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          × × × 
          
          久しぶり、って言っても、あんまり説得力無いわよね。 
          
          この前はマロンの容態を見に来てくれてありがとう。あの子も喜んでた。 
          
          でも本題はこっちじゃない。お礼ならわざわざ手紙に書かずに、その場で伝えるわ。 
          
          じゃあなんで、あたしがわざわざこうして手紙を書いてるかっていうと、 
          
          あんたにはどうしても話しておかなければいけ無い事が有る。っていうか、有った。 
          
          あんたが此処を出て行って、数日後ぐらいの話になるんだけど。 
          
          …話すべきか、凄く悩んだ。あんたがまた傷つきそうだから。 
          
          だけどこのままあたしの胸の中に溜めておくのには、あまりにもしこりが残る出来事だった。 
          
          他の誰かに話すべきか?そう思ったけど、他の誰かに話すくらいならいっそあんたに話した方が良いと思った。 
          
          でも口で伝えるのには気まずいし、だからこうして手紙に書く事にしたの。 
          
          今から言う事は嘘でも何でもない、数日前のあたしの実体験。 
          
          …蛇足が長過ぎたわね。そろそろ本題に入るわ。 
          
          数日前、ノエルと会った。 
          
          偶然、だったと思う。ノエルもあたしも、あんな場所で出会うなんて思っても無かったからね。 
          
          本当に偶々だった。その日はロアがウィンドブレスに居るライカに会いに行ってて、マロンは何時ものように家でリハビリをしていたから、あたしは一 
          人でセルシアとお互いのunionで手に入れた情報を交換する為、船で待ち合わせ場所に向かった。 
          彼女に会ったのはその道中。 
          
          セルシアとはクオーネで待ち合わせだったから、あたし達が旅をしていた頃に使った鉱山の一般路を通ってクオーネを目指してた。 
          
          一般路が有るとはいえ、鉱山を通ってクオーネに行く人間は少ないでしょ。だから擦れ違う人間なんて精々2,3人ぐらい。 
          
          その擦れ違った人間の1人が、ノエルだった。 
          
          お互いに足止めるくらい驚いたわ。突然過ぎたしね。 
          
          何言おうか色々迷って、あたしが出た言葉は「久しぶり」という典型的な言葉だったんだけど。 
          
          「そうね」って返ってきた時はちょっと嬉しかった。無視されるかもって思ってたし。 
          
          セルシアとの待ち合わせ時間までには少し時間が余ってた。だから広い道に出て、少しだけ会話した。 
          
          漠然とした事しか聞けなかったんだけど、とりあえずノエルはノエルなりに元気にやってるみたい。 
          
          何処に住んでるのかとかまでは教えてくれなかったけどね。 
          
          「BLACK SHINEで奪った命への、‘彼’の償いが医者になって人を救う事なら、あたしの出来るあたしなりの償いは、同じ命を扱う仕事に立つことだ 
          と思う」――ノエルの言ってた言葉のひとつよ。‘彼’が誰なのかは、分かってるわよね? 
          孤児院を経営してるunionで働いてる、って言ってた。 
          
          まあそんなunionなんて世界中に何千個とある訳だから、こっちから詮索するのは不可能だろうって思って教えてくれたんだろうけどね。 
          
          それと、ずうずうしいと思うけど、あんたの事どう思ってるのかも聞いといた。 
          
          答えは曖昧だったけど、「幸せになってて欲しい」とは言ってた。あんたがまだ好きかは、教えてくれなかった。 
          
          それで、別れ際。ノエルはあたしに1つだけある物を渡して、あたしが来た道を歩いていった。 
          
          ――あんたに渡して欲しいって。だからこの手紙と一緒に送るわね。 
          
          これがあんたとノエルにどういう思い出が有るか、あたしには分からないけど、あんたにはきっと分かると思う。 
          
          会話はそれだけ。…あ、待ってもう1つだけ会話した。 
          
          あんたにはもう二度と会わない気なのか。って、聞いてやった。度胸有るでしょ。 
          
          ノエルはその言葉に綺麗に笑った。笑っただけで、何も答えなかった。 
          
          でもあんたが惚れた笑顔はきっとこれだったんだと思う。あたし達と対立してた頃は絶対に見せなかった筈の笑顔だったから。 
          
          あたしはその次の日も念の為クオーネの鉱山で密かに待ってたんだけど、ノエルは毎日あの道を通るわけじゃないみたい。 
          
          …それか、あたしと出逢ったから道を変えたのかも。あの場所を通る事は無かった。 
          
          だからクオーネの鉱山で張り込みするなんて馬鹿なこと考えないほうが良いと思うわよ。 
          
          ノエルと別れてから、あれ聞けば良かったとかこれ聞けば良かったとか、色々思った事は有ったんだけど。 
          
          幸せだったと思う。あんたと、レインと出会えたこと。 
          
          レインが今ノエルの事どう思ってるかは分からないけれど、出会わなければ良かった、なんて思わないと思う。あんたも、ノエルも。 
          
          少なくともあたしがノエルの立場だったらそう思う。 
          
          それとこうも思うわ。 
          
          あんたとの恋は、忘れるんじゃなくて、乗り越えるんだって。 
          
          長話になっちゃったわね。文字を書く右手が痛いから、この辺で終わりにするわ。 
          
          そうそう。余談だけど今度アシュリーと一緒にリネが作った彼女流術式解呪烙印の試作を見に行くの。あんたも来る?なんてね。 
          
          まあその辺はリネでも聞いてみて。あんたの意見も欲しいと思うし。 
          
          お終いにひとつだけ言わせて欲しいんだけど、 
          
          あんたがやってきたことは無駄じゃない。って、ノエルに会って思った。 
          
          だってノエルの耳にも届いていたからね。あんたが医者として頑張ってること。 
          
          あ、二言になっちゃったんだけど。 
          
          あんたはもう独りじゃない。それだけは忘れないでよね。 
          
          Dear レイン・グローバル 
          
          From イヴ・ローランド 
          
          × × × 
          
          手紙の中には内容に書かれていたとおり、確かにそれが丁重に袋に包まれて入っていた。 
          
          ‘幸せだった’、か。 
          
          苦笑する。あの日以来、彼女の事は出来るだけ考えないようにしていた。 
          
          だけど気持ちに整理がついた気がする。 
          
          イヴの言うとおりだ。忘れるんじゃない。乗り越えるんだ。 
          
          出会わなければ良かったなんて、思わないから。 
          
          *Last Messeage. 
          
          (片耳だけのイアリングを添えて) 
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