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          夜も更けて来た時刻。VONOS DISEのデータ修復を、セルシアと相談しながら延々と繰り返す。 
          
          と言ってもデータが修復出来る筈がない。あたしが責任持って全てのデータをぶち壊しといたんだから。セルシアには悪いけれど。 
          
          「リネ何だよな?」 
          
          不意にセルシアに意味の分からない質問をされて、画面から目を離す。 
          
          「何が」 
          
          淡々と答えると、少しだけ寂しそうに笑ったセルシアが答えた。 
          
          「データを壊したの」 
          
          ――ふたり―― 
          
          ――答え、られなかった。 
          
          「…なんで」 
          
          心臓の音が煩い。 
          
          何で、どうしてセルシアが知ってるの。 
          
          確かにデータを壊したのはあたし。SAINT ARTSで皆が休んでる間。深夜をちょっと過ぎた頃にこっそり本部を抜け出してVONOS DISE本部まで走 
          って――セルシアから盗んだ鍵でディスクを取り出して、全てのデータのパスワードをハッキングしてぶち壊した。 
          というか、データを消すだけならパスワードは1つで良かったから、後はハッキングして手に入れたそのパスワードを延々と打って行くだけ。 
          
          全てのデータを破壊したら、机の中に元合った様にディスクを並べて、本部を抜け出して――SAINT ARTS本部まで帰ってくるだけ。だった。 
          
          これだけの作業の間に誰かに出逢った覚えは無い。というか、時間的に誰も起きていない様な時間だったから見られていた事も考えられない。 
          
          じゃあ何でセルシアが知ってるの。 
          
          嫌だ、どうして。セルシアにだけはバレたくなかったのに。 
          
          「…そんな気がした。あの時、リネ。ずっと俯いてたから」 
          
          「……あたしはっ」 
          
          「良くない事が書かれてたんだよね?…過ぎた事だし、気にしてないよ」 
          
          …あのデータが良くない事と言うのは間違いだ。 
          
          VONOS DISEが持っていた全ての情報。…あたしが中のデータを消したあのディスクには、BLACK SHINEの本部の場所と推定される様な物が幾 
          つか並んでいて――その中に‘答え’が入っていた。 
          そう。VONOS DISEはBLACK SHINEの重宝している真実に感付いてしまったのだ。 
          
          cross*unionがBLACK SHINEと繋がっている可能性も、あのリーダーは気付いていた。 
          
          だから消された。気付いてはいけない真実に‘気付いてしまった’から。 
          
          …胸が痛い。 
          
          ごめんね、セルシア。ごめんなさい。大事なデータを消してしまって。 
          
          けれどこうしないといけない理由があたしには合ったの。あのふざけた野郎からの命令だから、従わなければいけなかった。 
          
          アイツは、言ったんだ。 
          
          「VONOS DISEの内部のディスクのデータを消して来い。さもないとセルシアを消す」って。 
          
          あたしは形だけのデータ何かより生きている…、此処に居るセルシアの方がずっとずっと大事なの。だから…。 
          
          「本当に気にしてないから良いよ。この事も誰にも言わない。2人だけの秘密、な」 
          
          セルシアはそう言って小指を立てた。…静かにお互いの小指を絡める。 
          
          指きりした小指が熱を放って、少しだけ痛かった。 
          
          痛いという感覚自体が可笑しい筈なのに、何故かその痛みは小指から広がってやがて腕全体を支配する。 
          
          「…けれど」 
          
          結んだ小指が解かれた。 
          
          星の見えない淀んだ空を見上げたセルシアが、目を伏せて呟く。 
          
          「せめて、俺に一声掛けて欲しかったな。あのデータは一応俺達VONOS DISEの管理していた物だから」 
          
          「………」 
          
          答えれない。頭の中でずっと謝らないとと思ってるのに、ごめんの一言が声に出来ない。 
          
          ああ、あたしはやっぱり弱虫だ。 
          
          セルシアと喧嘩した時だって、あたしが悪かったのに。あたしは最後の最後まで謝る事が出来なかった。だからセルシアはあんなに追い詰められ 
          て―――。 
          …今回も状況が似ているのに、あたしはそれでも謝れない。 
          
          何も成長出来てない、駄目なあたし。 
          
          「もう寝ようか」 
          
          その場を立ち上がったセルシアが手を差し伸べてくれた。 
          
          その手を握り返す資格なんてあたしには無い。無言でその場を立ち上がり、皆の眠っている場所に歩き出す。 
          
          俯いたままふらふらと草原を歩いた。溢れ出した涙が止まらない。 
          
          ごめんなさい。ごめんなさい…。 
          
          思った事が直ぐに口に出来たら、どれだけ楽なのだろう…。 
          
          地面に敷かれていたシーツの中で独り、蹲って涙を零す。 
          
          やがて傍に寄ってきたセルシアがその場に座って頭を撫でてくれた。 
          
          セルシアの瞳を、見るのが怖い。怒ってたらどうしよう、悲しい顔をしていたら――あたしの所為だ。 
          
          「おやすみ、リネ。…ちゃんと寝るんだよ?」 
          
          立ち上がる前にセルシアが涙を拭ってくれた。一瞬だけ目を開く。セルシアは、笑ってた。――はにかんだ寂しい笑顔で。 
          
          胸が痛い。息が詰まる。 
          
          「…ごめん…ね……」 
          
          セルシアがその場を立ち去って、初めてその言葉が口に出来た。 
          
          彼にはきっと聞こえてない。既にセルシアは遠ざかった後だ。 
          
          涙を零しながら、何度もシーツの中で同じ言葉を繰り返した。 
          
          (いっそ、責めてくれた方が楽だった) 
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