。 安堵で肩の力が抜ける。思わず草原の上に座り込んでしまった。傍にロアが寄って来て軽く肩に手を置いてくれる。 相変わらず口元を釣り上げたままの龍が、笛。だろうか…オカリナの様な小さな笛をアシュリーの手に置いた。 「逸れは龍族にのみ聞こえる音色を出す笛。吹けば私は其処に行く」 笛を受け取ったアシュリーが少し笑ってそれをポケットにしまった。…とりあえず笛はアシュリーが持っていた方が良いだろう。正直笛とかそういう のはあたしは吹けないし、龍としてもウルフドール族であるアシュリーの事を一番信頼しているに違いない。 何にせよ空を飛ぶ手段はこれで手に入れた。笛を吹けばこの龍が来てくれる。移動も今までより随分楽になるだろう。 「ありがとう。…貴方、名前は?」 流石に何時までも龍とかそういう呼び名をしていたら失礼だろう。名前を聞くが龍は首を横に振った。 「名は、無い。――主らが好きに付けるが良い」 好きに、か…。そういうのが実は一番困る。この中で一番ネーミングセンスが良いのって誰だ?マロンか?? 一旦踵を返して6人の顔を見回した。レインはとんでもない事を言いそうだから除外として…。 「――ジブリール」 暫くの沈黙の後、口を開いたのはリネだった。彼女は真っ直ぐ龍を見上げなら言葉を続ける。 「意味は、‘神の力’。…悪い名前じゃないと思うんだけれど」 そうか、リネって歳の割りに意外と物知りだからそういうのも分かるんだ。其処まで変な名前でも無いしそれで良いんじゃないだろうか。 「…それで良い?」 「問題無い」 羽を羽ばたかせながら龍―ジブリール―が答えた。 龍はそのまま地下の天井をぐるぐると飛び始める。強い風が吹き荒れた。 天井を飛び回るジブリールに頭を下げ、地下室を後にする。 どっと疲れが出て再び座り込んでしまった。――疲れた。本気で疲れた。 溜息を吐いたと同時、リネがイアリングに手を当てる。…誰かから通信なのだろうか? どうやらあの通信式イアリングを持っているのはあたしとリネ以外にも数人居るらしい。リネが言っていた。 「もしもし」 彼女はイアリングに手を当て、通信先の誰かと会話を続ける。――時々リネが驚いた声を上げていた。何か合ったのだろうか。 やがて通信を終えたリネが此方を見る。 「イヴ。突然で悪いけれど――BLACK SHINE本部に行く前にSAINT ARTSに寄ってほしい」 「何か合ったの?」 マロンが問い掛けた。リネが目を伏せて言葉を続ける。 「…あたしが今使っている‘魔術増幅器’。…正直、あんまり威力の強い物じゃないの。 あたしが上級魔術を指で数えれる程しか使わないのも、使わないんじゃなくて‘使えない’だけ。使いすぎると増幅器が壊れちゃうからね。 でもリーダーが新しい物を用意してくれたみたい。…今度は協力な増幅器だって、今通信で言ってくれた」 …どうやら先程の通信はレグロスだったみたいだ。 リネの言葉を聞く限りだと、その新しい増幅器が有ればリネも今以上の力が出せるって事か? それなら絶対に寄っておきたい。BLACK SHINEが危険な事は分かりきった事だし、少しでも戦力を上げておいた方が良いに決まってる。 「それなら俺ももうちょっと時間欲しいなー。まだマロンちゃんに掛けられた術の解呪法、解読出来てないから」 ……それも合った。マロンはまだ封印が解けてない。レインが術を解読してくれるまで時間が掛かる。 そういう意味を含めてBLACK SHINEに乗り込むのはもう少し後にした方が良いだろう。 「じゃあSAINT ARTSに行ってマロンの術が解けてから――BLACK SHINEに行く。それで良い?」 6人に問い掛けると6人が同時に頷く。 …目標は、決まった。BLACK SHINEとの正面対峙もきっともう直ぐ。 あたしもそろそろ決意をしないといけない。それは6人も一緒だけれど。 BACK MAIN NEXT |