薄暗い闇の廊下を歩き続ける。照明は除々に暗くなっていた。電気の灯って無い電灯も有る。
…長い事使われていないという雰囲気を漂わせるような如何にも怪しい廊下だ。
そして所々に見られる扉の奥からは猛獣の声のような物も聞こえてくる。…不覚にもちょっと怖くなってきた。アシュリーの傍をなるべく離れないよう
に歩く。廊下は歩けば歩くほど不気味だ。人の気配は感じられない。聞こえるのは獣の唸り声と自分達の足音だけ。
「…居ないわね。イヴ達」
ぽつりとアシュリーが呟く。…確かに。もう大分歩いているが一向に彼女達の姿は見当たらない。もう一度探知してみようと思いポケットから発信
機を見つけ出す機械を出しスイッチを入れた。再び立ち止まって針が方位を定めるのを待つ。
暫くして針は止まったが――…。

「…まだ…下??」
……針は未だに下を指差していた。


*NO,85...Believe or Doubt?*


「…どういう事だ?まだ下の階が有るって事か?」
機械を覗き込んだレインがぽつりと呟く。…この機械結構値が高いから、壊れる事は滅多に無い。
つまりイヴ達は此処より下に居るって事になるんだろうけど…。……でも、あのエレベーターはこれ以上下には行かない筈だ。じゃあどうして??
不思議に思っているとアシュリーが地下2階のフロア地図を指差してくれた。そんな所に合ったのか。顔を近付けフロア地図を読み取る。
所々剥げていたりして読み辛い所も有るが…読めない事は無さそうだ。
フロア地図を見渡してみると、EVマークが2つ有る事に気付いた。1つはあたし達が今降りてきたエレベーターの筈だから……。…もしかしてこのも
う1つのエレベーターが更に地下行きなのか??
「行って見る価値は有りそうだねぇ。此処」
レインも同じ事を思ったのかもう1箇所のエレベーターを指差す。…確かに行ってみる価値は有るかもしれない。もう一度地図を頭に叩き入れ、ほ
ぼ暗闇の廊下を歩き出した。
にしてもこの階。本当に不気味すぎる。壁の色は変色しているのか元からこういう色なのか薄みの掛かった紫だし、照明は壊れているのもあれば
灯っていない物も有り…まともに機能している照明は2、3個程度しかない。他はほとんど壊れているか明かりが薄いか灯っていないかだ。
「…あんた先に行きなさいよ」
改めて怖くなってきたのでレインを無理矢理先頭で歩かせる事にした。苦笑したレインが先頭を歩き出す。その後ろをアシュリーに続いて歩いた。
長い時間歩き続ける内にやっともう1つのエレベーターに到達する。
こっちのエレベーターは先程乗ってきたエレベーターとは全然違って所々赤錆が付いた本当にボロボロのエレベーターだった。…これ、乗ったら壊
れるなんて事起きないわよね??
アシュリーがエレベーターのボタンを押す。…どうやら機能はするみたいだ。ランプが灯って錆だらけの扉が開いた。
…中はわりと整っているが小さい。4,5人乗るのが限度っぽそうだけど今あたし達は3人だから何とか乗れるだろう。
意を決して中に入るが他のエレベーターとさほど変わりは無かった。
とりあえず安堵の溜息を吐き、ボタンを確認する。
最上階が此処――B2階になっていた。一番下の階は……地下5階??そんなにあるのか。これじゃあイヴ達が何処に居るのか断定するのは難
しそうだな……。イヴ達に連絡して聞いても、どうせ無駄だろうし…虱潰しに探していくしか無いか。
「何処から行く?」
「…一番下じゃねえ?」
…一番下か。まあ無難だな。そう思い地下5階のボタンを押す。今度は何のからくりも無しにエレベーターが動き出した。
エレベーターが何度も揺れを起こしながらゆっくりと降下する。…無言のまま何を喋るべきかも分からず、ずっと黙っていた。
ずっと沈黙しているとやがてエレベーターが地下5階に到着する。
扉が開いたと同時――――。


「――伏せろ!!」
レインに叫ばれ、咄嗟にアシュリーと身を屈めた。
遠くから銃声の音が聞こえて――頭の直ぐ上を銃弾が掠めていく。
…直ぐに気付いた。敵だ。
銃声が止んでいる間にエレベーターを出て敵の姿を探した。
前に3人。恐らくBLACK SHINEの下っ端であろう人間が此方に向け銃を向けている。
「リネっち、投げる物ない?」
「…ナイフなら」
護身用に持ってるナイフをレインに渡す。受け取ったレインが軽く頭を下げ――銃弾を持つ男に向け思い切り投げた。
余りにも一瞬の事だったので向こうも反撃に遅れたらしく、ナイフの先が刺さった男が手元から拳銃を滑り下ろす。
隙を見てそれを拾い上げたレインが銃を他の2人に乱射した。乱射に見えるがしっかりと敵に当たっている。2人の男は銃で撃たれた場所を押さえ
てその場に倒れてしまった。…急所は外してるるみたいだが、えげつないやり方をするな。コイツ。
ナイフの刺さってしまった男の方は腕に刺さったナイフを投げ捨て味方の拳銃を拾おうと体を一瞬屈める。其処にレインがまた銃を発砲して、結局3
人その場に倒れこんだ。

「…死んだの?」
一応聞いてみると銃を手から落としたレインが軽く笑う。
「いや。急所は外したから気絶してるだけ」
……よくもまあそんな芸当が。溜息を吐いて男の足元に落ちているナイフを拾う。
アシュリーは既に少し先に進んで辺りを観察していた。彼女は踵を返し此方に言葉を掛けて来る。

「……この先、牢屋がかなり並んでるわ」
「じゃあ何処かにイヴ達が居るかもしれないわね。探しましょ」
前にイヴと通信した時、自分達は牢屋に閉じ込められているって言ってた。つまりこの大量の牢屋の何処かにイヴ達が居るはずだ。
念の為イヴに連絡しておこうと思いイアリングの通信ボタンを押した。



* * *



沈黙。得に喋る事すら無いので4人が4人沈黙してる。きっと4人とも身近に居るという‘BLACK SHINEリーダー’の事を考えているんだろう。
正直誰の事も疑いたくないのは本当だ。けれど疑わないといけない状況に陥っている。
そんな中もう一度天井を見上げた頃に――イアリングから微かに音が聞こえた。もしかしてリネから連絡?
通信ボタンを押し、イアリングに耳を傾ける。

「もしもし、リネ?」

『…あ、イヴ?』

やっぱりリネだ。通信してきたって事は何か合ったのだろうか。
「どうしたの?」
『とりあえず牢屋のある部屋に着いた。
数が多いから時間掛かるかもしれないけど、とにかくイヴ達の事探してみる。だからあたし達の姿を見かけたら合図か何かして頂戴』
「…OK。分かった」
…本当に迎えに来てくれたのか。cross*unionはかなり広い内部だから探すのは大変だし、まだ当分掛かると思ってたが…よく考えたら頭の切れ
る奴が2人そっちに固まってるのだ。レインもああ見えていざと成ると頼りになるし、3人が力を合わせれば探すの位は簡単と言う事か。

「あのさ。多分どっかにあたし達の武器があるから、それも探してくれない?」
『……分かった。そっちも探してみる。――それじゃあ』
了承してから彼女が通信を切ったらしく、再び無音に戻る。

「…リネから連絡来たのか?」
「あー。うん。…何かもう牢屋のある部屋まで着いたらしいから、見かけたら合図か何かして欲しいって」
3人に今の通信の事を話す。セルシアとマロンが顔を見合わせて微笑んだ。虜因はもうごめんだ。速く迎えに来てくれないだろうか。
4人で鉄格子からリネ達の姿を探す。
――最初、無音だった廊下に何時の間にか足音が響いていた。



「……だから……てんの?」
――遠くから、声が聞こえる。聞き覚えのある甲高い声。


多分、リネだ。彼女達は傍に来てる。
声は除々に近くなり――そして直ぐ傍までやってきた。

「リネ!!」

彼女が通りかかった所で声を掛ける。立ち止まったリネが此方を振り向いた。少し遅れてアシュリーとレインがやって来る。

「ああ、此処に居たの。やっと見つけたわ。…この牢屋無駄に広すぎなのよね」
溜息を吐いたリネの姿が、嫌に懐かしく感じた。…なんか久々に会った感じがする。
そんな中でアシュリーが前に出てきてぽつりと言霊を呟く。
恐らく鍵を解除する魔術なのだろう。頑丈に鍵が掛けてあった筈の鉄格子の扉が――独りで勝手に開いた。


「有難う。アシュリー」
鉄格子を出てアシュリーにお礼を言う。それから武器を持っているレインの方に寄った。
「それ、あたし達の?」
「だと思うぜ?近くの納品箱みたいな場所に放置されてた」
レインから片手剣を受け取り、自分の物だと確認する。3人も牢屋から出てレインから武器を受け取った。
とりあえずやっと合流だ。お互い手に入れた情報は後で交換するとして…今はとりあえずcross*unionから脱出する事を考えよう。
「出口までの道、分かる?」
「……何とかね」
頷いたリネが踵を返し、早足で歩き出す。彼女も情報交換は後の方が良いと分かってるみたいだ。
とにかく速く逃げないと。見つかったらそれこそ笑い事じゃあ済まされない。
幾つもの牢屋を通り過ぎた所でやっと薄暗い廊下に出る。…エレベーターの前で3人cross*unionの人間が倒れていた。

「…何したんだよ。お前等」
ロアが苦笑して倒れている人間を踏まない様に跨いで歩く。
「あたしとアシュリーじゃない。レインよ」
半ば呆れた声でリネが言った。…まあそんな気はしていた。こんな相手の急所をわざと外した銃の撃ち方なんてよっぽど銃が上手くないと出来な
い。…3人の中でそんな超人的な事が出来るのはどう考えたってレインだ。

「何よイヴっち。その‘どうせお前だと思ったー’みたいな目」
「だってその通りだもの」
きっぱり言ってやるとレインが肩を落とす。
苦笑したマロンとセルシアがエレベーターの傍に寄ってボタンを押した。
さっきリネ達が乗ってきたから此処でエレベーターが止まっているのであろう。エレベーターの扉が軋みを立てて開くが…どう考えても7人いっぺん
には乗れ無さそうな大きさだ。2手に分かれて乗るべきだな。
どうせエレベーターに乗るだけだしどんな順番でも良いでしょ。そう思い前に歩み出ようとした所で―――。



「――イヴ!!」

「っ――?!」

急にセルシアに名前を呼ばれ、反射的にエレベーターから離れた。その直ぐ後に先程自分の居た場所に向け短剣が突き刺さる。
振り返ると―――其処には先程まで居なかった筈の影が合った。


「――どうも今晩は」

無邪気な笑顔を浮かべて彼女が軽く頭を下げる。隣に居る男は相変わらず無表情だ。

「…リコリス、フェンネル」

きっとセルシアが一生見たくないであろう顔。リコリスとフェンネルが其処には立っていた。










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